閑話 それぞれのペット
「だーかーら、なんで首輪なのよ。首輪!!」
叫んだ所でどうにもならないのだが、叫ばずにはいられなかった。
あの王族の蘇生術士……シンシアの「ペット」という屈辱的な形ではあったが、私はようやく安住の地と、王家の庇護という強力な武器を手に入れた。これはいい。
しかし、その証がなぜ首輪なのだ。もっとこう、アクセサリー的な何かにするという事は考えられなかったのだろうか? 百歩譲って首輪だったとしても、こんなどう猛な大型犬につけるような、ゴッツイものである必要はないだろう。ピンク色でハートの柄が刻まれていたとしても、これはどう見ても「首輪」だ。なんか、どんどん腹が立ってきた!!
「くっそ、いっそあの女にも首輪つけてやる!!」
などとわめいていると、部屋のドアがノックされた。ここはホテルで部屋の鍵はアイツも持っているので、ノックなど必要ないのだが律儀なヤツである。
「はーい、今日も元気してる~?」
予想通り、来訪者はシンシアだった。他にいるはずもない。このヤロウ!! と思った時に気がついた。シンシアの首にも私と同じタイプの首輪!?
「あっ、気がついたわね。いやー、ウチの旦那の趣味でねぇ」
……ヤバい夫婦だ。いろんな意味で。
「っていうのは冗談で、実際の付け心地を確認しただけ。イミテーションだけどね。これ、特殊金属を革で覆った物なんだけど、ゴリゴリして痛いわね。ちょっと一手間加えましょうか……」
言うが早く、シンシアは私の首に手を当て、小さく呪文を唱えた。すると、今まで感じていた違和感がスッと消え、まるで何もないと錯覚させるほどの馴染み具合になった。
「これでよし。どう? 痛かったり息苦しかったりしない?」
……くっそ。こうやって、いちいちいいヤツだから恨めないんだよ!!
「大丈夫……。あんたって、何者なんだよ。あたしは蘇生術士の天敵だぞ。警備兵にでも突き出せばいいじゃないか……」
「さぁね、なんでここまでするのかねぇ。というわけで、ポチ。お座りからのお手!!」
「キー!! 反応しちゃう自分が嫌だぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇
こんな素敵な事はないでしょう。ここに来てからずっと憧れていたシンシア様のペットになれたのです。しかも、宿代タダで広大なスィート。これ以上望んだら、罰が当たってしまいます。
さて、今日は休診日。そろそろシンシア様の定期巡回が来る頃です。ここはペットらしく待つべきでしょう。
コンコン
「入るわよ……異常なし」
ドアのところで「お座り」して待っていた私を一瞥し、シンシア様は去ろうとしましたが、ここで引き下がる私ではありません。すかさずその右手を取って室内に引きずり込むとそのまま関節をキメて床にねじ伏せました。
「いだだだ、関節がぁ!?」
ペットの身でありながら「飼い主様」に刃向かうって、なんだか気持ちいいです。いっっそ、このまま脱臼させちゃおうかな。フフフ。
「わ、分かった。話せば分かる!!」
ちょっと可哀想になってしまったので、私はシンシア様を放しました。
「ふぅ、なにするのよ。いきなり!!」
やはり、怒られてしまいました。当然ですね。
「いえ、せめてお話相手になって下さっても……」
私は本心を明かしました。でも……。
「話しなんていつもしてるじゃない。今さらなんかあったっけ?」
シンシア様が考えるような仕草をしてそう言いましたが、私は話す事がたくさんあります。
「仕事じゃなくて、個人的なこととか……。私がエルフでありながら蘇生術を覚えようとした理由、まだお話していませんよね?
どうやら興味を持っていただけたようです。シンシア様の目が光りました。
「そういや忘れてた。なんで?」
短く問いかけてきたシンシア様。
「盗賊団に襲われたのです。人間の……」
私が言うと、シンシア様は目を見開いた。
「人間の盗賊団が? いやいや、あり得ないでしょ」
やはり、予想通りの反応をされてしまいました。
「あり得たのです。私が住んでいた集落は小規模でした。長老含めて20人もいなかったのです。そこに100人規模の盗賊団が押し寄せてきて……生き残ったのは私だけでした」
「……」
シンシア様は黙ってしまいました。ちょっと、重かったですかね。
「それで、蘇生術を覚えようと思ったのです。せめて生き返らせる事ができれば……」
「じゃあさ、こんなとこで私のペットやってる場合じゃないでしょ?」
シンシア様のツッコミが入りました、やはり。
「シンシア様も政略結婚でこの国に来られたのですから、分かるはずです。足下を固めないと落ち着かないのです。人間社会の足場が欲しかったのです」
「……なるほどね。でもさ、なにも私のペットはないでしょ、ペットは。アホかあんたは!!」
言っている事はキツいですが、シンシア様の顔には笑みが浮いています。
「シンシア様だからですよ。理解してもらえると思って……」
「馬鹿者」
こうして、和やかな空気になった室内で、私はしばしの談笑を楽しんだのでした。
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