第45話 事件の始末

 街道から外れ、鬱蒼とした森の中にある悪路を馬車はゆっくり進んで行く。鳥のさえずり、風が木々を揺らす音。馬車が進む音以外はなにも聞こえない……。

 馬車はどんどん森深く入っていき、そして止まった。そっと覗くとそこは天然の洞窟のようだった。入り口に、なぜかモヒカン頭の男が2人立っている。

「なんだ、オッサン。顔色悪いな」

 1人が声を掛ける。

「てか、空荷じゃねぇか。それに、なにか首があり得ない方向に曲がってないか?」

 その瞬間だった。荷台に隠れていたエパデールとダルメートが飛び出し、モヒカン1、2をほぼ同時に瞬殺する。武器は使っていない。首をへし折ったのだ。

「まっ、こんな所か」

「また下らん首を折ってしまった……」

 エパデールとダルメートがそれぞれ決め台詞(?)を吐くなか、私は隣で御者の「ゾンビ」を操っていたリリスの肩をポンと叩いた。

「お疲れ。もう大丈夫よ」

 私が声を掛けると、リリスは小さく息を吐いた。

 これまた解説するまでもないが、ゾンビとは別名「死体人形」。文字通り、死体に霊体が取り憑かれたもの。それを操り何かをさせる術がある。私がもっとも毛嫌いするものだが、ここは作戦のためと我慢した。この方が、御者をどうにかして聞き出すよりも早いし、ちょうど良く死んでいたのでリリスの術でここまで案内させたのだ。リリスが術を解いたその瞬間、御者のゾンビは凄い勢いで洞窟内に駆け込んでいった。

「アレどうしたの?」

 私が聞くと、リリスは1ついなずいた。

「あたしが術を解除しても、一度ゾンビ化した死体は勝手に動き回る。おおかた、ボスの所にでも突っ走っていったんじゃない?」

 そうだったのか、知らなかった。

「気づかれる前にやる事やっちゃいましょ。みんな、行くよ!!」

 私は先頭に立って洞窟内に飛び込んだ。罠がいくつもあったが、先ほどの御者ゾンビが全て作動させたようで、実に快適な探索である。さほど複雑な構造ではない、最奥部まではほぼ一直線だった。そこには……。

「へぇ、いい趣味してるじゃない」

 天井から吊された大型の檻に子供が満載。それが5個ほどある。中の子はもう諦めているのか、声を発する事もない。

「お前らこそいい趣味してるじゃねぇか。いきなりゾンビが走って来た時は、さすがに俺様もビビったぜ」

 でっぷりと太り、かろうじて人間の輪郭を保っているという感じの大男がニヤリと笑う。

「まぁ、私もあれは想定外だったんだけど……。でまぁ、あんたと戦うメリットはないし、ここは商売でケリつけない? この子たち全部買い取ったらどのくらいかしら?」

 私はニタリと笑う。

「ほぅ、面白れぇ。ここにいるガキ共には、最低金貨5万枚の身代金が付いている。50人いるから250万枚が原価。手数料と税金を加算して300万枚だ」

 ……ちゃんと納税してるんだ。なんか微妙にいい人っぽい。

「まあ、ずいぶん吹っかけてくれるわね。まとめ買いするんだから、もう少しマケなさいよ。あなたのためよ」

 言い合いをしながら、私はそっと杖を構えた。

「これでもマケけてるぜ。中には100万枚の身代金を付けたガキもいる。一律5万枚なら安いもんだろ?」

 そう言って豪快に笑うデブオヤジ。

「はいはい、分かった……。300万ね。じゃあ、今出すからちょっと待ってね……」

 私は杖を頭上に掲げ、そして地面に力強く立てた。

「300万『ボルト』!!」

 パァン!!と凄まじい音が響き、デブオヤジに強烈な電撃が飛んだ。……そう、私は一度でも言っただろうか? 「単位」を。

 ぶすぶすと黒く炭化したデブオヤジはもう動かない。ほら、「あなたのため」っていったでしょ?

「な、なんか、ずるい……」

 隣でリリスがつぶやく。

「警告はしたわよ。単位を言わなかっただけでね」

「うん、そうだけど。あたし、とんでもない人を相手に喧嘩売っちゃったのね……生きてて良かった」

 リリスがぽつりと漏らすが気にしない事にした。

「アハハ、さすがシンシア様。やるじゃん!!」

「……ずっこいのう」

 エパデールとダルメートが微笑ましくつぶやく。

「さて、残党狩りよ。まずは、この子たちを救出して……えーっと、エパデール。転移魔法で街に応援を寄越すように要請して!! 私とダルメートとリリスは一暴れするわよ!!」

「ちょ、あたしは死霊術しか使えな……」

「根性で頑張れ!!」

 こうして、私たちは慌ただしくそれぞれの仕事に掛かったのだった。


 私としたことがやっちまった事が1つある。アラムを蚊帳の外に置いてしまった事だ。受付の業務で忙しい様子だったとはいえ、事を知ってからアラムは一言も口を聞いてくれない。

「……」

「……」

 私の部屋に来たアラムは、いつものように美味しい紅茶を淹れてくれたが喋ってくれない。私も何を喋ればいいのか分からない。

 き、気まずいぞ……

 ただただ紅茶を飲む音だけが聞こえる。

「もう寝るね。おやすみ」

 やっと口を開いたと思ったらこれだ。アラムは私のベッドに入ってしまった……。

 私はため息をつき、無言のまま寝間着に着替えてそっとベッドに潜り込む。今はどうしていいか分からない。ただ、アラムの機嫌が直るのを待つだけだ。

 横にはなったが眠れるわけもなく、目だけ閉じているといきなり口と鼻を押さえられた!!

 ……ちょ、どっちかにしろ。呼吸が!?

「悪い子にはお仕置きだね」

 なにか黒い笑みを浮かべながら、私の体に掛かっていた布団をはね除け、私の寝間着を引きちぎっていく。だいぶ冷えてきてはいるが、私はまだ夏用の寝間着だ。薄い生地なので簡単に引き裂ける。しかし、私はそれどころではない。空気よこせ空気!!

 ひとしきり気が済んだのか、アラムは私の顔面から手を放した。

「ゲホゲホ!!」

 全く、死の危機を感じたぞ。マジで!!

 とりあえず息が落ち着いてから、私はアラムに笑みを送った。ここで怒ったら負けだ。

「これで気が済んだ?」

 アラムが苦笑を浮かべる。

「……勝てないなぁ。シンシアには」

「当たり前。大人を甘く見ないことね」

 私は「復元」の魔法で寝間着を元に戻し、そしてベッドに横になる。この後色々あったが、まあ、お休みのキスがいつもより長かった事だけを記しておく。

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