第44話 ちょっとした事件

「えー、死霊術とは……」

 蘇生士見習いのセルシアを始めとした教会から派遣されてきた全員の前で、リリスが大人しく講義を続けている。せっかくなので、ここで指導員をやって貰うことにしたのだ。

 最初は抵抗した彼女だったが、首輪の試験も兼ねて2、3発電撃を撃ったら、急に素直になった。よしよしいい子だ。

 そして、これは全くの想定外だったのだが、なぜかリリスの置かれた状況をうらやましく思ったようで セルシアがとんでもない行動に出た。なんと、首輪持参でペットにしてくれと猛烈アタックを掛けてきたのである。まあ、宿代もタダでスィートルームになるし、私は必要以上に行動の規制をかけるつもりはないので、今まで出会ったどんな魔物よりも強烈で猛烈なアタックに負けて首輪を装着してしまったのだが、アラムの私を見る目が非常に厳しい。まさか、うらやましいのか?

 こうして、一端の王族らしくなったわけだが……これでもし男の子のペットなど作ろうものなら、多分、私の命はない。アラムに文字通り殺される。

「さてと、今のところ蘇生待ちも新規もないし、予定通り昼休みに入っていいわよ」

 リリスの講義がちょうどいいところで、私はそう声を掛けた。

「さてと、リリスとセルシアとアラム。一緒に食事に行きますか」

 リリスは渋々、セルシアとアラムは喜んでという感じで、私たちは城下街へと繰り出した。


「ここの定食が美味いんだ」

 アラムの導きで、私たちはこぢんまりした定食屋に入った。一般的な昼飯時とわざとずれるように設定しているので、混んでいるながらも4人席を確保した。

「とりあえず、適当に頼んでおいて」

 アラムに言って私は真向かいに座っているリリスに声を掛けた。

「そういえば、なんで死霊術士になろうと思ったの? 色々大変でしょうに……」

 私が聞くと、リリスは顔を暗くした。

「好きでなったんじゃないわ。私の両親も死霊術士でね、物心ついた時にはスケルトンで遊んでた。やっと意味が分かったときには、もう1人前の死霊術士だったってわけ」

 ……なるほど。ああ、こんなの説明も要らないと思うが、スケルトンとは動く骨格標本みたいなものである。見てくれのインパクトはなかなかだ。

「そっか、なかなか辛いわね」

「まぁね。いいことは1個もなかったわ。何とか隠していたんだけど、学校でバレちゃって虐められたし、街や村の警備兵に追いかけられたり……しまいにはあなたのペット。なんかなぁって感じよ」

 そう言って自嘲気味に笑うリリス。

「これがいいことかどうかしらないけど、私のペットって事は私の保護下にあるっていうこと。もう警備兵も来ないし虐められる事もない。そんな事をしたら、王族の私に喧嘩売ってるのと同義よ」

 運ばれてきた焼き魚定食を突きながら、私はリリスに言った。

「感謝していいのか、罵倒していいのか分からないわね……。ま、とりあえずお礼は言っておくわ」

 大きくため息をついて、リリスは私に頭を下げた。そう、彼女は決して悪い子ではないのだ。歪んではいるが……。

「それで、今度はセルシアね。なんでいきなり猛烈アタックしてくるのよ。私はあなたの師匠じゃない。それじゃ不満だったの?」

 私はジト目で聞いた。

「い、いえ、不満なわけではなかったのですが、リリスさんがうらやましくて……」

「うらやましい? これが??」

 セルシアの言葉にリリスが噛みついた。

「だって、いいじゃないですか。誰かの所有物になるって。昔からの夢だったんです!!」

 なんだか恍惚とした眼差しで私を見るセルシア。

 ……ダメだ。まともじゃねぇ!!

 ちらりとアラムを見ると、「大変だねぇ」と言わんばかりに大きくため息をついた。はい、大変ですよ。これは……。

「じゃあ、ペットのお2人に1つだけルール。基本的に行動干渉はしないけど、街に害を及ぼすような事をしない事!! これだけよ。あとは好きに行動していいわ」

 リリスは鼻を鳴らし、セルシアは「はい!!」と元気よく答える。やれやれ。

「言われなくてもそのつもり。もうここしか生きて行く場所がないから、目立たないようにするわ」

「私もです。間違っても、攻撃魔法で城をぶっ飛ばすような事はしません!!」

 ……はぁ。人間とエルフのペットね。王族の嗜みとしては上出来だ。

「シンシアも大変だね。個人的な事だから、僕は何も言わないけどさ」

 早くも定食を食べ終えたアラムが、椅子に身を預けながら口笛を吹く。グヌヌ、完全に人事か。

「あんたも旦那として何か言いなさいよ!!」

 しかし、アラムは口笛を吹いているだけ。その口に杖突っ込んでやろうか?

「さて、昼ご飯も終わったし帰るわよ。ここはアラムの奢りで!!」

「えっ!?」

 ここに来て、アラムがやっと動いた。

「あのさ、今月もうお金が……」

 そんな事知ったことじゃない。

「あら、女の子にお金出させるつもり? ケチな旦那ねぇ」

 8才の子に奢らせるのも何だが、世の中の常識を教えておく必要がある。

「分かったよ、もう……」

 不承不承会計にアラムが会計に言っている間に、私はペット2人に言った。

「基本的に食事は自分で取ってね。領収書は忘れずに。あとで経費で落とすから」

 こそっとつぶやくと、アラムもちゃっかり領収書を切ってもらっている。この国の経理はとにかくうるさいのだ。

「さて、昼ご飯も済んだし、午後が始まるまで休憩ね。適当に遊んできていいわよ」

 私は大きく伸びをしながら2人に言った。

「はーい、言われるまでもなくそうするわ」

「はい!!」

 リリスとセルシアがそれぞれ返事をして、定食屋から出ていった。

「さて、アラム。私たちは城に戻りましょうか」

「そうだね。お金さんないし」

 ……お金をさん付けで呼ぶとは。根に思ってるな。

「ま、まあ、膝枕してあげるから、さっさと行くわよ!!」

 とまあ、こんな感じで平穏な午前中は過ぎた。問題は午後だった。


「あれ、リリスが帰ってこないわね……」

 他の面子は揃っているが、リリスだけ帰ってこない。虚空に「窓」を開いてチェックするも、街中にはいないようだ。

 あれ、おっかしいな。街から出たら電撃が走るはずなのに……。

 などと頭を捻っていると、いきなり警備兵が駆け込んできた。

「シンシア様、大切なペットが人買いにさらわれました!!」

 警備兵の話によると、このところ貴族のペットがさらわれ、多額の身代金を要求してくる事件が多発しており、リリスはどうもそれに巻き込まれたらしい。何人かの貴族が騒ぎだしたので、街門を抜けた首輪のコードをチェックしていたら、そこにリリスの名前があったそうな。

 首輪の電撃機能は実はオンオフ可能で、本来は街の外を連れて歩く時に使うようだが、その機能を悪用したらしい。まあ、そんなわけで、私は総合医療センターを出た。例によって、どこからともなく現れたエパデールとダルメート。

「話しは聞いてるわね。追跡するわよ。私は「飛行」の魔法で先行するから、あなたあちは馬で……」

「私もダルメートも飛べるわよ。心配ご無用!!」

「そういうことだ」

 へっ? これは完全に偏見だけど、エルフのエパデールはともかく、ドワーフのダルメートが「飛ぶ」!?

「ほら、急ぐんでしょ? さっさと片付けるわよ」

 言うが早くエパデールは空に舞い上がった、次いでダルメートが上がり、最後に私が飛び立つ。あっという間に城下街上空を飛び越し、草原上空で編隊を組んで私たちは街道上空を行く。「飛行」の魔法と同時に「探索」の魔法も併用しながら、まずは王都から北へと向かう北方街道を攻める。根拠はない。ただの勘だ。高度を上げれば、探索範囲も広がるのだが、それだと目視での発見が難しいので、そこそこの高さで飛ぶ。

「おっ、発見!!」

 私が頼りにしているのは、リリスに付けてある首輪の位置信号。程なくして、猛然と街道を突き進む荷馬車を見つけた。荷台には、布でカバーされて中身が見えない巨大な箱がある。私は手信号でエパデールに馬車を止めるように指示を出した。瞬間、巨大な爆発が馬車前方で起きた。馬車を引く馬がいきなり足を止め、御者が勢いよく前方にすっ飛んだ。「急降下!!」

 2人に手信号で合図を送り、私は馬車に向かって急降下。箱を覆っていた布を一気に引っぺがす。それは、巨大な檻だった。中には数人の子供たちがいた。

「やれやれ、首輪付けといてよかったわ」

 私は魔法で檻の鍵を開け、中から子供たちを救出する。これでもう大丈夫だ。そして……。

「あんたねぇ、私の飼い主っていうならもっと早く来なさいよ!!」

 ちょっぴり目が赤いリリスが馬車から飛び降り、なんと私に抱きついてきた。

「……怖かったんだぞ」

 微かにそんな声が聞こえた。

「はいはい、よしよし……」

 その赤毛をそっと撫でてやると、彼女はチーンと私の服で鼻をかんだ……。

「ど、どうだ、この攻撃は。地味に……ぎゃぁぁぁ!!」

 私は無言で電撃をプレゼントした。まあ、元気そうでなによりだ。

「さて、まずは子供たちを街に送りますか」

 私は魔法で荷台にあった檻を草原に放りだし、その荷台に子供たちを乗せた。そして、馬車を反転させ、城下街へと向ける。手綱を取るのはエパデール、その隣にはダルメート、私は空から監視という役割だ。程なくして城下街に到着し、私たちは子供たちを警備兵に預けた。これで、とりあえず完了である。

「エパデール、ダルメート、そしてリリス。仕上げ行くわよ!!」

 2人とも無言でうなずく。状況を理解していないのはリリスだけ……。

「な、なにおっ始めようっていうの?」

 私はあえて答えず、先ほど馬車を無理矢理止めた場所に移動した。街道の石畳には1体の骸が転がっている。先ほどまでこの馬車を引いていた御者だ。馬車が急停止して吹っ飛ばされ、そのまま死んだのだ。

「リリス。アレ動かせる?」

「ほぇ?」

 私の問いに、間抜けな声を上げるリリス。

「簡単な事よ。組織ごとぶっ潰す! じゃないと、キリがないからねぇ」

 そういうことである。いくら対処療法をしてもキリがない。こういう時は、根本と叩かないと意味がないのだ。

「出来るけど……どうするの?」

 出来るならよし。私の頭の中では、すでにプランが出来上がっていたのだった。

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