第43話 ゴーストハンターズ

 1つ困った問題が生じた。リリスの処遇である。素直に警備隊に突き出せばいいのだが、そうなるとややこしい事になる。どこの国でも死霊術士は即刻死刑が基本だ。

 私に喧嘩を売ってきた相手とはいえ、極刑に処されるのを見るのは、あまり気分のいいものではない。

 そんなわけで、まだ総合医療センターの犬小屋に放り込んであるのだが、いつまでもそうしているわけにはいかないだろう。

「このやろ、恨み加算で本気で暴れてやる!!」

 犬小屋の金網をカジガジ囓りながら、リリスは飽きもせずひたすら暴れまくっている。まさか王城につれていくにはいかないし……人買いにでも売るか。

「あっ、今なにか黒い事考えたでしょ!?」

 ……ちっ、変な所で勘がいい。

 まあ、上手く飼い慣らせば使い道はあるだろうが、死霊術の使い手となればかなり手応えがある難問だ。

「出来れば、このまま大人しく街を出て欲しいんだけど、無理?」

 わたしは犬小屋を覗き込んでリリスに問いかけた。

「無理に決まってるでしょ! 絶対あんたをコテンパンのケチョンケチョンに……」

 ……やっぱりね。ふぅ。

「ならずっとそこだけど、1つ確認させて。あなたは蘇生術が嫌いなの?」

「蘇生術が嫌いなわけじゃない。蘇生術を使って儲けている連中が嫌いなだけ!!」

 ……ふむ。

「この総合医療センターでは、一切料金は取っていないわ。そりゃ給金は出ているけど、バカみたいな高額じゃない。残念ながら儲けているとは言えないわね」

 リリスの目が点になる。

「えっ、そうなの?」

 ……ちゃんと調べろ。アホ!!

「そうなの! だから、あなたの言っている事は見当違い。それを知った上で、まだこの街に残るつもり?」

 リリスは長考に入ってしまった。まあ、ここまでやっておいてアレだが、出来れば立ち去って欲しいというのが本音だ。死霊術自体が禁忌なのだから。

「……残る。この街に」

 長い考えの末に、リリスは答えを出した。

「死霊術が使えるために、あたしはあちこちの村や街から追い出されてきた。故郷さえも……だから、この街からは離れない!!」

 ……まあ、蘇生術も似たようなものだけどね。どちらも霊を扱うという意味では一緒。気味悪がられて当然なのだ。

「分かった。じゃあ、今日からあなたの名前はポチね」

「犬名なんていらんわ! あたしの事をなんだと……」

「躾がなっていない飼い犬」

 狭い犬小屋の中で、器用にすっこけるリリス。いちいち反応が大きくて面白い。

「というのはもちろん冗談で……街に害する事をしないなら、このまま自由にしてあげるわよ。いい? 絶対に死霊術はダメだからね」

 私は犬小屋の金網を開けた。それこそ、犬のように勢いよく抜け出したリリスは、「魔封じのリボン」はそのままに、挨拶もせずどこかに行ってしまった。実はあの「リボン」には色々と機能を付けたのだが、対象者の現在位置も分かるようになっている。虚空に「窓」を開いて確認すると、真っ直ぐ街の宿屋街へと向かったようだ。

「とりあえず、一安心かな」

 虚空の「窓」を消し、私は大きくため息をついた。しかし、時は重なるもので、程なくしてエパデールとダルメートが現れた。

「仕事の依頼よ。街の墓地で騒ぎが起きているみたい。あの子が原因じゃないの?」

 エパデールがぽつりとそう言った。

「偏見で言っちゃだめよ。あの子はなにもしていない。ちゃんとモニタリングしてるけど、今宿探しに奔走してるわ」

 再び虚空に「窓」を開けると、相変わらず宿屋街を動き回っていた。物騒な魔法を使うがまだ子供。そう簡単に宿屋が見つかるとは思えない。

「で、騒ぎっていうのは?」

 大体想像は付いていたが、私はあえて聞いた。

「季節外れの肝試し大会ね。次々と死者が蘇っては暴れているみたい」

「『蘇る』って言い方は間違えているわね。私が使った「浄化」の魔法を打ち破るくらいの、強力な死霊術士が使役しているだけよ」

 ここはこだわる場所である。「蘇生」と「使役」では全く違うのだ。

「墓地へは私とあの子で行くわ。下手に頭数増やして、『憑霊』でもされたら厄介だから……」

 強力な力を持っているとなると、死体だけではなく生きている者にも霊を取り憑かせる事が出来る。そうなったら、非常に厄介な事になる。回復にはミックスジュースのバナナだけ取り出すような作業が必要になるからだ。

「ちょっとあの子掴まえてくる。アラム、店番よろしくね」

 何か言いたそうな彼だったが、それでも1つうなづいた。

「エパデールとダルメートもここで待機ね。リスクは少なくしておかないと……」

 「憑霊」の危険性がある以上、行く人数は最小限で。大人数で行けば行くほど、逆にリスクが増えていくのだ。


「待機は結構だけど、その前にちょっと行ってくる!!」

 言うが早く、エパデールは小さく呪文を唱え、その姿がかき消えた……と思ったら元に戻った。小脇にリリスを抱えて。

「ちょっと何よ、いきなり!!」

「はい、あなたの可愛いワンコ連れてきたわよ」

 ……空間転移か。これ難しいんだよねぇ。

「誰がワンコよ!!」

「はい、お手!!」

 私が差し出した右手に、右手を乗せるリリス。

「って、思わず反応しちゃったじゃない!!」

「ああ、いい子だねぇ」

 言いながら、赤毛をゴシゴシ擦る私。

「くぉのぉ!!」

「ってのは冗談で、墓地で死霊術士が暴れてるっぽい。あなたより強力な術者だと思うわ。ボコるの手伝う気はない? 報酬は宿に口利いてあげる」

 瞬間、リリスの顔がポカンとなった。

「……これ、依頼?」

「まあ、そうとも言うわね。嫌ならいいわよ」

 しばらくの間を置き、リリスがど派手にガッツポーズした。

「よっしゃあ、初依頼ゲットぉ!!」

 冒険者気取りだったんかい、コイツは……。

「もちろん受ける。いや受ける。受けさせてください!!」

 なぜか土下座までするリリス。なんか……なんか、あまりにも不憫である。

「ねぇ、ちゃんと飼ってあげたら?」

 さすがにこれは見かねたか、エパデールがそう言うが……それって逆効果な気がする。

「ほら、城ってペット禁止だし……。ほら、リリス。依頼を受けるなら急ぐわよ!!」

 「憑霊防止」の簡単なおまじないを施し、私はリリスを引き連れて城近くの墓地に向かった……って。

「何これ……」

「うわぁー、レイスまでいる……」

 墓地は霊で溢れかえっていた。ああ、レイスはゴーストが拗れて強力になったヤツで、まともにやり合っても勝ち目はないので放置に限る。

「……業務用掃除機でも持ってこようかな?」

「……なんに使うの。そんなもん」

 ちなみに、掃除機とは最近爆発的に普及している魔道器で、ホコリを吸い取るナイスな機械だが、強力な業務用でも霊は吸い取れない。

「うん、暴走したとき用に掃除機を魔改造した『霊吸引器』があるの。予備合わせて2台!!」

 ……あるんか、ンなもん!!

「ちょっと待って。何か使えそうだけど、ここは正攻法でいきましょ」

 正攻法。それは、飛び交う霊を無視して突き進み、術者をボコボコにするのみ!!

「それにしても、これ普通の『死霊術』じゃないわ」

 リリスが真剣な面持ちで言った。

「普通じゃない?」

 私が聞き返すと、彼女はうなずいた。

「普通はね、霊を使役するための命令を霊体に埋め込むの。でも、ここにいる霊は好き勝手飛び回っているだけ。こんなの術じゃない!!」

 私は囓っただけで専門ではないので分からないが、言われてみればここの霊に「術者の意図」は感じられない。ということは……。

「……自然発生?」

 私が問いかけると、リリスは首を横に振った。

「自然発生に近いけど、こんなに大量発生する事はない。命じられてはいないけど、明らかに誰かが呼び寄せたものよ」

 そう言って、彼女は手にしていた杖を地に立てた。頭にドクロがついたいかにも悪趣味な杖である。

「強力な霊力の発生源が分かったわ。墓地の中央付近。急ごう!!」

「了解!!」

 私たちは飛び交う陽炎のようなゴーストたちの群れの中を駆け抜け、墓地の中央部へと急ぐ。すると、ある墓地の上に黄緑色の光を放つ繭のようなものがあった。なんだこれ?

「強大な霊力で作られた防御壁。私でも破壊出来ないわ」

 その繭からわき出るように、ゴーストたちが次々と宙に放たれていく。

「発破かけてみる?」

 私は爆発魔法の準備をしたが……。

「無駄。霊体に実体攻撃は効かないからね。どうしようかな……」

 リリスが漏らした時、繭が急速に変化して人型になった。

『やあ、シンシア先生。2日ぶりだね』

 そこそこイケメン。種族、人間。推定年齢20代で黒髪短髪に眼鏡……分からん。

『覚えていないなんて悲しいなぁ。2日前に会っているじゃないか、死体として』

 ……あっ、思い出した。どこぞの貴族のボンボンで、私が診た遺体である。病魔が進行しすぎていて蘇生不適として、そのまま埋葬されたはずだ。

「リリス、なんとか制御できない?」

 私は小声で聞く。

「もうやってる。でも、霊力が強すぎて……。生前の姿を保てる霊なんてバケモノの中のバケモノよ!!」

 うーん、じゃあこんなのどうかな? 私はリリスにこっそり耳打ちした。

『何をこそこそしているのかな? まあ、いいや。今の僕は誰も倒せない。仲間に入れてあげるよ!!』

 ボンボンの霊の声と私が術を放ったのは同時だった。

「簡易蘇生!!」

 通常の蘇生とは違い確度も精度も全然低いが、私は蘇生術を使った。今頃、柩の中で生き返ったはずだ。それが証拠に、あれほどいたゴーストたちが一瞬で消えた。

 通常蘇生ですら、生き返っても数分の命だったのに、簡易蘇生では数秒ももたないだろう。そして、再び霊体へと姿を転じようとしている最中、リリスの魔法が炸裂した。

「破霊!!」

 彼女の杖から電撃のようなものが放たれ、緑色の繭が出来掛かっていたそのど真ん中に命中した。すると、なにか身も凍るような声が聞こえ……辺りは墓地に相応しい静けさが訪れた。

「やったわね!!」

「ふん、当然!!」

 私とリリス、2人でハイタッチをする。蘇生術士と死霊術士(ネクロマンサー)の共闘など、そうそうあるものではないだろう。

 私たちがやった事は簡単だ。まず、私が簡易蘇生術で霊体を1度実体に戻す。程なく亡くなり、再び霊体化しようとした途中でリリスが仕留めたのである。卑怯である。それは認めるが、1番確実な方法だった……掃除機を除いて。

「まったく、最初から掃除機で吸い取っておけばいいのに……」

「それじゃ味がないでしょ。ポチ」

「だから、ポチって呼ぶな!!」

 リリスと言い合いをしながら、私は墓地を後にしたのだった。


「あんのぉ、マジでここ泊まっていいの?」

 私がポチ……リリスを案内したのは、城近くにある6階建ての高層ホテルだった。その最上階。スィートルームが彼女にあてがわれた部屋だった。

「王家嘘つかない。今回の報酬も込みでこうなった次第よ。まあ、ゆっくりしてちょうだい」

 私は小さく笑った。

「なんつーか、かえって落ち着かないというか……」

 まあ、普通の反応だ。私だって落ち着かない。庶民派王族なもので。

「慣れちゃえばそのうち当たり前になるわよ。あっ、そうだ。ちょっとそこ立って目を閉じて……」

「えっ、こう?」

 静かに目を閉じた彼女の首にあったリボンを所定の手順でそっと取り外し……すかさずゴッツイ本物の首輪を取り付けた!!

「だー、なによこれ!?」

 私の体をユサユサ揺さぶりながら、リリスが半泣きで叫んだ。

「ゴメンねぇ。この部屋を借りる代償だと思ってちょうだい。王族ってこういう趣味持つ人が多いから、事前に予算が組んであるのね。その枠を使ったんだな。つまり、あなたは私のペット扱い。分からなくなっちゃうから、最低条件で首輪装着なのよ。ほら、ここにリリスと私の名前を彫ったチャームもあるし、ピンクで花柄。可愛いわよ」

「ふ、普通の宿屋でいいからこれ外せ!!」

「盗難防止で1度付けたら外せない。さらに、躾け用で魔力制御も出来るし、居場所もすぐ分かる。ここがあなたの故郷よ」

 リリスは本気で泣きながら床に崩れ落ちた。あーあ……。

「……殺す。絶対殺す。死んだら殺す。私の手で殺す」

 ……おーこわ。

「あー、そうだ。私も初めてだし既製品だから分からないけど、勝手に街から出ようとしたら電撃走るらしいから。これ考えた人エグいわねぇ」

 まあ、私にそんな趣味はないのだが、予算執行の対価が「ペットである事」が条件あのでいかんともしがたい。そういうペットは城には入れない事になっているので、近隣の宿なり一軒家なりを借りて置いておくそうだ。

「……不覚」

「というわけで……お手!!」

 素早くリリスが反応し、私にお手をした。そして、リリスはまた床に崩れ落ちた。

「なんで反応するのよ私。指の1本でも食いちぎってやればいいのに……」

「案外楽しいんじゃない?」

 私は赤髪を丁寧に手で透きながら言った。

「そんなことはない!! 喉笛食いちぎったろか!?」


 こうして、私は新たな仲間を迎え入れたのだった。まあ、敵対するよかいいでしょう。

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