第41話 ネクロマンサー リリス

 陸続きでお隣同士の国なのだから、気候が似ているのは当たり前。春も秋もとても短い。1ヶ月もすれば、早くも冬の頼りが届いてくる。モコモココートに身を包んだ私は、隣のアラムに声を掛けた。

「寒くないの? それ……」

 そこそこ寒いはずだが、アラムはなぜか半袖短パンである。夏より薄着だ。

「夏服を洗濯に出したつもりが、間違えて冬服を洗濯しちゃって、これしかなかったんだよ……」

 ガタガタ震えながら、アラムがぼやくように返してきた。

「あれまぁ……」

 まあ、よくある話し……なのか? とんだお間抜けである。今日はお休みなので、久々に城下を歩こうという話しになり、その前に総合医療センターに立ち寄った所である。

 休診日ではあるが、中ではガリレイ先生が足りなくなった魔法薬リストを作成していて、蘇生術部門では7人の弟子が研究会を開いていた。いい心がけだ。

「あっ、さっそくなのですが、先生!!」

 こうなる可能性は予期していたが、さっそく質問が飛んできた。まあ、いい。アラムがこんな格好じゃ城下街散策どころではないだろう。弟子たちの質問に答えていると、いきなり街の人が飛び込んできた。

「シンシア先生はいらっしゃいますか!? 街でバケモノたちが大暴れしています!!」

 バケモノ?

「分かりました。すぐに行きます。あなたたちはここで引き続き検討会を。アラム、行くわよ!!」

 街の中で起きたゴタゴタは警備兵の仕事だが、わざわざ呼ばれて拒否するわけにはいかないだろう。私はアラムを連れて街の人に続く。どこかに潜んでいたエパデールとダルメートも合流し、いつもの面子で現場に向かった。程なく到着した場所では……なんじゃこりゃ!?

 白骨化した死体であるスケルトンが無数に動きまわり、まるで陽炎のようなもの……ゴーストが宙を舞い……腐臭をまき散らすゾンビの大群もいる。まるで何かの仮装行列だ。趣味の悪いね。

「はーい、あなたがここらで名を利かせて蘇生術士ね。私はリリス。見ての通り、死霊術士よ。

 死体たちの群れを押しのけるようにして、私たちの前に出てきたのは、アラムより少し年上か? というくらいの赤髪をショートに切った少女だった。

 死霊術士……蘇生術士と対極なす天敵だが……、なぜこの街に?

「私は蘇生術士のシンシア。あなたの目的は?」

 死霊術士は、普通街中でこんな派手な「仮装行列」などやらない。あっという間に捕まって処刑されるのがオチだ。つまり、それなりの自信があるわけだ。迷惑な事に。

「まあ、道場破りみたいなもんかな。せっかく近くにいるなら、ご挨拶でもしておこうかと……」

 少女は不敵に笑みを浮かべる。挨拶ねぇ。また迷惑な。

「とりあえず、この「生ける死者たち」を止めてみてね。噂どおりなら、これくらい……」

「ほいっと!!」

 私はみなまで聞かず、いきなり魔法を放った。辺り一面に青白い光が走り、滅多やたらに暴れていたバケモノたちが、一斉にリリスに向き直った。

「あ、あれ? なんであたし魔法使えないの? それになんで私の制御が……??」

 私がやったことは、リリスの予想を超えていたようだ。明らかに動揺している。

「あなたの魔法は封印したわ。そこらの魔封じと同じって思わないでね。それと、私も「死霊術が使えるんだな。対極魔法を覚えるのは、どの魔法も同じでしょ?」

 攻撃に対しては防御、霊を元サヤに収めるのが蘇生術なら、霊をそのまま使役するのが死霊術。魔法とは必ず対になっているものだ。厳密に言えば、蘇生術の反対は即死魔法だが、こんなもん覚えているだけで死刑だ。よって、霊を扱うという意味で微妙に近い魔法が対極魔法となっており、当然私も死霊術を囓っている。嫌いだから、滅多に使わないけどね。

「えっ、じゃあ、私は!?」

「もうただの女の子。じゃあ、頑張ってね♪」

 私の制御でバケモノたちが一斉に動きだす。リリスはゾンビの群れに担ぎ上げられ、そのまま街の外へとドドドドっと駆け抜けていった。出した命令は簡単。「朽ちるまで走れ!!」。さーて、どこまで行っちゃうかな?

「……お前さん、笑顔で怖い事するな」

 ダルメートが構えを解き、汗を拭う仕草をしながらつぶやいた。

『だって、シンシアだから!!』

 全く同じタイミングで、アラムとエパデールが断言した。な、なんだ、この連携は?

 ま、まあ、それはともかく、確かに怖い事かもしれない。魔法が使えないということは、当然死霊術も使えないわけで、リリスにはもう自分が使役していたバケモノを止める事が出来ない。つまり、どこまでも行ってしまうのだ。

「なーに、誰に喧嘩売ったか教えただけよ。半端なことやって、また来ても迷惑だしね」

 私は杖をポンと石畳に立てると、ついでに「浄霊」の魔法も使っておいた。これで、害意ある霊はこの街には入ってこられない。蘇生術にはなんの影響もないのでご安心を。

「さて、アラムが寒さで死にそうになっているし、戻りましょうか。2度目の蘇生は確率が落ちるしね」

 私は杖を肩に担ぐと、皆と一緒に総合医療センターに戻った。そう、これが死霊術士リリスとの初顔合わせだった。私も甘かったのである。もっと完膚なきまで叩きのめしておけば……あるいは、この1回で終わったかもしれなかった。

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