第40話 蘇生解禁

 国元から戻ってしばらく、ようやく蘇生が解禁された。ただし……

「また弟子が増えた……」

 教会から若手の蘇生士6人が送られてきたのだ。この時まですっかり忘れていたが、本来「蘇生」は教会の権威の象徴であり貴重な収入源だったのである。それを横からかっさらう形になってしまった私は、まあ、目の敵にされても文句は言えなかったのだ。

 最初はてっきり教会の密偵かとも思っていたのだが、どうもこの6人は私から蘇生術を真摯に学びに来た若手蘇生士のようで、セルシアとともに日々研鑽に励んでいる。それを見守るのが私の役目となった。

「これは珍しいケースね。酷い腐敗の上に「憑霊」か……」

 憑霊というのはいわゆる「霊に取り憑かれること」。まれにあるケースなのだが、遺体や死体の中に「別人」が取り憑いてしまう事がある。こうなると、一度「空き屋」に戻した上で、正しい「住人」を戻さないと蘇生は失敗する。

「蘇生術は「見て」覚えるものよ。滅多にない事だから、私の動きに付いてきてね」

 実に久々だ。私が蘇生術を使うのは。しかし、錆びさせたつもりはない。私は例によって血文字で魔方陣を描き、呪文を唱え始めた。今回は憑霊が認められるので、難易度は最高クラスだ。出来るのは私しかいない。そう自己暗示を掛けないと失敗する。

 呪文を唱えるそのうちに、腐敗した体の表面が不自然にボコボコと泡立ち始めた。来たか!!

 その瞬間だった。まるで海面から飛ぶイルカのように、取り憑いていた霊体が飛び出してきた。それは、迷うことなく私に向かって飛び……手に持ったままだった小刀でその霊を叩き斬る。実体化出来るほどの強力な霊でないと、そもそも死体に憑依する事が出来ない。余談だが、霊と死体が完全に一体化ししてしまったものが「ゾンビ」という魔物で、こうなったらもう霊もろとも消滅させるしかない。

 さて、蘇生だ。再び呪文を唱え始めた私の目の前で、死体が元に戻って行く。蘇生成功だ。すかさず助手さんが介抱する。ケアはそちらに任せ、私は弟子たちに向かった。

「分かった?」

 一様に首を横に振る7人。まっ、たった1回で分かられても困るが……。

「もう一回、私が使った呪文の中身を分析しなさい。絶対出来るから」

「あれだけの高速詠唱で高難易度。分からないところが分からないです」

 皆を代表してとでも言うように、セルシアがポツリと漏らした。

「最初はみんなそうよ。7つも頭があるんだから検討しなさい」

 血文字の魔方陣は、術が完了すると同時に消えてしまう。今見た情報が全てだ。

 そして始まる弟子たちの検討会。あーでもないこーでもない言い合っている姿は、まだ蘇生術を覚えたての頃を思い出す。実は私には師匠がいない。全て独学だ。だから、禁術を組み込むなんて事も考えついたわけだが、我流ゆえの変に癖がある術式になってしまったのは否めない。これを教えていいのか悪いのか。私には何とも言えない。

「あの、先生。先ほどの魔方陣ですが、確かこんな感じだったでしょうか……」

 教会からやってきた男の子の1人が、杖を片手に蘇生室の床に描いていく。もちろん、血文字ではない。

「うーん、惜しいけど違うなぁ。正しくはこう……」

 私は床に描かれた魔方陣を修正する。これで、自ずと呪文は分かるはずだ。

「よ、4魔法同時詠唱……!?」

 別の弟子が気がついた。そう、私は先の蘇生術で使った魔法は4つ。全て同時詠唱である。もちろん、人間は1度に1音しか発生出来ないので、素早く切り替えながら一気に唱えるのである。これは、他の魔法でも使われる技術だが、4魔法となるとそうそうないだろう。それだけ高度な魔法だったのだ。

「術式にもよるけど、最大6魔法同時詠唱になる事もあるわ。とりあえず、早口言葉は毎日練習しておいて損はないわよ」

 皆が一同ポカンとしてしまった。言った私でも、6魔法同時詠唱はかなりハイレベルだ。魔法使いに滑舌の良さと早口は必須能力ともいえる。

「さて、次の質問は?」

 こうして、蘇生術士たちの検討会は続いたのだった。


「あーあ、遅くなっちゃったわね」

 時刻はすっかり夜。私も共に検討に検討を重ね、新しい蘇生術の術式まで生み出してしまい、かなり深い時間になってしまった。受付で片付け物をしていたアラムと一緒に、総合医療センターから城に向かう。季節は夏から秋に移っている。さすがに夜は寒い。

「さすがに冷えるね。帰ったら紅茶でも入れるよ」

 アラムがニコニコ笑顔でそう言った。本来は私の仕事かもしれないが、何が違うのかアラムの淹れる紅茶は美味しいのだ。

「よろしく。さて、急ぎましょう」

 私たちは早足で城に入り部屋へと向かう。ほとんどの生活拠点が、私の部屋になってしまっている。手入れこそされているが、アラムの部屋は基本的に空室だ。

 そんなわけで、今日もアラムは当たり前のように私の部屋に入り浸りだ。彼が淹れてくれた紅茶を飲み、とりあえず一息つく。1日の中で1番落ち着く時だ。

「ねぇ、シンシア。キスしていい?」

 私は紅茶を吹き出しそうになった。何を急に改まって。

「いつも勝手にやってるじゃない。なんでまた聞くのよ。返答に困るわ!!」

 少し冷めた紅茶をぐいっと飲み干し、私は空いたカップをベッドサイドのテーブルに置いた。すると、彼がベッドに滑り込んでくる。

「……来て」

 ……おいおい、何かがいつもと違うぞ?

「アラム、なにか変な物食べた? って……!?」

 アラムは私の首に両腕を回すようにして、半ば強引にベッドに引き倒した。

「あ、アラム!?」

 アラムの唇がそっと私の唇に触れる。8才のくせに、今はやたらと大人びて見える。今夜は大人しくアラムにリードされよう。私は静かに目を閉じたのだった……。

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