第39話 里帰りの終わり

父の亡骸はまだ柩には収めておらず、部屋のベッドの上に安置されているらしい。目付役の兵士2人に付き添われ、父の部屋に入った。花で飾られた部屋の中央にあるベッドには、冷たくなった父が静かに横たわっていた。私はそのベッドに向かってゆっくり歩いていく。気を遣ってか、他の全員は部屋の入り口で待機していた。

「……」

 死に化粧を施された父は、ただ静かに眠っている。しかし、不思議と何の感慨も湧いてこない。元々接点が少なかったせいか、「物々交換」されたせいか……。

「お父様……」

 とりあえず、口に出して言ってみた。父親は父親だ。私はそっとその肩に手を置いた。蘇生術士の常で体の様子をチェックする。蘇生適正は否定。病魔に犯されて過ぎていて蘇生は出来ない。

「さて、行きましょうか……あっ、そういえば」

 私は部屋の書架に向かった。

「みんな来て、あなたたちが証人よ」

 私は書架に並んだ本のうち、ある本をそっと押した。すると、書架が横にスライドしていき、壁に埋め込まれるようにして金庫が出現した。

「国王の隠し金庫よ。あのガスターを呼んできて!!」

 お目付役の兵士が1人すっ飛んでいく。やがて、面倒臭そうにガスターがやってきた。「なんだよ? うん、その金庫は!?」

 ガスターの顔色が変わった。無理もない。この隠し金庫の事は、ごく一部の人間しか知らない。国王の身になにか起きた時に、開けるよう指示されていたのだ。

「金庫のドアに付いている封印は切れていませんね。では、開けます……」

 この金庫には鍵穴のようなものもなければ、ダイアルもない。「解錠」の魔法を知らない限りは開けられない代物だ。

 私はそっと金庫の扉に手をあて、「解錠」の魔法を放った。ドアの鍵が外れ、勝手に開く。中には分厚い紙束が眠っていた。

「これ、お父様の遺言です。読み上げていきますね……」

 ほとんどは財産分与についてだったが、今の私には不要なのでどうでもいい。問題は「次期国王」についてだった。

「次期国王については、第3王子アラミド・プロサロメテとし、他の王子は……」

「アラミドが? ふざけるな!!」

 ガスターが爆発した。しかし、この国で遺言は絶対である。性格が残忍すぎる第1王子ガスター、逆におっとりし過ぎの第2王子ブロス、間を取ったようなほどよい感じの第3王子アラミド。お父様はちゃんと見ていたのである。

「あなたも見たでしょう? 私たちは一切遺言に改ざんはしていません。この国を統治するのは第3王子アラミド兄です!!」

「なにを言う。ならば、この場でアラミドを抹殺してしまえばいい。おい、お前たち。アラミドをここへ連れてこい!!」

 しかし、お目付役の兵士は動かなかった。それどころか、ガスターの両脇をがっちり固めてしまった。

「あんたの下で働くなんて嫌だったんだよ」

「そういうことだ」

 2人の兵士がポツリとそう漏らした。

「次期国王に危害が及ぶ可能性があります。ガスターを地下牢へ」

 私が指示するまでもなく、2人の兵士はガスターを引っ立てて行く。まあ、本来はここの兵士にどうこういう資格はないのだが……。

「さて、帰りましょうか。あとはこの国の問題よ」

 私は残されたいつもの面子に声を掛けた。

「なんかサバサバしているわねぇ……」

 エパデールが苦笑した。

「元々お父様との接点はあまりなかったし、看取ることは出来なかったけれど、こうして会えたしね。もう、思い残す事はないわ…… 」

 私の言葉に、誰も何も言わなかった。そのまま城を出て、ついでだからと城下街を散策。商魂たくましいというか、早くも「新国王誕生饅頭」が売られていたりした。

 一通り巡ると、私たちは街から出て飛行船に戻る。整備は万端、こうして、私たちは再び空の人になったのだった……。


 推進器が立てるゴーという音の中、私はまたもや甲板で夜風を浴びていた。すでにアラムは寝かしつけてある。みんなの手前、あえて考えないようにしていたのだが、自分の親が亡くなるというのは、やはり思うところがある。数少ない思い出が想起され……私は少しだけ泣いた。本当に少しだけ……。

 季節は夏だが、日も落ちて空となるとさすがに冷えてくる。寝間着だけではちょっと辛い。しかし、頭を冷やすにはちょうどいい。今は船室にいたくなかった。甲板に設置されているベンチに腰を下ろすと、私はただ静かに夜空を見つめたのだった。


 「へっくしょん!!」

 私は辺り構わず思い切りくしゃみをした。体温は39度1分。立派かつ完全無敵の風邪である。あー、頭がクラクラする……。

「シンシア、大丈夫……じゃないね」

 港から馬車に揺られながら、私たちは王城を目指して突き進んでいく。はっきり言おう、今の私は使い物にならない。魔法を使える状態ではない。これは、魔法使いにとって、手足をもがれたも等しい、早く治さねば……。

 懸念していた何かの襲撃もなく、私たちを乗せた馬車の隊列は城下街へと入り、そのまま城に向かった。

「あー、クラクラする……」

 アラムの肩を借りながら自分の部屋に戻り、私はベッドに直行した。感染させるとまずいので、アラムは自分の部屋に帰ってもらった。

「うー、夜風に長く当たりすぎたか……」

 地上ならともかく、飛行船の甲板はとにかく冷える。そんな所に長くいたら……まあ、こうなっても仕方ない。

 私がベッドに横たわってしばらくした時、部屋のドアがノックされてマスクをしたアラムがワゴンを押しながら入ってきた。

「なにか食べなきゃダメだよ。牧場から差し入れがあったらしくて、むりやり持ってきた。特上ランクの牛肉を焼き肉でどう?」

 焼き肉ってどういう神経してるのよ!!

「無理……なにも入らない」

 お粥でさえ食べたくないのに、焼き肉など単なる冗談だ。

「分かった。じゃあ僕だけでも……」

 そして肉の焼ける匂いと焼ける音。今の私には拷問でしかない。

「じゃあ、いただきまーす!!」

 殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!

 私の中で史上最大級の殺意が生まれたが……動けん!!

 こうして、私の里帰りは終わったのだった。

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