第38話 母国へ

 出立は慌ただしかった。なにがあるか分からないので、エパデールとダルメートに当たり前のように護衛を依頼し、大慌てで荷物を飛行船に運び込み、その日のうちに出発した。数時間後、甲板から見える景色は夜闇一色となった。

「あれ、ここにいたんだ。寒くない?」

 甲板の舳先で外を眺めていたら、背後からアラムに声を掛けられた。

「寒くはないけど、寂しくはなるわね」

 なにせ辺り一面、真っ黒に塗りつぶしたかのように真っ暗だ。1人でいると寂しくなる。プロサロメテ王国王都までは、風の関係もあって、どんなに急いでも明日の昼になるらしい。それまでこのじれったいような、そうでもないような時間が続く。

 私の心中を察してか。アラムはそれ以上、なにも言ってこない。ただ黙って私と手を繋ぐだけだった。彼の手の温もりが何とも言えず心地よい。きっと冷えているんだ。うん。

「アラム、風邪引くわよ。船内に戻っていなさい」

 私はそっと言ったが、彼は動こうとしない。

 ……ったく、もう。

「分かった分かった、船室に行くから……!?」

 アラムが背伸びして、いきなりキスをしてきた。久々過ぎて一瞬戸惑ったが、私は彼の体を引き寄せた。それはそれは長いキスだった。

「ふぅ、落ち着いた。ありがとう」

 ここにきて、ようやく自分が平静ではなかった事に気がついた。なんとも情けない事だ。

「さすがにもう、シンシアの心中くらい僕だって察しがつくよ」

 などと生意気な事を言うアラム。

「さて、船室に戻りましょうか。いい加減冷えてきたわ」

 アラムと手を繋いで船内に戻り、無駄に豪華な船室に戻った。時刻はもはや深夜といってもいい感じだった。

「さて、寝ますか……って、おい」

 私より先に、アラムはベッドに潜っていた。

「おいでよ。冷えているだろうし……」

 やれやれ。そうしますか。

 私は寝間着に着替えることなく、普段着のままベッドに潜り込んだ。途端にへばりついてくるアラム。これは想定内だった。

「……シンシア、冷たい」

 アラムがポツリとつぶやく。ちょっと夜風に当たり過ぎちゃったかな。

「そのうち温かくなるわよ。さっ、寝ましょ……」

 こうして、バッタバタの1日は終わったのだった。


 翌日昼頃、私たちはいきなり問題にぶち当たった。

「えっ、入港拒否?」

 まさかという思いで、私は知らせに来た船員に向かって問いかけた。

「はい、すでに国王様はお亡くなりになったようで、後継者のガスター王子が国を仕切っているそうですが、全港にイスタル王国の船は入港禁止のお触れが出ているようです」

 ガスター……あのバカ兄か。いくら入港拒否していたとしても、この船はイスタル王家の船だ。無下に拒否すれば、最悪宣戦布告と見なされても文句は言えない。

「構わないわ。入港を強行して!!」

 ここまできて帰るなどもってのほか。馬鹿野郎だけど、親の死に顔くらい見ておきたいというのが人情だろう。

「はっ。しかし、入港を強行すれば、攻撃もやむなしと……」

「ちっ、そういや手練れの魔法使い部隊がいたわね……」

 魔法王国の別名を持つプロサロメテは、優秀な魔法使い部隊を擁している。例え魔法で船の姿を消したところで、全く意味はないだろう。となれば……。

「入港は中止。このまま王城に向かって飛んで!!」

 一瞬ビックリしたような表情を浮かべた船員だったが、すぐさま操舵室に向かっていった。

「な、なにするの?」

 アラムが不安そうに聞いて来た。

「港に入っちゃダメなら、直接行くしかないでしょ。さてと……」

 私は床に魔方陣を描き、強力な防御魔法で船全体を覆った。予期している攻撃は今のところない。そのまま王城が見える所までくると飛行船は着陸した。私はアラムとエパデールたちを引き連れ、素早く飛行船から下りる。今のところ、なんの問題もない。このままいけばいいけど……。

「なんか、あなたに言うのもアレなんだけど、いけ好かない国ね」

 私のやや後ろを走るエパデールが、ぽつりとそうつぶやいた。

「前はおっとりしていたんだけどね……」

 私の国は私が知る国ではない。そう思っていた方がいいだろう。てっきり兵士の一団でも出てくるかとさえ思っていたが、それはなく門が開きっぱなしになっている城下街に飛び込み、一気に王城へ。

「あちゃー、さすがにここは閉じていたか…」

 城門はきっちり閉ざされていた。攻撃魔法でブチ破ってやるのが一番手っ取り早いが、それをやったら問題になってしまう。どうしたのものかと悩んでいたら、重たい音を響かせながら城門が開いた。

「なんだ、シンシアじゃないか。もうプロサロメテ王家とは関係ないだろう?」

 多くの兵士を従えたイケメンの無駄遣いこと、一番上の兄であるガスターが声を張り上げた。何度も結婚しているが、その性格ゆえに全て失敗し、現在は独身を拗らせている。

「入港拒否なんてご挨拶ね。あなたまだ、正式に国王になったわけじゃないでしょ?」

 負けじと私も応戦した。

「もうすぐなるさ。亡き父上の顔を見にきたんだろ。葬儀と埋葬は1週間後だ。見たらすぐ帰れ。そして、二度とこの国の土を踏むな」

 ……何様だこのやろ!!

「言われなくてもそうするわよ。あんたが治める国なんて来たくないわ。やる事やったらすぐ帰るわよ!!」

 私がそう言うと、ガスターはニヤッと笑って兵士の壁が退いた。

「どうぞ、最愛の妹よ」

 ……いちいちムカつく!!

 こうして、私たち4人はピリピリする空気の中、城内に入ったのだった。

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