第37話 事態はいつも急に
王都へと帰還した私たちは、再び元の生活に戻った。私の読みが正しければ、もう面倒臭い刺客が送られてくる事はないはずだ。蘇生はまだ解禁になっていないので、私はまだお休み。アラムは受付の仕事があるので、朝から総合医療センターに出勤している。対する私は、この前書店で仕入れた魔法関連の書物をひたすら読んでいた。本の内容は蘇生術に関するものだが、それに付帯する回復魔法も書かれた、なかなか読み応えがあるものだ。
「ふーん、こういう考えもあるのか……」
なかなかに面白い本だ。必要な事はノートにメモっているが、新しい蘇生術の術式をいくつか思いつき、回復魔法もより強力なものをいくつか思いついた。魔法使いたるもの、常に勉強である。そこに終わりは無いのだ。
「うーん、あれもうこんな時間……」
私の悪癖で、没頭すると時間を忘れてしまう。今はもう昼過ぎの時間だった。
「どれ、アラムをからかいに行ってくるか」
私は椅子から立ち上がると、部屋から出て総合医療センターに向かった。
「あっ、シンシア!!」
受付でボケーッとしていたアラムが、こちらを見て手を振ってきた。
「はーい、頑張ってる?」
私も手を振り返し、そのまま建物の中に入る。今日は空いているようだ。
「今日はもう店じまいだな。午前中で全ての患者の診察が終わった。本来は午後も開けておくべきかもしれぬがどうする?」
奥から出てきたガリレイ先生が言う。ここのセンター長はアラムだ。彼は黙ってうなずいた。
「今日の午後は休診にしましょう。皆さんお疲れ様でした」
助手さんが挨拶をしてゾロゾロと帰り、ガリレイ先生も総合医療センターを後にした。私は奥の蘇生室と空の保管室をチェックしてから、アラムと共に外に出る。外はいい天気だ。
「どっか行こうか?」
私はアラムに提案した。こんな日に、城の中に閉じこもっていてはもったいない。
「いいねぇ。どこ行こうか?」
アラムが私の提案に乗ってきた。
「そうねぇ。逆に聞くわ。どこがいいかしら。出来れば街の外で……」
なにか、やっと日常が帰ってきた感じだ。バタバタしていたからなぁ。
「そうだねぇ。この近くに芝桜の丘があるよ。時季外れだけど、行ってみる?」
「まあ、いいわ。行ってみましょう」
こうして、私たちは街を出て街道を歩く。しばらくすると、広大な丘が広がっていた。
「あー、やっぱり時季外れだったね……」
高原は一面の緑だった。これだけでもいいが、私は久々に「蘇生術」を使う事にした。「ちょっと待ってね」
私は杖を片手に丘全体に血文字で魔方陣を描いていく。これがなかなか骨が折れる作業だったが、ようやく下準備が出来た。
「それじゃ、行くよ!!」
仕上げに杖をトンと地面に立てた。すると、緑の草原だった丘が一面の花に覆われた。そう、芝桜である。蘇生術にはこういう使い方もある。疲れるので滅多にやらないが。
「凄い!!」
アラムが感嘆の声を上げた。
「そう、私は凄いの! 驚いたか!!」
ちなみに、蘇生術の基本練習はだいたい植物で行う。私はいきなり実戦で行うが、それでも枯れた花や木を蘇させるのは得意技なのだ。
「うん、驚いた。でも、この景色凄いでしょ?」
なぜかアラムが自慢げにそう言った。確かに凄い。幻想的といっていい。
「へぇ、街の近くにこんな場所があったなんてね。なんで、もっと早く教えてくれないのよ」
私は地面に寝っ転がり、思い切り伸びをした。すると、すかさず隣にアラムが寝っ転がる。顔を横に向けて彼を見ると、実に気持ちよさそうだ。出会った頃に比べて、本当にたくましくなったものである。
「シンシアってさ、どんな男が好きなの? 真面目に答えてね」
空を見つめながらアラムが聞いてきた。真面目にか……。
「あのさ、それ聞いてどうするの? どうせまた、じゃあそんな男になる!! って無理するの見え見えで、私が答えると思う?」
私は至って真面目に答えた。実のところ、タイプの男なんてない。ただそこにいて、偶然好きになる。そんな感じだ。
「あはは、やっぱりシンシアには勝てないか……」
アラムが笑った。ふん、私に勝とうなど10年早い!!
「そういうあなたは、好みの女性とかいるんでしょ? お姉さんに話してみなさい」
実は今まで聞いてこなかった事を聞いたのだが、アラムの答えは簡単だった。
「おしとやかで大人しい人。シンシアとは正反対かな?」
……フン、言ってろバーカ。
「あらら、困ったわねぇ。私フラれちゃうのかな?」
私は意地悪くそう言った。
「そんな事はないよ。シンシアは僕にとって大事な人だもん」
アラムがさりげなく手を握ってきた。まあ、悪い気はしない。
「このままこうしていたいね」
アラムがつぶやいた。
「そうねぇ、このところ忙しかったからねぇ……」
私が返したその時だった。
「おーいたいた。邪魔して悪いけど、これ国王からの書簡。なんでも、あなたの国から届いたみたい。じゃあ、ごゆっくり」
まるで嵐のようにエパデールは去っていった。書簡の封蝋は、間違いなく母国の紋章だ。
「全く、なによ今さら……」
私は書簡を開け、中に入っている紙を取り出した……えっ!?
「どうしたの?」
アラムが不思議そうに聞いて来た。
「……母国……プロサロメテ国王が倒れたって」
そう、手紙には短くそれだけ書いてあった。よほど慌てていたのが分かる。
「ここでのんびりしている場合じゃない。急いで出立の準備をしないと!!」
アラムが私の手を引っ張って、街の方に向かおうとする。
「……何かあっても間に合わないわよ。それに、私はもうこっちの王族。母国は母国だけど、関係ないっていえば関係ないし……」
バシッと音がして、私は自分が叩かれたことに気がついた。見ると、いつになく真剣な表情のアラムがいた。
「自分の親なんでしょ? グダグダ言う暇があるなら急ぐ!!」
こうして、私にとっては予期せぬ里帰りをする事になったのだった。
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