閑話 コンビ誕生秘話

 毎朝決まった時刻に、シンシアを総合医療センターに送る。これが1日の始まりだ。今日の張り番担当はダルメート。彼がフッと気配を消すと、もうどこに移動したか分からない。私の目を持ってしても、その姿を捉える事は出来ない。毎度ながら、ドワーフとは思えない能力だ。

「さてと、下町でもぶらつくか……」

 シンシアの迎えまではまだ間がある。私はブラブラと街を歩き、途中の店である物を大量に買い込む。そして、しばらく進むとそこはあった。人1人が歩けるかという道幅。私は迷うことなくそこに足を踏み入れた。

 すると、この小道の「主」たちが現れる。茶トラ、キジトラ、白、黒、ブチに狸面。そう、誰が呼んだかこの小道の愛称は「猫通り」。無数の野良猫が住む、お気に入りの異空間だった。

「おう、元気にやってるかい。今日も飯持ってきたぞ」

 私が先ほど大量に買い込んだのは猫缶。それを次々に開けて中身を路面に置いて行く。すると、野良猫たちが次々と群がっていく。本当はむやみに餌付けをやってはいけないのだが、猫好きの私は我慢出来なかったのだ。

 それにしても、何匹いるのだろう。さすがに百はいないだろうが、狭い通りが猫で埋め尽くされている。なかなか迫力がある光景だ。

「はいはい、そこ殴り合いしない。あんたはこっち!!」

 無数の猫たちの「交通誘導」は私の仕事だ。猫をたくさん飼っている方はお分かりかと思うが、交通整理してあげないと飯にあぶれる子が出てきてしまう。全てを均等にとはいかないが、できる限りまんべんなくがポイントだ。

 こうして一段落付くと、猫たちは三々五々散っていく。あとに残ったのは数匹だ。

「またあんたか。派手にやってるねぇ」

 残った猫の1匹に声を掛ける。まだそれほど経っていないであろう傷を顔面につけ、凄みのある目つきでこちらを見つめるその猫は、さながらこの通りのボスだと言わんばかりだ。こちらが近寄っても全く動く気配はない。私はその猫の頭をそっと撫でた。

「よっ、あんたも無事か。相変わらずツンツンしてるね」

 私が1歩近寄ると1歩分逃げる。1歩引くと1歩分戻る。猫は相手の「間合い」を見極める能力に長けている。絶対に1歩で届く範囲には入ってこない。こういう子はむやみに近寄ろうとしてはダメだ。遠くから見るだけ。それが大事だ。

「じゃあ、私はもう行くよ。達者でな」

 空の猫缶を提げて私は猫通りを後にした。後追いする猫はいない。またそれぞれの生活に戻ったのだ。しかし、あれだけの猫がどこに隠れているのか、全く不思議だ。猫は本当に謎が多い。まあ、考えても仕方ないけど……。

「さーて、至福の一時を過ごしたあとは……飲むか」

 まだ昼過ぎではあるが、営業している酒場は何軒か知っている。私はその中の1件を選び店内に入る。

「よう、嬢ちゃん。いつものでいいか?」

 入る早々、店のオヤジが声を掛けてきた。

「ええ、それでいいわ。あとおつまみ適当に」

 こんな時間でも、もう飲んでいる客はいるものだ。私は適当な席に腰を下ろし、運ばれて来た麦酒を一気に飲んだ。

 そういえば、ダルメートと共に街から街へと歩く旅をしてからもう何年経つかな……。

 まあ、たまには昔を思い出してもいいだろう。運ばれて来た料理をつまみつつ、私は記憶の糸を辿った。


 それはやはり酒場だった。

「ちょっとやめて下さい!!」

 今よりもうちょっとだけ若かった私は、酒場で酔客に絡まれた場合の対処法など知らなかった。

「いいじゃねぇか。酒代はこっちで持つって言ってるんだ。男3人で飲んでもつまらねぇんだよ!!」

 私の腕をぐいぐい引っ張りながら、男が3人がかりで私を自分たちのテーブルに連れて行こうとする。誰も助けにこない。こうなったら、攻撃魔法で……。

「やめておけお嬢さん。ここで攻撃魔法など使ったら、タダでは済まないぞ」

 酒場の端で静かに飲んでいたドワーフの男が、そっと立ち上がってこちらに来た。

「なんだてめぇ……」

 私に絡んでいた男1の声が尻すぼみになる。それはそうだ。ドワーフの男から強烈な殺気が放たれていたのだ。

「このお嬢さんも冒険者らしいな。この程度自分で処理出来ないようでは話しにならないし、無料で助けるなんてもっての他だが……お前らの酒代は持ってやる。とっとと失せろ。酒が不味くなる」

 ドワーフから発される殺気が鋭くなった。背負った斧は構えていないが、この殺気だけでゴロツキ程度なら追い払えるだろう。案の定、男たちは逃げ出した。

「さて、静かになったな。飲み直すか……」

 私のテーブルから離れていくドワーフに、私は慌てて礼を述べた。

「あ、ありがとうございます」

 すると、ドワーフはこちらを振り向いた。

「お前は弱すぎる。冒険者など向いてはおらん。今すぐ国元に帰れ」

 ……分かっている。弱い事くらい。しかし。

「国……里は滅びました、魔物の襲来で。たまたま山菜採りに出ていた私を除いて、全滅です……」

「……そうか。悪い事を言ったな」

 ドワーフの口調が少しだけ柔らかくなった。

「定番と言えば定番の話しですが、私が冒険者になったきっかけです。私はエパデール。あなたのお名前は……」

「依頼人以外には名乗らない主義だ。ただの通りすがりと思ってくれ……」

 自分のテーブルに戻ったドワーフを、私は追いかけた。

「では、依頼します。私と共に旅をして下さい。今はこれだけしか持っていませんが、出世払いで……」

 私は手持ちの金貨を、全部テーブルにぶちまけた。

「依頼は全額前金でしか受け付けない。これだけでいい」

 ドワーフは金貨を1枚だけ自分の財布に入れた。

「わしの名はダルメート。よろしくな」

 差し出されたドワーフ……ダルメートの右手を私は左手で握り返した。

 こうして、私たちはコンビを組む事になったのだった。


 とまあ、こんな事があったわけで、現在に至る。私は気がつけば麦酒を3杯飲んでいた。やはりこの店の酒は美味い。朝から繁盛するわけだ。

「オッチャン、いつものおつまみ追加で!!」

 私は元気よく追加注文したのだった。

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