第36話 旧主流派のちょっかい

 エパデールと飲むのはいつも楽しい。数々の冒険談には、終わりがないようにさえ思える。もし私が王家に生まれていなかったら、冒険者になっていたかもしれない。

 教会のざわつきもある程度収まったということで、国王様からの護衛の依頼は終了しているが、彼女とダルメートはしばらくこの街に滞在する事にしたらしい。いつも下町にある噴水前で待ち合わせ、夕刻アラムが帰ってくるまでプチ飲み会をやっている。

「えっ、アラムを縛ってボコボコにしたの。あらぁ、言ってくれれば、そこからの展開も……」

「趣味じゃないからやめたの。私は出来れば純愛路線で……」

「純愛。へぇ、純愛!! あなたがそれを言う?」

 ……とまあ、いつもこんな調子である。私だって普通の女の子なんだよぅ。シクシク。

「さて、そろそろ時間ね。城まで送るわ」

 エパデールがそう言って席を立つ。お勘定は私持ち。これが「依頼料」だ。

「さてと、せっかくいい気分なのに、水をさす馬鹿たれどもが来たわね」

 店から出た途端、私たちを取り囲む抜剣した連中が6名。やれやれ……。

「あなたは3名、私は3名。どっちが早いか競争よ!!」

 私と背中合わせに剣を抜いたエパデールは、そのまま素早く突っ込んで行く。私もほぼ同時にダッシュした。魔法を使うまでもない。杖でしこたまぶっ叩いて3人を片付けると、エパデールの方も終わったようだ。完全に伸びている6名を通りに並べると、とりあえず身元が分かりそうなものを探す。こいつらの財布の中身は迷惑料だ。

「また教会かぁ……」

 襟の辺りに見覚えのある紋章。アラデック教である。

「こいつら旧主流派ね。今のは微妙に紋章が違うから」

 剣を鞘に収めつつ、エパデールがため息をついた。

「えっ、そうなの?」

「なんで王族が知らないのよ……ってまあ、無理もないか。さて、どうする?」

 エパデールが聞いてきた。

「そうねぇ、いい加減鬱陶しいし、きっちりケリ付けておきますか……」

 私はエパデールにそう返しこっそりため息をついたのだった。


 久々に4人揃った私たちは、徒歩で街道を歩いていた。目指すはアラデック教総本山……の近くである。あの6人のうち、比較的まともな状態だった3人に拷問……じゃなかった丁寧に聞いて、元教祖のアジトがある事が判明したのである。

 野営は省略して歩き続けたお陰で、私たちは標準より1日早く総本山の建物が見える場所まで辿り着いた。ここで街道とはお別れである。私たちは鬱蒼と茂った森に入った。

「しかしまあ、教会を追われてもなお、あなたを狙うなんてねぇ」

 剣を構えたエパデールが、音量を落とした声でつぶやいた。

「典型的な逆恨みだな」

 光が反射しないように、わざと斧の刃を黒く塗ったダルメートが鼻を鳴らした。

「ごめんね。変な事に巻き込んじゃって……」

 私は2人に詫びた。国王様からは、私とアラムで片をつけるよう命が出ていたのだが、それで黙っている2人ではなかった。お友達割引で2人を「護衛」として雇い、今ここに至る。ここまで、懸念していた襲撃はなかった。

「なに言ってるの。これは仕事。遠慮することないじゃない」

 エパデールは小さく笑った。

「わしらにとって、上顧客様だからな。食らいついたら放さんぞ」

 ダルメートが本気とも冗談とも付かぬ事を言う。まあ、単なる友情でこんなところまで、来てもらうわけにはいかない。仕事を依頼したと思えば、私も気分が楽だ。

「さて、見えてきた……結構大規模ね」

 そこは森の奥に隠された、ちょっとした村という感じの場所だった。

「正面から行ったら分が悪いわね……」

 元教祖のアジトは想定外の規模だった。4人で正面から攻め込むのは愚策だろう。

「ここの配置図が欲しいわね。『隠密行動』が出来ればなぁ……」

 私がつぶやくと、アラムが手を上げた。

「ダルメート仕込みの『隠密行動』なら出来るよ。ちょっと行ってくる」

 言うが早く完全にアラムの気配が消え、私でも姿が捉えられなくなった。「隠密行動」とは、その名の通り敵に見つからず偵察する能力の一種で、これが出来ると非常に便利なものである。

「ダルメートって隠密行動出来るの?」

 私はビックリして聞いてしまった。

「なに、冒険者の嗜みよ。あの坊主、戦闘よりこういう方に向いているかもしれんな」

 アラムのやつ、いつの間にか意外な方向に成長したわね。年齢を考えると、これからの伸びしろが怖い。

「はい、お待たせ」

 いきなりアラムの声が聞こえ、私は声を上げそうになってしまった。

「あのねぇ。帰ってきたら気配くらい……まあ、いいわ」

 さすがに相手の近くなので大声は出せない。私はアラムの作成した地図を見た。

「えーっと、ただ寝て起きるだけなら40人は収容出来そうな大型の建物が6つと、少し豪華な小さい建物が1つ……か」

「単純計算で4対240プラス。このまま突っ込むのは無謀ね」

 エパデールがポツリとつぶやいた。確かに、思っていたより規模が大きい。こうなると……。

「お前さんがこの前使った地割れの魔法などどうだ。あれなら一掃出来る」

 ……地割れじゃなくて「掘削」です!!

「あれは制御が難しい上に魔方陣を描かないと……下手するとアラデック教の総本山まで陥没させちゃうんで……」

 あの魔法は難しい。ここからアラデック教の総本山まで歩いて15分くらい。まかり間違えば、一緒に巻き込んでしまいかねない。そうなったら、まあ、楽しくも面倒な事になるのは間違いない。

「そうか。使えぬか……」

 ダルメートが心底残念そうに言う。国では「統合打撃万能魔法使い」とかなんとか呼ばれていた私だが、不可能……いや、難しいものは難しいのだ。

「逆に言うと、魔方陣が描ければ何とかなるのよね?」

 エパデールがニヤリと笑みを浮かべた。


 私は定位置につき、その時を待っていた。そして、作戦の号砲が鳴る。エパデールのど派手な攻撃魔法が、ささやかな村のようになっている兵舎の上空で炸裂した。巨大な光球が上空で弾け、雨のように火が降り注ぐ。彼女は「アトミック・レイン」などと物騒な名前を付けていたが……。

 兵舎から剣を抜いた大勢の人間が飛び出てくる。「村の人口」は思ったより多い。彼らは狙い通り、迷うことなく街道方面へと向かって突撃していく。アラムとダルメートが立っている場所へ。しかし、彼らは囮だ。私は杖をトンと地面に立てた。巨大な魔方陣の最後の仕上げだ。

 瞬間、文字通り地面がすっぽ抜けた。突撃してきた全員が、悲鳴を上げながら雪崩のように穴に落ちていく。そう、これが「掘削」の魔法の正しい使い方だ。魔方陣さえ描ければ、ちゃんと制御出来る。こうして、ほとんどの兵士が穴にはまり無力化され、残されたのは後方にいて何とか踏みとどまれた数十人だけ。すかさず、囮だったダルメートとアラムが攻め込んでいく。こうして、私たちの作戦は終わった。

 まあ、語るまでもないとは思うが、私があらかじめ巨大な魔方陣を描いて「落とし穴」を作り、エパデールが「蜂の巣」を刺激。出てきた兵士をすべからく穴に落とし、仕上げにダルメートとアラムが、残存した兵士をたたき伏せたというわけだ。

 こうして、残るは元教祖のみ。私たちは横一列に並んで、1番奥にある小屋に向かった。中からドアが勢いよく開けられ、見覚えのある元教祖が真っ青な顔色で飛び出してきた。

「またお前らか。わしになんの恨みがある!!」

 自覚がないのか、元教祖はそう怒鳴り散らした。

「よく言うわ。しつこく刺客を送っておいて」

 私が言うと、元教祖はさらに顔色を悪くした。

「お前がいかんのだ。なぜ蘇生などする。死者は死者だろう!?」

 いかにもな事を怒鳴る元教祖だが……。

「だからって、刺客を送る理由にならないでしょ。反撃される覚悟もないのに、ちょっかい出すんじゃないわよ!!」

 私は元教祖に怒鳴り返した。空に向いて吐いたツバは自分に返る。当たり前の事だ。

「くっ、こうなったら……」

 元教祖はナイフを片手に、こちらに向かって突っ込んできた。しかし、遅い。遅すぎる。ダルメートもアラムも動かない。私は元教祖のナイフを杖ではたき落とし、空いている左手で元教祖の右腕をぐいっと締め上げた。

「痛い。何をする!!」

 私は無言で元教祖を引きずるようにして落とし穴に向かい、その中に放り込んでやった。そして、呪文を唱えて穴を塞ぐ。

「こら、待て!?」

 もちろん、言うことを聞くはずもない。落とし穴が閉じると。辺りは静けさに包まれた。これで、もう刺客に襲われる事はないだろう。何事も平和が一番だ。

「さて、帰りましょうか」

 私の言葉に反論を唱える者はいなかった。こうして、私たちは王都への帰途についたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る