第33話 蘇生再開

「はい、次!!」

 総合医療センター蘇生室は、ここが出来てから最も忙しい時を迎えていた。教会が実質的に機能を失っている今、どさくさに紛れて蘇生しまくっているのだ。もちろん、国王様の許可は取ってあり、蘇生難度が低いものはセルシアにやってもらっている。新規受け入れは中止したままなので、保管室の死体や遺体が終わればまた開店休業に戻るのだが、基本的に私は1日2体、魔力の高いセルシアは4体、合計6体までなので、保管室を空にするにはもうしばらく掛かるだろう。

「どうですか、久々の蘇生は? 私は疲れましたぁ」

 いかにも疲労困憊といった感じで、セルシアがぽつりとつぶやいた。

「そうねぇ……まあ、私も疲れたわ」

 部屋の片隅にある魔力回復薬を飲みながら、あたしは苦笑交じりにセルシアに返す。実際、私は疲れていた。やはり、久々の連続蘇生はなかなか堪える。しかも、今日は2体とも蘇生失敗である。これで元気でいられる方が難しい。いずれメインの蘇生士はセルシアに任せ、私はバックアップに回ろうと思っているのだが、彼女も今日は全敗。もう少し時間が掛かりそうだ。

「あの、シンシア先生の術式は基本と少し違いますよね。差し支えなければ教えて頂けると……」

 一休みして少し体力が戻ったようで、セルシアが聞いてきた。

「おっ、見抜かれたか」

 私は苦笑まじりにセルシアに返した。まあ、これだけ一緒に仕事をしていて、気づかれない方がおかしい。

「私の術式は一部に『禁術』を組み込んであるの。あまり大きな声じゃ言えないけどね」

 禁術とは、その名の通り現在では使ってはならないとされる魔法で、使ったからと言って罰則があるわけではないが、あまり大きな声では言わない方がいい。

「禁術ですか。なるほど……。では、私はエルフ式の構成を……」

 セルシアは地面にカリカリ魔方陣を描き始めた。本番用の血文字ではない。

「魔方陣の一部にエルフ魔法を組み込んでみました。どうでしょう?」

 セルシアは自信なさそうに私に聞いて来た。私もエルフ魔法は知っているが……。

「うーん……。こういう構成にするなら、こっちの方が……」

 基本的な構成は間違えていないので、私は少し欲張ってみた。

「……これだと、私の魔力では発動ギリギリです。せめて、このくらいに……」

 セルシアが再び魔方陣を描き直す。

「うーん、これだとちょっと弱いのよねぇ……。せめて、こんな感じで……」

「きゅ、究極魔法X……なんで、人間のシンシア先生がこれを……?」

 私の魔法好きをナメてはいけない。エルフの至宝とも言われる「究極魔法」。X、Y、Zとあるが、そのうち1番簡単なものを構成の一部に組み込んだ。しかし、このだっさいネーミングはなんとかならんものか。攻撃したいと思えば攻撃魔法になるし、防御したいと思えば防御魔法、回復したいと思えば回復魔法になるという、かなり便利な魔法なのに……。

「私の魔力では究極魔法なんて発動しないですよ!!」

「やってみないとわからないでしょ? それに究極魔法の一部しか使ってないし。これなら、格段に強力な蘇生術になるんだけどなぁ……」

 実のところ、私の蘇生術には究極魔法Zの要素も組み込んである。人間の魔法では限界を感じ、エルフ魔法にも手を出したのだ。結果として、蘇生術としては異例の成功率になっている。なんでもやってみるものだ。

「それはそうですが……。分かりました、今はちょっと魔力が足りませんが、次回からの蘇生にこれを使ってみます」

 自信なさそうにセルシアが言った。私の見立てでは魔力は十分。あとは上手く制御出来るかに掛かっている。問題はそこだけだ。

「難易度高いけど、あなたならやれると思うわ」

 もちろん根拠はある。エルフのずば抜けた魔力で、この程度の術式が発動しないはずがない。私はセルシアに言った。

「さてと、カルテ整理しちゃいましょうか。今日は全員失敗。逆に珍しいわ。このパターン……」

 ブチブチいいながら、私は自分が担当した2人のカルテに『蘇生失敗』のスタンプを押す。

「標準的な蘇生術の成功率は約10%くらいで私もほぼ同じ。でも、シンシア先生の成功率は約52%ですからね。蘇生しない方が異常です」

 シンシアがやけにリアルな数字を出してきた。

「まさかと思うけど、統計取っていたの?」

 私が聞くと、セルシアは小さく笑みを浮かべた。

「はい、もちろんです。世の中何事も数字です!!」

「……」

 そんな事を見られていたのか。私は……。もちろん、蘇生術士が目指すのは成功率100%だが、それは現実的ではない。20%も叩き出せば一流と言われるこの世界。52%なんていったらバケモノのレベルである。知らなかった……。

「あーあ、もうちょっと魔力があればなぁ。2人しか蘇生出来ないんじゃ、実用的には問題ありね」

 まあ、普通なら2人も蘇生出来たら言うことないのだが、蘇生術士として仕事をするには少なすぎる。だから、4人いけるセルシアには期待を寄せているのだ。

「人数は2人ですが、確度は抜群ですよ。数をこなせばいいというわけではありません」

 セルシアがカルテの束をポンとテーブルに置いて揃えた。

「まあ、そうなんだけどさ……改良の余地はありそうね。さて、帰りましょうか」

 お互いに魔力を使い切り、安定した蘇生が望めないので、私たちは総合医療センターを出た。


「では、また明日お願いします」

 そう言い残し、セルシアは街中へと消えて言った。

「毎回思うけど、かわいい子ね」

 どこで気配を消して待機していたのか、エパデールが私の真横についた。これからは王族だ。アラムと仕事が上がる時間が違うので、本当はダルメートと交代でそれぞれの警護をする予定だったのだが、何をヤキモチを焼いたのか、アラムたっての要望で私の専属護衛はエパデールになった。

「私の愛弟子よ。お先に頂くから、エパデールにはあげない」

 私は彼女に軽口を返した。

「あら、言うようになったわね。大丈夫、私はあなたがいるから」

 ……おーい、アラム。奥さんの危機だぞー。

「さて、冗談はともかく、城に戻りましょうか。こんな所で立ち話なんてアホ臭い」

「あれ、なまじ嘘でもないんだけど……」

「おーい、アラム!! 本気で危機だぞ!?」

 しかし、アラムは出てこない。毎回これだからだ。やれやれ……。

「やっぱからかうと面白いわ。さて、部屋に行きましょう」

 エパデールと並んで、私は城に入る。自室に戻ると私たちはベッドに並んで座った。ソファがないのだ。

「それにしても、なんか浮かない顔ね。今日の仕事はいいことなかった?」

 エパデールの問いに、私は黙ってうなずいた。

「2人やって2人失敗。ここ久しく無かった絶不調ね」

 私は小さくため息をついた。

「まっ、蘇生自体が賭けみたいなものだからねぇ。色々あるわよ」

 最近知ったのだが、実はエパデールも蘇生術を使える。滅多に使おうとしないが、蘇生の難しさは分かってくれるだろう。

「確かに色々あるんだけど、ちょっと自信なくすわね:

 私とて完全体だとは思っていないが、それなりに自信はあるわけで……ふぅ。

「全く、そんなシケた顔はあなたに似合わないわよ。はいこれ……」

 エパデールが差し出したのは、麦酒の瓶だった。栓は開いていて、中身が半分ほど減っている。酒飲みがら護衛していたんかい!!

 私はそれを受け取り、温くなった中身を一気に飲み干した。まあ、こんなもんじゃ酔えやしないが、気分転換くらいにはなる。

「ふぅ、いい飲みっぷりね。そうじゃないと」

 エパデールは笑った。

「さて、どうする? あなたの旦那帰ってくるの夜でしょ。城下に出て本格的に飲まない?」

 エパデールの誘いを断る理由はなかった。私はついうっかり着てきてしまった白衣を脱ぎ、普段着に着替える。

「さて、行きましょう」

 私はエパデールを連れ、黄昏時の城下町散策に出る。城からはあまり離れない。時間帯的に危ないからだ。貴族や上流階級の屋敷が並ぶ区画を抜け適当な店に入ろうとすると、ある店舗の前で酔客同士が喧嘩していた。

「あんたらねぇ、少しは迷惑考えたら?」

 エパデールが割って入る。私はその間に「睡眠」の魔法を待機。

「あんだぁ?」

「お前なんかが口を挟む事じゃねぇ。失せろ!!」

 男がオーバーに手を振った瞬間だった。落ちゆく陽光にちらっと黒光りが見えた。完全に油断していた私は避けきれず、その刃が左腕をかすめた。あれほど喧嘩していた2人が、いきなり喧嘩をやめて逃走していく。

「シンシア!!」

 逃走者を追う事を諦めたらしい。エパデールが慌ててこちらに来た。

「毒を塗ってあったけど、遅効性だから大丈夫。もう解毒したから……」

 私はエパデールにそう言って苦笑いを浮かべた。

「教会か蘇生に失敗した遺族か。どちらか分からないけど、いずれにしても蘇生術士は恨まれるってことかな。まあ、ちょうどいいからこの店にしましょう」

「……その根性気に入った。今日は私が奢る!!」

 こうして、ささやかな事件は終わり、女2人の飲み会がスタートしたのだった。

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