第32話 「散歩」の終わり

 教会を色々な意味でぶち壊し、私たちは王都への帰途についた。特にトラブルはなく快適な路行きだ。またもや、不本意ながら陥没させてしまった街の近くでの野営である。近くの川から水が流れ込んだらしく、街の跡はすっかり湖になってしまった。もうここに街があったなどとは、誰も思わないだろう。私とエパデールは交代の見張りについていた。

「これで王都に帰れば、またあなたたちとはお別れね」

 エパデールが、名残惜しそうに私を見る。

「それが王族の宿命よ。私も別れるのは残念なんだけどね」

 まあ、今生の別れというわけでもない。お互い生きていればまた会える。しかし、寂しくなるのは事実だ。

「ねぇ、あなたたちはまた当て所ない旅をするの?」

 私が聞くと、エパデールは夜空を仰いだ。

「そうねぇ。まあ、気が向けばどこかに行くけど、しばらくは王都に留まるつもりよ。このところ移動が多くて疲れているし、装備も新調したいしね」

 ……そっか、しばらくは会えるってことか。

「そういえば聞き忘れていたけど、なんでエパデールは冒険者になったの?」

 特に深くも考えていなかったので、今まで聞いていなかったのだが、暇に任せて聞いてみた。

「えっ? ああ、大体の冒険者が言うセリフそのままよ。ちょっと世界を見てみたかった。そんな感じかな。ダルメートも似たようなものね。ああ見えて、結構面白いのよ。アイツ」

 ……世界か。面白そうだけど、どんな下っ端でも王族は王族。当然、そんな自由はない。

「そーれにしても、まさかこの国の王家と、ここまで深い繋がりが出来るとは思わなかったわ。あなたもいちおう姫だしね」

 ……いちおうって。

「なんだっけ、えーっと。そうだ、おてんば姫の冒険ってね」

 どこかで聞いたフレーズを思い出し、私は1人で笑った。

「まあ、確かにおてんばだわ。見たことないわよ、こんな王族」

 そして、エパデールも笑う。私たちわりといいパーティーかもしれない。アラムはダルメートにべったり張り付いて勉強しているし、私にボコボコにされたあのときと比べたら、もう顔つきからして全然違う。今やり合ったら勝てるかどうか……。

「それにしても、すっごいいびきね。ダルメートも凄いけど、アラムも結構やるわね……」

 ちらりと男性用テントの中を見て、エパデールがやれやれとつぶやいた。

「そうなのよね。一緒に寝るとうるさくてうるさくて……」

 アラムのいびきは実際うるさい。魔法を使わないと、私が寝られないほどだ。

「あら、一緒に寝てるのね。ラブラブじゃない」

 カラカラとエパデールが笑う。

「アラムが勝手にベッドに潜り込んで来るのよ。ラブラブっていうか、可愛い弟みたいな感じね」

 私は杖をトンと地面に立てた。

「あら、奇遇ね。私にとってあなたは可愛い妹みたいな存在よ。この件は、そもそもあなたが警戒していないから起・き・た・の・よ!!」

 エパデールは私の頭をがしっと抱え、髪の毛をクシャクシャにしてくれた。

「ちょ、ちょっと、痛い!!」

 本来、魔法使いの髪の毛を弄るのは禁忌だが、今はまだ魔法が使えないのでよしとする。しかし、痛いものは痛い!!

「全く、どこまで心配かけるんだか……。しばらく、近くで見張ってないとダメかもね」

 エパデールがため息交じりにそう言った。まさか、この言葉が現実になるとは、当然私も知らなかった。

「さて、交代の時間ね。男どもを叩き起こしますか。男子テントの中を見てみる?」

 エパデールの言葉に私は首をブンブン横に振った。嫌な予感がしたのだ。

「じゃあ、ちょっと派手な攻撃魔法を叩き込んで……」

 エパデールが魔法を放ち、男子テントが激しく揺れる。こうして、私たちの夜は更けて行くのだった……。


 行きと同じ3日をかけ、私たちは王都へと帰還した。国王様に報告があるということで、エパデールとダルメートは城の謁見の間に向かい、私とアラムは自分の部屋へ……当然のごとく、アラムは私の部屋だ。何も言わず、当たり前のように彼は私の部屋に入り、当たり前のようにベッドに潜り込む。全く、ここは私の私室だぞ。

「ねぇ、着替え見せてよ~って!?」

「死ね!!」

 私の爆発魔法が炸裂し、アラムは黒焦げで静かになった。その間に、手早く部屋着に着替える。これでよし。

「酷いよ、シンシア……」

 あの昆虫「G」並の耐性を持つアラムは、全身を燻らせながら私に迫ってきた。それを杖で払おうとしたが、この野郎あっさり避けやがった。やはり、実力が上がっている。と、その時、ノックもなしに部屋のドアが開いた。

「あっ、ゴメン。イチャイチャの真っ最中だった?」

 驚いた。ドアを開けて中に入ってきたのは、他でもないエパデールとダルメートだった。

「まあ、私たち流の愛情確認よ。それでどうしたの? ここ王族しか入れないんだけど……」

 城の1階ホールは誰でも入れるが、他の場所は厳しく立ち入り制限されている。いくら親しいとはいえ、エパデールたちが入れない場所なのだが。

「国王からの新たな依頼。大混乱になっている教会が落ち着くまで、あなたたちの護衛を頼まれたわ。報酬もそこそこいいし、断る理由はないしね。というわけで、しばらくの間ヨロシク~」

 エパデール差し出した右手を、私は反射的に握っていた。

「あなたたちの私的な事には干渉しないわ。ダルメートと交代で、この部屋の入り口に立っているだけだから安心して。……でもアラム。いい加減ちゃんとシンシアの事を考えてあげなさいよ。お姉さんが、然るべきことを教えてあげる」

 ……ちょっと待った。然るべき事って!?

「あのね、まず最初に注意するのはブラの外し方なんだけど、コレが意外と難しくてね。無理そうなら両手でやっても構わないわ。格好付けて失敗するのが1番醒めるから。で、次は……」

「待て待て俟て、待ったぁ!!」

 しかし、調子に乗ったエパデールを止める事は出来なかった。ダルメートはただ黙して様子を見つめるだけ。って、こら。アラムもいちいちメモを取るな!!

「シンシア~、実践させてぇ」

 ほら来た。私はすぐ側に置いてあった杖を持ち、ゆらゆらと近寄ってきたアラムの脳天に叩き込んだ。全く……。

「エパデール、コイツに余計な事教えないでよ。すぐ調子に乗るから……」

 気絶したアラムを床に放り出し、私はエパデールにクレームを付けた。

「アハハ、これはどうも失礼しました。でも、あなたもそろそろ考えた方がいいわよ。初産にはギリギリの年齢だから……」

 ……返す言葉がない。ただ今24才。微妙なお年頃だ。

「じゃ、外にダルメートが張り番してるから。私は外に出て警護。6時間ずつ交代だから、私の番が来たらアラムに色々教えてあげる。フフフ」

「だから、それはやめてって……」

「シンシアに拒否権は無いわよ。あなたのためにアラムには正しい知識を……」

「それを教えるのは私の……いや、何でもない」

 エパデールの勢いに私は負けた。私がアラムに教える? 冗談じゃない!!

「じゃ、そういうことで、アラムには真面目に教えるから安心してね~」

 ……安心出来ない。1個も。


 こうして、私の貞操は危機を迎えた。そりゃ結婚してるけど……。

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