第31話 決戦?
「はぁ、こう来ましたか……」
さらに次の街。そこそこの規模ではあったが、その街門付近ではもう見慣れた服装をした教会の連中が張り番をしている。言うまでもなく、全員武装をしていた。
「さーて、どうしようかな。正面突破で騒ぎを起こすのもなぁ……」
エパデールが思案気につぶやく。もちろん、このまま突貫するほど私もバカではない。大騒ぎになってしまう。
「さて、どうするかの?」
ダルメートが斧を街道にドンと立て誰ともなく問いかけてきた。
「あのさ、僕もシンシアも王族なんだし、堂々といけばいいんじゃない?」
アラムが必死に考え出した答えがこれ。はぁ……。
「馬鹿者。その王族を暗殺しようとして爆砕されたのはどこの誰? 王家の威信なんかに頼れないわよ」
私はアラムを小突いてやった。さて、騒ぎは起こしたくない。ちょうどいい魔法……あるにはあるけど、扱いが……。
「その顔、なにか策があるのね。試しにやっちゃえ!!」
エパデールがニヤリと笑った。
「1つだけ穏便に『片付ける』魔法があるわ。ただこれ、土木工事用で本来は対象範囲に魔方陣を描いて……」
「策があるなら惜しんでいる場合ではなかろう」
私の言葉を遮って、ダルメートが言った。あーもう、仕方ない。やっちゃうよ!!
私は呪文を唱え、杖を地面にトンと置く。すると、そこからバキバキと音を立てて地面が裂けていく。その裂け目は張り番をしていた教会の人間を残らず飲み込み、さらには街全体も飲み込み……。無数の悲鳴やら建物が倒壊する騒音やら何やらがここまで聞こえた。残ったのは巨大なクレーターのみ。
「また1つ、街が消えた……」
私は杖を肩に担いだ。頬を冷たい汗が流れていく。本当は張り番している連中の所だけ「抜く」つもりだったのに、制御が難しいんだぞこんちくしょう。ほらみたことか。ざまぁみろ!!
「あはは、さすがシンシア。ここまで盛大にぶっ飛ばすと気持ちいいわね」
エパデールが腹を抱えて笑うが、私は何も言えない。
「ふむ、ぜひドワーフの炭鉱で働いて欲しい。これなら発破を掛けるより安全だ」
ダルメートまで静かに言う。あまりのことに、アラムは何も言えず口をパクパクさせていた。
「……街なくなっちゃったね。今夜は野営かな」
私の言葉は棒読みだ。
「そうね。騒ぎが起こるどころか街ごと消しちゃったし、少し進んでテントを張りましょ」
エパデールはどこまでも明るい。結局、私たちはいまだに土煙を上げている街を迂回し、適当な草原のど真ん中にテントを張ったのだった。
当然ではあるが、テントは小さな1人用のものが2つしかない。寝袋も2つ。そこで、テントを男性陣用と女性陣用にわけ、交代で見張りを立てる事となった。アラムと私、エパデールとダルメートという組み合わせが自然だったが、エパデール曰く「女には女の秘密があるのよ」との事だった。
日も暮れようかというタイミングでたき火を作り、皆で囲んで携帯食料の食事が始まる。美味くはないが贅沢は言えない。
「明日はいよいよ教会総本山よ。気合い入れないとね」
固い干し肉をいとも簡単に食いちぎり、エパデールが元気よく言う。ダルメートは黙々と食事を進め、アラムが妙に上機嫌だ。全くお子様なんだから……って、まあ、リアル子供だけどさ。
「はぁ、生きて帰れるかな。私……」
教会の立場としては、蘇生術にいちゃもんを付けている以上、狙う相手は当然私だろう。思わずそんな事をつぶやくと、エパデールに頭をコツンとされた。
「なんのための護衛よ。いざとなったら、教祖の首でも何でも取ってやるわ」
……こわ!!
「金貨4枚でそこまでする必要はないわよ……」
私は思わず苦笑してしまったが……。
「バーカ、金貨4枚でも仕事は仕事。受けた以上は責任を持って対処するわ」
「そういう事だ。それが我々の『規則』。安心しろ」
2人揃って頼りになる言葉。この2人さえいれば、無敵かもとすら思わせる。それだけの言葉の重みがあった。
「ねぇねぇ、空の星が凄いよ~」
アラムは1人で脳天気にはしゃぎまくっている。夕暮れ時から夜に変わり、空には満天の星。周りに一切の明かりがない夜空は感動的ではあるが……。私は恥ずかしいぞ、旦那様よ。
「じゃあ、まずは男性陣から見張りね。レディー・ファースト」
言うが早く、エパデールはテントに入ってしまった。アラムに手を振りダルメートに一礼してから、私もそれに続く。
「やっぱりっていうか、当たり前だけど狭いわねぇ」
中腰になるとキツいので、四つん這いでテントの中に入る。寝袋にやや余裕があったのは幸いだった。
「ほら入りなさいよ」
エパデールが寝袋を勧めてくるが……女の子同士密着って、相手が男性よりもなんか気恥ずかしい。
「あはは、なに顔を真っ赤にしてるのよ。別に取って食わないから」
寝袋をパンパン叩きながら、エパデールが笑う。……ええい、気合い入れろ!! 私は思いきって寝袋に……猛烈に狭い!! しかも、何を思ったかエパデールが私に抱きついてきた!?
「ああ、勘違いしないでね。こうしないと入れないだけだから……」
エパデールはそう言うが、なんだこの異常な心拍数は。私の方が平静でいられない。
「へへへ、こんなことで目が泳ぐんだぁ。意外とシャイなのね。可愛いじゃん」
だから、勘違いするような流れに持っていくのはやめろ!!
「そそそ、それにしても、まさかここでこうなるとは……」
私は思わずため息をついた。文字通り目と鼻の先にエパデールの顔がある。こんな展開誰が予想した!?
「あら、うちらなんていいわよ。男共もこれよ。あのゴッツいダルメートとアラムが……」
「ブー!!」
思わず吹いてしまった。想像したくないが想像してしまう。考えただけで……うげぇ。
「あっ、ゴメン。あなたの顔が私のツバ塗れ……」
さっきも言ったが、私とエパデールの距離は握りこぶし1つもない。そんなところで吹けばこうなる。
「あはは、何を気にしているのよ。普段から毒カエルの粘液とか、大うつぼかずらの消化液とか頭からかぶっているのよ。あなたのツバくらいどうって事ないわよ」
……な、なんだか知らないけれど、冒険者という仕事は大変らしい。
「それにしても、あれだけの魔法が使えて、なんで攻撃魔法を覚えようとしないの? 蘇生術の噂も聞いているし、そっちの方が難しいでしょうに」
……うーん、返事に困るなぁ。
「趣味じゃないというか、まあ、魔法なんて使い方次第で善にも悪にもなるけどさ。何かを破壊するための魔法は使いたくないのよ」
とりあえず、私はそう答えたのだが……。
「さっき街を1つ灰燼に帰しておいて? その前の街で襲撃者を吹き飛ばしておいて?」
「うっ……。それを言われると……」
実のところ、私は単純に覚える気がないだけである。覚えておけば便利だろうが、「便利魔法」と呼ばれる、一般的に日常で使われる魔法でもこれだ。攻撃魔法なんか覚えたら、私は破壊神になってしまう。
「あー、分かりやすい。なんか隠してるなぁ。教えてくれないとチューしちゃうぞ!!」
寝袋の中で、私の体をがっちりホールドしていたエパデールの腕に力が入る。うぉ、なんてパワー!! マジで逃げられん。
「ちょっと待った。話せば分かる!!」
ジリジリと接近してくるエパデールの顔。私は首を反らせて対抗するが、その首にエパデールが軽く噛みついた。ぎゃー!?
予想外の事に思わず首の位置を戻すと、エパデールがすかさず頬に軽く唇を当てた。
「はい、これがエルフ流の挨拶。特に親しい人だけにやるんだけどね。あなたも旦那さんももう仲間よ。お姉さんががっちりガードするわ」
そう言って、エパデールは軽く片目を閉じて見せた。
「……そういや、エパデールって何才?」
見た目は私とそう変わらないが、異種族相手に見た目年齢は通用しない。ことさら長寿で知られるエルフだ。きっと凄い数字が出るはずだ。
「あら、女性に年齢聞くの? なんて、冗談。あなたには本当の事を話しておく。エルフ暦で24才よ。人間暦に直すと……端数は払って10倍だから、240才か。あはは、人間ならもういい年のおばぁちゃんね」
……ほれみろ。240才。そんなおばぁちゃん人間にはいません。蘇生も出来ないくらい完璧に骨になってます。
「なに、その『あーあ』って顔。お姉さんショックだなぁ。アハハ」
……しまった。つい顔に出ちゃったか。まあ、でも、確かにお姉さんに違いはない。桁違いに。
「ああ、ちなみにダルメートは人間暦に直すと560才だったかな。まあ、忘れたけど」
……いちいちスケールがデカい!!
「というわけで、お姉さんに話してみなさい。なんでまともに攻撃魔法覚えないの? もったいないわよ」
……話し戻しやがった。
「エパデールもそうだけど、攻撃魔法の凄い使い手なんて山ほどいるでしょ。私は私で独自に魔力の使い方を考えただけ。そりゃまあ、私も隠し味程度にちょっとは使うけどね」
「はい、よくできました。要するにひねくれ者!!」
エパデールは再び寝袋の中で私をハグする。
「そりゃまあ……ヒネてるわね。確かに……なんで蘇生術だったのやら」
冒険者なら1人いれば重宝だろうが、王族で蘇生術が使えてもあまり使う機会はない。今がイレギュラーなのだ。それを忘れてはいけない。
「私、そういうひねくれ者大好きだよ。だから、型にはまった教会は大嫌い。刺客を送ってくるようなヤツには、思い切りデカい態度でいくのでヨロシク!!」
……いや、ヨロシクされても。
「さてと、少し休みますか。交代まで仮眠するくらいはあるわよ」
「眠気なんて全然ないけどなぁ……」
エパデールとこの密着体勢で寝ろというのは、なかなか難しい。しかも、まだ深夜にもなっていない。夜型の私にとっては、これからなのだ。
「もう仕方ないわねぇ……」
エパデールはそっと顔を私の耳元に近づけた。
「『睡眠(おやすみ)』」
強力な睡眠魔法だ……と思った時には、私の意識は暗転していた。
ふっと起きると、エパデールは隣にいなかった。あれ?
テントからごそごそ這い出てみると、彼女が1人で見張りをしていた。
「ごめん、寝過ぎた」
目をコシコシしながらそう言うと、エパデールは小さく笑った。
「いい寝顔だったわよ。あんなコトやこんなコトも出来たし……」
「!?」
私は慌てて体をパタパタしながら確認する。
「アハハ、からかうと面白いわねぇ。何もしてないわよ」
うぐぐ、完璧に遊ばれてる。不思議と悪い気はしないけど……。
「男性陣はテントで休憩中。ちょっと様子を見たけど、武器防具の話しや戦術について熱く語り合っていたわ」
一瞬、寝袋を共にしている最悪の光景を予想していただけに、とりあえずホッとする。んなもん、例え見ても描写もしたくない。
「あっ、そうだ。今さらだけど野営向きのいい魔法があった」
私は杖先でテントを囲むように魔方陣を描き、その中心で杖をトンと地面に当てる。一瞬淡い光が魔方陣から立ち上がり、そして何事もないように消える。失敗ではないぞ。念のため。
「なるほど、魔物避けね」
エパデールは私が使った魔法の正体を見抜いた。
「そういうこと。お守りくらいにはなるでしょ」
私が使った魔法は、魔物や危険な野生動物を近寄らせないための簡単な結界だ。覚えておくと便利である。
「本当に器用なんだか不器用なんだか。あなたって見ていて楽しいわ」
再びエパデールが笑う。うーん、なんか複雑。
「それにしても、静かな夜ね。今のところ、変な気配はないし」
エパデールはうなずいた。
「まっ、もしかしたらさっきの街にいたかもしれないけど、根こそぎやられたでしょ。油断は出来ないけど安心して大丈夫だと思うわ」
背後でパチパチとたき火が燃える。こんな場所で火など焚いていたら目立つ事この上ないが、明かりがなくなってしまうのは困る。ちなみに、野生動物避けに火を焚くというのは迷信。来るときは来るのだ。
「それにしても、急に妹分が出来た気持ちよ。あなたって時々危なっかしいから、守りたくなるのよねぇ」
エパデールがしみじみとつぶやく。私はエパデールの事をお姉さんとは思っていないが……あーもう、頼りになるから困る。
「よっ、頼りにしてるぜ。姐!!」
私はわざと茶化してやる。エパデールがその場ですっこけた。
「アネゴはやめてよ。お姉様なら歓迎だけど」
……お姉様って。やはり上手を行くな。
「じゃあ、お姉様。明日のご予定は?」
私はわざとふざけてそう言った。
「そうねぇ、朝イチでテントを撤収して教会かな。もし、向こうが攻撃を仕掛けてくるようなら、私もダルメートも容赦しないから、そのつもりでいてね」
私はゴクリとツバを飲み込み。夜空を見上げた。願を掛ける前に消えてしまうが、流れ星もたまに見かける。本当にいい夜だ。
明日のことは明日考える。それが私の主義である。掛かってこい。教会!!
翌日昼、教会総本山前/……
「へぇ、さすがね。無駄に豪華だわ」
エパデールがポツリとつぶやく。
「まるで城ね。それも、金持ち貴族の。そこら中金ぴかで趣味の悪い事……」
そう、教会の建物はまるで無駄に威厳を振りまくように、やたらと豪華だった。趣味は最悪だけど……。
「久々だなぁ。このセンスの欠片もないところがいいんだよ」
なぜか、アラムはご機嫌だ。さりげに悪口だけど……。
「フン、いけすかん。シンシアよ。また破壊してしまったらどうだ?」
ダルメートが怖い事を言うが、とりあえず聞かなかったことにした。そんな事をしたら、ただでは済まないしね。
「さて、行きましょうか」
私が言った時だった。教会の建物から無数の殺気がこちらに向けられた。エパデールとダルメートが瞬時に反応して空を見上げる。つられて私も空を見上げると、真っ青な空を真っ黒に染めるほどの何かが「落ちて」くる。それが矢である事に気がつくまでには、2秒ほど時間がかかった。
「ファランクス!!」
エパデールは攻撃魔法を放った。空に向けて掲げられた手から、無数の小さな火球が撃ち出され、飛び来る矢を撃墜していく。私たちの周りの地面に矢がガスガス刺さり始めた。どうやら、こちらに命中しそうな矢だけを落としているようだ。
「やめておけ。かえって邪魔になる」
私も爆発魔法で防戦しようとしたが、その前にダルメートに止められた。
「でも……」
ただ守られているのは性に合わない。私は教会の建物に向かって、ありったけの爆発魔法を撃ち込んだ。建物が半壊した頃、まるで蜂の巣を突いたかのように中からワラワラと剣を帯びた連中が飛び出てきたが、降り注ぐ矢の餌食になって勝手に自滅していく。そして、動く者は誰もいなくなった。
……バカかこいつら。連携取れてないわね。
そんな事をしている間にも、まるで狂ったかのようにエパデールは上空の矢を叩き落としている。ここで、私は彼女に「魔力譲渡」を使った。これで最後。もう私は魔法を使えない。回復には丸1日かかるはずだ。
「助かったわ。さすがに魔力がヤバかった!!」
いつ終わるとも知れない矢の雨の中で、もう彼女の魔法だけが頼りだ。すると、唐突に矢の雨が上がった。恐らく数百では効かないだろう。私たちが立っているところだけ円形に残して、地面は矢で埋め尽くされていた。
「ふぅ、なんとかなったわね……」
両手のひらから黒煙をたなびかせながら、エパデールが小さく笑ってみせた。
「さて、アラムよ。次は我々の番だ」
ダルメートが斧を構え、アラムが無言で剣を抜く。ふーん、アラムったらなかなか様になってきたじゃない。とりあえず、格好だけはね。
「突撃!!」
私の声と共に、4人は一団となって教会の建物に突っ込んでいく。私の「準備爆撃」で建物はだいぶ損傷しているが、教会が抱えている実質的な軍隊である「教会守護隊」はまだまだこんなもんじゃないはず。魔法が使えなくなった私は、杖を構えた。
「言わなくても分かってるとは思うけど、非武装の一般教徒は攻撃しちゃダメよ。あくまでも「兵隊」だけ!!」
走りながらエパデールが釘を刺してきた。正面の入り口に至る階段を登り、固く閉ざされた入り口のガラス製のドアをダルメートが斧でたたき割り、私たちは建物に入った。
「アラム、建物の構造は分かる?」
私は走りながら彼に聞いた。
「大丈夫。僕に付いてきて!!」
アラムのリードで、私たちは複雑な造りをした建物内を駆け抜けけていく。その途中で中庭に飛び出ると……いた! 100名は下らないだろう。武器を慌てて剣に変えている最中の武装集団がワサワサしていた。ここから矢を放っていたらしい。もちろん、相手を待ってやる義理はない。魔法さえあれば1発で吹っ飛ばせるのだが、私は魔力切れ、エパデールも剣を抜いている所を見ると、多分似たようなものだろう。そして、中庭は大乱戦になった。私たちは最初は隊形を組んで戦っていたのだが、いつの間にかバラバラになってしまったのだ。とにかく、今は手近な敵を倒すのみ!!
「どりゃぁ!!」
目に前にいたヤツを杖でぶっ叩き、背後にいる敵には杖の先でドツく。相手はこちらを殺すつもりできているわけだし、私も本気で相手してもいいのだが……弱すぎるのだ。叩けば簡単に気絶してしまう。こんなの相手に本気出すのはねぇ……。
程なくして、中庭の「大掃除」は完了した。
「この人たち一般兵だ。制服で分かるよ」
アラムの片刃刀には血の一滴も付いていない。いわゆる峰打ちだ。ダルメートも同様。まあ、両刃の剣を持つエパデールは……まあ、仕方ない。
「教祖の周りには、精鋭部隊がいるはずだから気を付けて!!」
こうして、私たちは一気に大聖堂に突入した。
「ほう、これだけの騒ぎを起こして何かな?」
大聖堂の1番高い所にいる、頭の薄くなったオッサンがそう言った。聖堂内には鎧姿の連中ががっちりオッサンのガードを固めている。ってことは、あれが教祖か。
「国王様からの親書を届けに来ただけよ。ほら、そこの鎧。ちょっと退きなさい!!」
エパデールが書簡を出して言うが、鎧姿のガードは堅いままだった。
「ほぅ、親書か。お前たちがゆっくりしている間に、早馬でもう届いておるわ。囮にされたのだよ。どちらが本物か分からず、無駄な兵力を割いてしまったがな」
教祖は大声で笑った。しかし、エパデールはニヤリと笑みを浮かべ、蝋で封印された書簡を開ける。
「へぇ、レモンが安かったのね。あと、ネギがメチャメチャ安い。タイムセール。なるほど……」
書簡の中に入っていたのは、城下町にある商店の特売チラシだった。なんていうか、偽なら偽で、もう少しまともなものを入れておけって感じだ。
「おや、怒らぬのか?」
どうやら意外だったらしく、教祖は椅子から身を乗り出した。
「ありがちでしょ。このパターン。冒険者に重要な親書を託すはずがない。でも、その裏をかいてこちらに託すかもしれない。結果として陽動は成功。王族でありあなたが狙っている蘇生士でもあるシンシアまでいたら、さすがに困惑したでしょ?」
「……」
教祖は二の句が継げないようだった。図星らしい。
「まあ、シンシアとアラムがいたのは偶然だったんだけど、結果オーライね」
「ふむ、そこまで見抜いたのなら話しは早い。国王からの親書は『蘇生を認めよ』との内容だった。しかし、我がアラデック教としては認められん。人は生きそして死ぬ。それが自然の流れだ。それを蘇生するなどとんでもない」
教祖は当たり前の事を当たり前に言った。それは私も同感である。しかし……。
「私もそれは同感ですよ。蘇生なんて気味の悪いこと、私だって出来ればしたくありませんから」
「なんだと!?」
完全に予想外だったらしく、教祖は椅子から転げ落ちそうになった。アラムは無論、エパデールとダルメートまで驚きの視線を送ってきた。
「……ですが、求められている以上、私は続けます。あなた方教会がどう動こうと知りません。仮にあなた自身や身内でもなんでも命を落とした時、その淵から救える方法があったとして、あなたは『死ぬのはしょうがない』って言えますか?」
問いかけながら私は1歩前に出る。そして、右手で『戦闘準備』の合図を送った。
「それは……ええい! そもそも、お前が蘇生術など使うからこうなるのだ。最初からなければ、ここまで教会が混乱する事などなかった! 今や信者のほとんどは教会ではなく、お前の蘇生術を信じている。生かして帰すわけにはいかん!!」
……ほらこうなった。このうすハゲオヤジ。
「アラデック教が衰退したのは、私のせいではありません。人は実利を取る生き物です。これは推測ですが……だいぶ取っているのではないですか? 『お布施』という名の寄付金を」
オッサンの顔が真っ赤になった。
「かかれ!!」
私たちは一斉に武器を構えた。20人はいる。これは分が悪い。しかし、鎧たちは動かなかった。あれ?
「……その前に、今月分の給金を支払って下さい。もう2週間遅れております」
「隊長! 何を言っておるのだ!!」
……コケていい?
「『人は実利を取る生き物です』。シンシア殿の言葉、大変感銘を受けました。義務感だけでは人は動きませんよ」
「お、お前も知っておるあろう! お布施が激減して今すぐ給金など払えぬ! その元凶を取り除けば、また……」
「総員、回れ右!!」
隊長の声に、鎧たちは一斉に動いた。全員が教祖と向き合う形だ。
「よ、予想外すぎてなにも言えないわ……」
エパデールが冷や汗すら浮かべながらぽつりと……。
「私も予想外」
こんな展開予想していなかった。予想出来る方がおかしい。
「これは、なかなか面白い状況だな」
「アハハ……」
ダルメートとアラムの声も聞こえるが、今はそれどころではない。
「ただ今をもって、『ダルメート教会特別防衛隊』を解散します。一同、散開!!」
そして全員が鎧と武器を投げ捨てるように置き去りにして、聖堂から出て行ってしまった……。残されたのは、丸裸の教祖のみ。
「……くっ、お前のせいだ。お前さえいなければ!!」
キラリと光る物が飛び、私はそれを杖で難なく弾き飛ばした。床に転がったのはナイフだった。
「……帰ろっか?」
私はみんなに聞いた。
「そうね。ここにいても……あっ、教祖が倒れた」
頭に血が上りすぎたのか、鼻血を吹いて教祖が壇上に倒れた。無論、介抱してやる義理はない。
「ふむ、もう一暴れしたかったな」
「シンシア、凄すぎて僕は何も言えないや……」
最後にダルメートとアラムの声を残し、私たちは聖堂から出たのだった。
まっ、タダより高い物はないってね。私が正式な依頼として、エパデールたちに警護を頼んだのはこういうわけ。友情と仕事は別なのよ~ってね♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます