第30話 楽しいお散歩

隣町、場末の宿屋にて……


 例の追跡者を「処理」したあと、そのまま隣町まではなんともなかった。

 わざとボロい宿を選び、そこに部屋を取ったのだが……。

「まあ、ちょっとあったけど、飲んで食べて忘れちゃいましょ!!」

 宿の1階は酒場である。そこで夕食を取ろうとしたのだが……。

「ちょっと待った」

 お酒を口にしようとしていたエパデールを止めた。

「ん? なに?」

 返事の代わりに私は「鑑定」の魔法を使った。すると……。

「はい、隠し味に毒入りよ。このテーブルの料理もお酒も全部。こんな事ができるのは……」

 私が言い終わる間もなく、エパデールは調理場にすっ飛んでいった。奥の方でしばらくガタガタしていたが、程なく戻って来た。

「逃げられた。でも店主から情報は聞けたよ。3日前に調理人として雇ったんだって。どんだけ人気者なのかねぇ」

 そういって笑うエパデール。笑い事ではないのだが……しかし、彼女の目は笑っていない。

「……宿を変えるか?」

 ダルメートが静かに言う。

「うーん、悩むところね。不穏分子は排除したけど、私たちがここにいるという情報は伝わっているはず……。でも、こんな宿にも潜んでいるくらいだから、当然、他の宿にもいるわよねぇ……」

 エパデールが思案気につぶやく。

「じゃあ、こうしますか」

 考えていても仕方ない。私はある案を提案したのだった。


 世も静まった頃、エパデールとダルメートの部屋ではなく、私とアラムの部屋の窓がそっと開き4人ほどの「誰か」が侵入してきた。そして月明かりの中きらりと光る物が走り、2つあるベッドを刺した。その瞬間。


 ドッゴーン!!


 深夜のボロ宿を派手な爆音が揺るがした。

 ……あー、やり過ぎた。

「作戦成功ね」

 エパデールが私の肩をポンと叩いた。

「……ちと派手だったがな」

 ダルメートがぽそっと漏らす。

 まあ、もう解説するまでもないが、私たちは本来自分たちが泊まる予定だた部屋ではない。1番離れた部屋に集まり、「透視」の魔法で様子を伺っていたのだ。

 もちろん、ちょっとベッドに小細工をしておいた。刺激するとちょっとした爆発するように、軽く魔方陣を描いておいたのだ。……まあ、ちょっと加減を間違えたが。

「まあ、これで分かったわね。どっちが狙われているのか……」

 私はため息をついた。教会の狙いは親書ではない。私の命だ。推測にすぎないが、確度は高いだろう。

「やーれやれ。私が誘ったとはいえ、また厄介な事になったわね」

 エパデールが小さく息を吐く。

「なに簡単だ。襲ってくる奴を叩きのめす。それだけだ」

 ダルメートが斧の手入れをしながら、いとも簡単に言ってくれる。

「ねぇ、なんかまずいことになっている気がするんだけど……」

 アラムがすっとぼけた事を言った。

「遅い!!」

 私はアラムの頭をコツンと叩いた。

「さーて、こうなった以上は私も本気出さないとね」

 エパデールがニヤリと笑みを浮かべる。

「まさかこうなるとは思わなかったから、これ少ないけど身辺警護の依頼料」

 私はたまたま手元にあった金貨4枚を、迷うことなくエパデールに渡した。

「あら、私が受けた任務は『親書』の配達よ。報酬は前金で貰っているわ。そこに、たまたまあなたたちが居合わせただけじゃない」

 小さく笑みを浮かべるエパデールだったが……。

「これはけじめ。ただでプロを雇おうとするほど、私はバカじゃないわ」

 無料ほど信用出来ないものはない。友情は友情、仕事は仕事である。

「じゃ、ありがたくちょうだいしておくわ。ダルメート、依頼追加よ」

「分かった」

 ダルメートはドンと斧を床に立てた。

「はい、契約成立」

 エパデールはさっと右手を差し出してきた。私はそれを握る。

「な、なんか知らないけど、シンシアかっこいい……」

 アラムがぽつりと漏らす。そういえば、今気がついたけど、彼の口調が外行きではなく普段の崩した口調になっている。まあ、どうでもいいけどね。

「このくらいあなたがやりなさいよ。本当に頼りない旦那なんだから……」

 私は腰に手を当てて、アラムの頭をもう1つコツン。全くもう……。

「ううう、はい……」

 うん、素直でよろしい。

「さーて、寝ますか。明日の朝イチで出るわよ!!」

 この部屋にはベッドが2つしかない。宿にはかなり無理を言ってこの部屋開けてもらったし、さらに部屋を1つぶっ飛ばしてしまった以上、もう1部屋確保してくれとはさすがに言えない。

 そんなわけで4人でこの部屋に泊まることになったのだが、依頼主を床に寝かせるわけにはいかないと私とアラムはベッドで寝る事になり、エパデールとダルメートは床で寝袋に潜り込む。

 念のため「アラーム」の魔法を仕掛け、私はベッドでそっと目を閉じる。寝られないと思ったのだが、案外素直に睡魔が訪れ、私は眠りについたのだった。


 翌朝、私たちは早々に宿を引き払い、まだ朝靄が残る街道を歩いていた。ああ、あのぶっ飛ばした部屋の修復と、隣室の爆発魔方陣は消してある。まあ、言うまでもなく、襲撃者は跡形もなく吹っ飛んでいた。

「それにしても、シンシアって器用な事するわよね。色々助かるわ」

 エパデールに褒められるとは思わなかった。エルフといえば魔法のイメージが強いのだが。

「エパデールだって魔法使えるでしょ。エルフだし」

 この私の言葉に、エパデールは笑った。

「エルフといっても色々いるわよ。私は剣術ばかりでダルメートの方が魔法を使えるわ」

「えっ、ドワーフが魔法!?

 私は驚いた。ドワーフは魔法嫌いで有名なのに。

「エパデールと一緒だ。ドワーフにも色々いる。まあ、わしが使えるのは簡単な回復魔法ぐらいだがな」

 色々私の固定概念が崩れた瞬間である。やはり、一方的に決めつけてはいけない。

「私の魔法なんて大した事はないわよ。ただ「便利魔法」に特化しているだけ。花形の攻撃魔法はからっきしだし……」

「まーたまた謙遜を。って、さっそく来たわね……」

 どれだけ教会に恨まれているのか知らないが、さっそく殺気を伴った「存在」が……10人。また大所帯できたわね……。

「ちょっとイタズラしてみるか……」

 私は街道の石畳の上に魔方陣を描き、魔力を注ぎながら杖をトンと魔方陣に置く。すると、朝靄が巨大な人形の形に変化し、その場に立ち上がる。

「へぇ、変な魔法使うわねぇ。面白いけど」

 エパデールが笑う。このいわば「朝靄ゴーレム」、朝霧が素材なだけに攻撃力は全くない。剣で拭き散らかせば、あっという間に消えてしまうものだ。しかし、ハッタリには効く。さすがにこんな物見たことがなくビビったようで、私たちを取り囲んでいた殺気は消えた。

「僕、もっと魔法を覚えようかな……」

 アラムがポツリと漏らした。

「あなたには無理よ。魔力がねぇ」

 私はアラムに即答した。実際、アラムは一丁前の魔法が使える程の魔力がない。これは先天的なもので、鍛錬でどうにかなるものではない。

「ええー、ケチ!!」

 ケチでもなんでも無理なものは無理である。

「あなたは剣術を磨きなさい。私を守れない旦那なんて要らないから……」

 まあ、8才のアラムに過度の期待はしていないが、私にボコボコにされているうちはまだまだである。

「分かった。頑張る」

 そんな会話をかわしつつ、私たちの「散歩」は続くのだった。 

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