第28話 教会の干渉

 ……やっぱり来ましたか。

 国王様から「その事」を聞かされた時、私は内心そう思った。

 話しは簡単だった。この国の国教である「アラデック教」の総本山から、蘇生術に茶々が入ったらしい。時として国に大きな影響力を持つ教会。その怖さは私もよく知っている。

 私の母国とは宗派が違うが、やることは同じである。国教の総本山となれば、例え国王でも無下には出来ない。下手すると国民が離れてしまう。だから、時として第二の国王と呼ばれるのだ。


 『国教の総本山を説得するまで、蘇生術の使用は禁止する』


 これが国王様からの命令だった。逆らってもいいことはない。私はしばらく蘇生術を封印する事にした。当然、総合医療センターは診察のみで私は休み。当然ながら、セルシアに教えるのも一時停止だ。これでアラムとゆっくり出来る……と思ったのだが。

「あのバカ……」

 なにか火が付いたようで、アラムは朝から晩まで戦闘訓練をしているのだ。お陰で暇で仕方ない。蘇生を求める陳情はかなり来ているようだが、教会が関わっているとなると私も下手は打てない。最悪暗殺されかねないのだ。

「寝るか……」

 全く暇人で申し訳ないが、手持ちの魔法関連の書はほぼ読んでしまったし、攻撃魔法は肌に合わないので積極的に覚えたいとは思わない。こうまで暇だと寝るしかないだろう。「……って、本当に暇人の見本ね」

 ベッドに潜り、私は思わずつぶやいてしまった。いかん、このままじゃ人間腐る!!

「くそぅ、アラムの馬鹿者め!!」

 私は掛け布団を蹴り上げた。寝る気にもならないので、私は部屋から出てらせん状の階段を下に向かう。そのまま1階ホールに出ると、私は総合医療センターに向かった。待合室は相変わらず盛況だ。

「どうした、蘇生は出来ないのではないか?」

 ちょうど診察の合間だったガリレイ先生が聞いた。

「いえ、ちょっと整理でもしようかと……」

 答えながら、私は隣の蘇生室に入った。蘇生はお休みだが助手さんは出勤していて、保留になっている遺体の面倒を見ている。そして、セルシアもいた。

「あっ、シンシア先生!!」

 ……先生って、なんか背中が痒くなるわね。

「蘇生解禁になったんですか?」

 ……聞かれると思った。

「残念ながらまだよ。でも、いつ解禁になってもいいように準備だけはしておこうと思ってね」

 セルシアにそう言って、私は隣の保管室に入った。床に描いた魔方陣の状態を確かめ、問題ない事を確認した。そして、各「蘇生対象」の状態確認。今は新規で受け入れていないので、当然ながら数は増えていない。いくら保存の魔方陣があるとはいえ、腐敗を完全に防ぐ事は出来ない。「時間停止」という必殺技はあるが、それをやってしまうと蘇生の時に解除で一苦労するので、あえてやっていないのだ。

「まあ、特に異常はないかな……」

 まあ、死んでいること自体が異常ではあるのだが、蘇生術士にそれを言ったらおしまいである。

「シンシア先生、大丈夫そうですか?」

 いつの間にか保管室に入ってきたセルシアが、私に不安そうに聞いて来た。

「そうね、大丈夫だと思うわ」

 実は、保存の魔方陣は大体1週間から2週間くらいで切れてしまう。その維持管理をセルシアに頼んであるのだ。

「よかったです。他にやることはありますか?」

 セルシアが精力的に聞いて来きた。いい傾向だ。

「特にないわねぇ。魔方陣も完璧だし、今は特に指示事項はないわ」

 私はセルシアを連れ蘇生室に戻る。そして、適当な椅子に座って談笑タイム。助手さんも加わって女子会が始まる。私がいるせいか、主に話題はアラムの悪口に集中する。

「で、もうやることは……」

「やってません!!」

 入れ替わりが激しい助手さんの中で、唯一ずっといてくれるオバチャンの言葉を慌てて遮った。

「あれまぁ、全く意気地のない男ねぇ。いくらまだ子供でも……」

 あーあ、アラムかわいそ。


 とまあ、こんな具合でひたすら話し込み、気がつけば定時。セルシアもお手伝いさんたちも皆帰り私も帰ろうとした時、ガリレイ先生から呼び止められた。

「少し手伝って欲しい。待合室の比較的軽症の患者を治療して欲しい」

「えっ、私がですか? 簡単な回復魔法しか使えませんよ」

 まさか、魔法医から手伝って欲しいと言われるとは思わなかった。私が使える回復魔法では、せいぜいちょっとした怪我程度。頑張って切断した部分をくっつける程度だ。こんなの魔法医から見たら、子供みたいなものなのだが……。

「手が回らんのだ。待合室で済む程度でいい。少しでも早く治療したい」

「分かりました」

 こうして、魔法医ではなく「魔法使い」の治療が始まった。この時間なので人は少ないが、まだ15人くらい残っている。そのうち、私は病気の治療は出来ないのでガリレイ先生と魔法薬師さんに任せるとして、残りは怪我の10人。待合室の床に小さな魔方陣を描き、1人ずつ丁寧に回復魔法を掛けていく。本来は魔方陣を描かなくてもいいのだが、あまり得意とは言えない回復魔法をサポートするためには必須だ。

「はい、次の方……」

 私の回復魔法で、唯一誇れるのは「回復の早さ」だけである。代償として多少の痛みや痒みといった症状を伴うが、半日もすれば綺麗に治る……はずだ。私が対処出来る怪我の患者さんの治療が全て終わった時、待合室に残された患者さんは全員いなくなっていた。

「助かったよ。あとはこっちで診るから大丈夫だ」

 最後の患者さんの治療にかかろうとしていたガリレイ先生が、ちらりとこちらを見て私に声をかけて来た。

「はい、ではお先です」

 軽く手を上げてそれに応え、私は総合医療センターから出た。そのまま真っ直ぐ城に戻り、自室に行くと当たり前のようにアラムがいた。

「こんな時間までどこにいたの?」

 アラムが聞いてきた。

「他の男とデート」

 サクッと返してやると、アラムの顔色が真っ青になった。ある意味嘘ではない。真実でもないけど……。

「どこの男!? そんなヤツ叩き斬って/……」

 私は色めき立つアラムにそっとキスした。

「バーカ、総合医療センターよ。あなたの悪口を山ほど言って、ついでに怪我人を治療してきた」

「悪口って……」

 アラムは椅子から床にすっこけた。その背中をすかさず踏んづける。

「剣術の練習をするのもいい加減にしなさいよ。そりゃあまあ、強い男になりたいって気持ちも分かるけどさ。嫁さん置いてきぼりはないでしょ?」

 私は足にグッと力を入れる。

「いだだだ!! でも太刀筋はいいって褒められたんだよ。嫌でも本気に……」

「誰にでも言うの。そういうことは。なんなら勝負してみる?」

 アラムの背中から足をどかし、私は部屋の隅に置いてあった杖を手にした。

「えっ、シンシアと勝負するの!?」

 困惑気味のアラムを、私は容赦なく杖で打ち据えた。

「ぐっ……」

 剣を抜いてすらいなかったアラムは、私の攻撃を受けてその場でうずくまった。

「なに、その程度?」

 杖を肩に抱えるようにして、私はニヤリと笑みを浮かべた。

「……シンシア。手加減しないからね!!」

 剣を抜き様に私に向かって斬りかかってきたアラムだが、太刀筋が単調過ぎる。私は適度にアラムの剣を捌き、そして胴に1発叩き込む。

「ぐっ!?」

 この程度で本気を出すまでもない。アラムはしばらく床にうずくまっていたが、起き上がるや否や、再び剣を持って立ち上がった。根性だけは認める。しかし……。

「ぐっ……!?」

「がはっ!?」

「くっ……」

 まるで相手にならなかった。ちなみに、私はちゃんとした戦闘訓練を受けたわけではない。国の兵士に多少手ほどきは受けたが、その程度である。

「ほらね。私にすら勝てない。無駄とは言わないけど、程々にしておきなさい」

 私は床に大の字になっているアラムに背中を向け、杖を戻そうとしたのだが……。

「隙あり!!」

 その期を狙っていたのか、アラムは剣を片手に私に突っ込んで来た。しかし……

「残念!!」

 私は杖を背後に向かって突き出した。重たい手応えがあり、アラムの悲鳴が響き渡る。言っておくが、何の魔法も使っていない。肉弾戦は得意ではないが、それでもこの様である。

「あーあ、傷だらけね。でも、治してあげない」

 背後に振り返ると、アラムは床に大の字にひっくり返っていた。今度は起き上がる気配はない。よく見たら気絶しているようだが、私の知った事ではない。

「じゃあ、私は寝るから。アラムもいい夢みてね♪」

 我ながら意地悪だなと思いつつ、私はベッドに潜り込んだ。そして、寝る間際だった。私は重要な事を思い出した。晩ご飯を食べていないと。まあ、いいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る