第27話 帰還
迷宮から帰った私は、アラムと共に国王様に帰還の報告だけをして、あの本はそっと自分の部屋にある書架に収めた。手放すのは危険過ぎる。そんな予感がしたのだ。
今日は総合医療センターの休診日。いつも通り、アラムは私の部屋で下らない話題を振ってくるが、私はにべもなく無視して読書していた。読む本はそう、「あの本」だ。この手の本を読むときに、注意しなければならない事がいくつかあるが、そのうち1つは絶対に声に出して読まない事。理由は簡単で、予期せぬ魔法が発動してしまう事があるからだ。現代文に翻訳して書く事もダメ。書く事で発動する魔法もある。
「なるほど、死霊術(ネクロマンシー)か……」
さらっと読み終え、私はため息をついた。死霊術(ネクロマンシー)とは、死者の霊を操って何かをさせる魔法で、私でも十分手に負える魔法ではあるが、使いたいとは思わない。蘇生術とは犬猿の仲の魔法ということもあるが、これは私の流儀に反する。死者は生き返らせるべきであって、使役するものではない。私は小さく呪文を唱えると、その本を燃やして消滅させた。これでなんの問題もない。国王様に渡さなくて良かった。何に使われるか分かったものではない。
「ねぇ、僕の話し聞いている?」
やっとアラムの声が耳に入ってきた。集中すると周りが見えなくなる。昔から言われている私の悪癖だ。
「ごめん、聞いてない」
「だと思った」
じゃあ聞くな!!
「それにしても、あなたボロボロじゃないの。回復魔法使おうか?」
迷宮(ダンジョン)で負った怪我もあるが、なにやら火が付いたらしく、暇な時は兵士の訓練に紛れて剣を振っている。お陰でボロボロだ。
「いいよ。これは勲章だから……」
格好付けたつもりだろうが……残念。私の心には全く響かない。頼りない弟分が腕白坊主に変わっただけだ。甘いな、アラム。
「はいはい、勲章ね。その頭のたんこぶ2個も勲章ね……痛そうというより、間抜けだねぇ」
アラムが格好付けたポーズのまま固まった。面白いから、もっと弄ってやるか。
「まぁ、何かに必死なのは分かったわ。それなら前線でも行って戦ってくれば? 私の見方も変わるかもね」
アラムが凄まじい勢いで私に抱きついた。
「ほ、ホント!?」
……やれやれ。
「私を未亡人にするつもり? 冗談よ。この馬鹿たれ」
私はコツンとゲンコツを落とした。
「じゃ、じゃあ、僕はどうすればシンシアに好かれる……痛った!!」
今度は力強くゲンコツを落とした。……本気でアホか!!
「男は腕っ節だけじゃないわよ。あとは自分で考えなさい」
「うー、ヒント!!」
「知らん!!」
……全く、どんだけ鈍いんだコイツは。
「ケチ! いいもん、これ貰って帰るから!!」
アラムがかざして見せたのは、ベッドの上に放りだしておいた私の下着……って、こら待て!!
「こんの、変態!!」
私の爆発魔法が炸裂する。初歩的なものだがアラムには十分だ。
「あーあ、直さないと……」
メチャメチャになった部屋を「復元」の魔法で元に戻した。アラムはボロボロで全身をピクピクさせているが、生きているなら問題無い。
「さて、寝るか。この黒焦げは床に放り出してっと……」
私はベッドの上にいたガラクタを床に放りだし、そのまま布団を被って寝に入った。
「し~ん~し~あ!!」
「のえぇ!?」
いきなり復活したアラムが、全身から黒煙を立ち上らせてベッドに這い上がってきた。それは、幾多の遺体や死体を見てきた私でさえ、戦慄を覚える光景だった。
「今の……良かったよ。もう……1発……」
「こ、この馬鹿野郎!!」
私は杖でアラムをガンガン叩いたが、ゆっくりと着実に私に近寄ってくるアラム。そして、ついに私の顔に自分の顔を近づけ……そこで力尽きた。
「ちょ、ちょっと重い!! ついでに焦げ臭い!!」
こうして、休日の時間は過ぎていたのだった……。
「よし、合格ね」
セルシアの施術を見ながら、私は一言そう言った。
ここはいつもの施術室。私は彼女の施術の様子を見ていた。術式は基本に忠実なもの。厄介なケースでなけれな、もう彼女は立派な蘇生術士だ。
「良かったです。上手くいって……」
額の汗を拭いながら、セルシアは小さく笑みを浮かべた。
「油断は禁物よ。慢心した時に必ず失敗する」
私はありきたりな言葉をセルシアに投げた。
「はい、頑張ります!!」
セルシアが元気よく答える。さすがにエルフだけに魔力に申し分はないが、放つ魔力が強すぎても弱すぎても失敗する。数ある魔法の中でも蘇生術はかなりの練度が必要だ。それをこの短期間で覚えるとは、なかなかセンスがいい。
「さて、次ね。今度はちょっと厄介かな……」
だいぶ腐乱が進んだ身元不明の死体だ。セルシアには荷が重いとは思うが……。
「私が蘇生します!!」
セルシアが率先して蘇生術の準備を開始する。その手つきはもう言うことはない。だが……。彼女は呪文を唱え、術式を進めて行く。そして/……。
死体の蘇生が半分ほど進んだ時だった。いきなり死体が飛び上がると、セルシアに向かって襲いかかった。
「きゃあ!?」
彼女の悲鳴が聞こえたのと、私が死体に杖を突き立てたのはほぼ同時だった。
「蘇生事故ね。中途半端に蘇生して、自我を失っていた。たまにこういう事もあるから、くれぐれも慎重にね」
「……はい」
ショックが隠せず、セルシアは腰が抜けたまま立ち上がれない。
「今日はもう帰っていいわよ。そんな調子じゃ仕事にならないでしょ」
私はあえて笑みを浮かべた。
「い、いえ、仕事にはならないですが、見学させて下さい」
……へぇ、なかなかタフね。これは期待出来るかな。
こうして、まだ危なげながらも、新たに蘇生術士が誕生した。これがいいことか悪い事か分からないが、少なくとも私の負担は楽になる。それはありがたい事だった。
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