第26話 遺跡探索
「あれ、ここさっき通らなかったっけ?」
エパデールの声が暗闇に響く。
「あれ……」
ここは2階未踏破領域。マッピングというらしいのだが、私は自前のノートにこの2階で歩いた場所を落としていた。しかし……なんかもうグチャグチャである。なにせ、同じ石造りの通路に同じような分岐の連なり……迷うなという方が無理だ。
「……なるほど、無限ループか。ありがちな仕掛けね。私たちは同じ場所でグルグル回ってるだけ」
どおりで景色が変わらないわけね。全く迷惑な仕掛けだ。
「どうする?」
私はエパデールに問いかけた。
「そうねぇ……単純なタイプなら」
彼女は虚空に小さな火球を浮かべた。
「これが目印。後は総当たりで探して行くしかないかな。とりあえず、向かって1番左から!!」
私たちは一丸となって左の通路を進み、そして再び分岐点。あの赤い火球が静かに虚空に浮いている。
「はい、左はハズレ」
私は改めて書き直した地図に✕マークを書き込む。
「それじゃ、次は右!!」
慎重に進む私たちだったが、結果として同じだった。
「ってことは、真ん中だー!!」
エパデールの叫び声と共に、突っ込む私たちだったが……。
「あれ?」
あの火球がまだ浮いている。もしかして、ここに来て手詰まり?
「へぇ、やってくれるじゃん。答えはただ1つ『後ろ』よ!!」
……えっ、今来た道を戻れと?
「そんな顔しなさんな。よくある仕掛けよ。『真後ろ』だって分岐の1つでしょ?」
……いやまあ、そうなんだけど。
隊列を入れ替えて、私たちは来た道へと引き返すと……軽い酩酊感のようなものを感じ、ひたすら真っ直ぐな通路が目の前に広がった。
「ほらね。よくある仕掛けなんだな。これが」
「……もっと酷いと、前進も後退も出来なくなる。そうなったら、緩慢な死を迎えるだけだ」
エパデールに続き、ダルメートがシャレにならない事を言う。怖いなぁ。
「さて、この辺りには罠も魔物もいないみたいだし、休憩しますか」
エパデールの提案に反対する者はいなかった。それぞれがそれぞれに床に腰を下ろし、私は回復魔法をかけて回る。
「アラム、大丈夫?」
魔物に向かう時の顔とは違い、一気にいつもの顔に戻ったアラムに声をかけた。
「大丈夫です。正直、自分がここまで戦えるとは思わなかったよ」
アラムは剣を抜いた。
「この剣、凄くいいです。まるで体の一部みたいに使える……」
「それはわしが鍛えた剣だからな。半端な物は作らない」
ダルメートが当たり前と言わんばかりに言葉を挟んできた。
「その、なんていうか……お代は?」
私は気になっていた事をダルメートに言った。
「なに、そんなものは要らん。もう十分この国から金は貰っている」
「相変わらず頭固いわねぇ。追加料金で貰えばいいのに」
エパデールが笑い声を上げる。
「さて、あなたも休みなさいよ。はい、これ……」
床に座った彼女が棒状の携帯食料を私に差し出した。
「ありがと」
それを受け取り、私はエパデールの隣に座った。
「それにしても、さすがプロね。私とアラムだけだったら、今頃途方に暮れているわ」
私の言葉を聞いて、エパデールは笑い声を上げた。
「あはは、大した事じゃないわよ。それにしても、あなたたちもとんだ貧乏くじ引かされたものね。王族が遺跡探索なんて聞いたことないわよ」
それは私も思った。現在進行形で……。
「王族っていっても末端の末端だもの……。体よく危険任務に放り出されただけよ」
「ふーん、私はよく分からないけど、王家も色々あるんだねぇ」
……はい、色々あるんです。
ちなみに、アラムはダルメートとなにやら深く話し込んでいる。時折聞こえる単語からして、どうやら武器防具の話しのようだ。正直、私は興味がないので放っておく事にした。
「さて、一息ついたら行くわよ。まだ先は長いからね。多分」
エパデールの言葉と共に、私たちは再び迷宮の奥を目指して歩きはじめたのだった。
「ほらそっち!!」
エパデールの鋭い声が飛び、アラムが魔物を叩き斬る。その簡にも、ダルメートが説明しがたい姿をしている魔物を斧で払った。
私たちは2階の未踏破領域を抜け、3階に降りていた。当然、ここは完全未踏の領域だ。そこは恐ろしいほどの魔物の巣窟だった。前衛組は次々と傷ついて行くが、それを回復魔法でフォローするのが役目である。本当は攻撃に加わりたいが、私の攻撃魔法ではせいぜい牽制するくらいにしか役に立たないだろう。歯がゆいがどうにもならない。こんなことなら、もっと真面目に攻撃魔法を勉強しておくべきだった……。
「シンシア!!」
エパデールの声で我に返った。見ると、前衛陣をすり抜けた蝙蝠のような魔物がこちらに突っ込んできたいた。
「んなろ!!」
杖を両手で持ち、私はフルスイングした。見事魔物にヒットし、勢いよくぶっ飛んだそれは天井にぶち当たって果てた。ナメんなよ!!
「ひゅぅ、やるわね」
派手な攻撃魔法を放ちながら、エパデールが言う。
「あなたもね!!」
私はエパデールに「魔力譲渡」という、少々マニアックな魔法を使った。これはその名の通り、自分の魔力を相手に渡すという魔法だ。
「おっ、面白い魔法使えるのね。これならもっとど派手にいけるわね!!」
言うが早く、魔物の群れに向かって、エパデールはど派手な魔法を撃ち込む。私たちの進路にいた魔物は、景気よく吹き飛んで跡形もなく消え去った。
「ふぅ、さすがにこの大技は疲れるわね……」
私はなにも言わずに魔力をエパデールに「譲渡」した。
「サンキュ、助かるわ」
回復魔法や防御魔法も散々使っているが、私の魔力はまだ余裕がある。少々エパデールに魔力を移しても問題無い。
「さて、片づいたところで先に進みましょう。これだけ魔物が多いってことは、この迷宮も終わりに近いわね」
エパデールの言葉に押されるように、私たちは先に進んだのだった。
そして地下4階……そこは、ただ1つだだっ広い部屋があるだけだった。階段から降りた向こう側の奥には、大げさな台がありその上に1冊の書物が置かれていた。
「気を付けて、こういう部屋は絶対なにかの罠が……」
エパデールがそこまで言った時だった。広大な部屋の床に魔方陣が現れ、何かが顕現しようとしていた。
「カウンター・マジック!!」
私は反射的に魔法を打ち消す魔法を放っていた。しかし、タイミングが悪かった。顕現しようとしていたのはドラゴンだったが、ちょうど頭が全部出たところで止まってしまった。想像して欲しい。床に顔だけ出したドラゴンの情けない姿を……。
「あはは、やるわね。こんなの初めてだわ」
エパデールが笑う側から前衛組はドラゴンに武器で攻撃したが、武器では刃が立たないのは前にも話した通り。頭を出しているので「炎の息(ブレス)」はいっちょ前に使えるようで、めったやたらに吐きまくっているが、回転すら出来ない「固定砲台」と化したドラゴンなど恐るるに足らず。無視を決め込んで、懲りずに攻撃しまくっている前衛組をやめさせ、私たちはゆっくりと本に向かっていった。
「ちょっと待ってね。罠チェック……」
エパデールはそう言って本の周りをチェックし始めた。
「よし、問題なし。本を取って……」
彼女が台からそっと本を取り上げたが、特に何も起きなかった。
「あー、読めないわね……」
エパデールが困ったような顔をして、私に本を手渡してきた。
「ああ、これ古代エルフ語よ。今から数万年前にエルフの間で使われていた言葉。例えエパデールがエルフでも、読めなくて当然だわ」
魔法の研究に古文書漁りは基本である。その中にはエルフが書いた本も含まれるのだ。
「なんか、私が読めなくて人間のあなたが読めるって複雑だけど、表紙になんて書いてあるの?」
エパデールが聞いて来た。
「えっと……禁術について。ええっ!?」
私たち人間の魔法ではない。古代のエルフが書いた禁術の本である。一体どんな物か気になるが、今ここでゆっくり読む事はない。
「とりあえず、最低限のミッションはこなしたかな。未踏地域はほとんど潰したし……」
迷宮のほとんどは潰した。最奥部にあったこの本を守るための迷宮だとしたら、もう用は無いということだ。
「そうね。多分それがお宝よ。地上まで一気に転移するから、私の体のどこかに掴まって!!」
……別名「脱出魔法」か。私もいちおう使えるが、使う機会がないので成功する自信がない。
「行くよ!!」
ぐらりと景色が歪み、私たちは一瞬で地上に戻った。地下にいるときは気がつかなかったが、本部のカレンダーを見るとすでに3日も経過していた。
「さて、これでお別れね」
エパデールが笑顔で言った。
「少年よ、磨けばもっと腕が上がる。鍛錬を怠るな」
なぜか意気投合してしまったらしく、ダルメートがぼそりとそう言う。
「じゃあ、また会う日まで」
私はエパデールとダルメートに、それぞれ別れの抱擁をする。
こうして、私たちの迷宮探索は終わった。私はどうか知らないけど、アラムは確実に成長した。いつの間にか、少し頼れる男になっている。もしかして、これが狙いで国王様は武者修行に出したのでは?
まあ、考えても詮ない事だ。早く帰りたい。私はその事ばかり考えていたのだった。
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