第24話 迷宮へ

 迷宮探索へ出発の1週間。私は深夜までかかって、セルシアに蘇生術の基礎を叩き込んだ。マニュアルはない。同じ状態の死体や遺体はないからだ。瞬時に対象の状態を見極め、最適な術式を選択し、着実にそれを実行する。言葉で言えば簡単だが……難しいんだな。これが。

「さて、集中特訓の締めくくりね。この死体を蘇生してちょうだい」

 連日こんな時間まで残ってくれている助手さんには、本当に頭が下がる。蘇生室の床に寝かされているのは、身元不明の死体だった。半ばミイラ化し、蘇生術の対象としてはかなり高難易度。しかし、このくらい蘇生出来ないようでは、蘇生術士とは言えない。

「分かりました。では、行きます!!」

 セルシアは元気に言うと、自分の右手を切り、滴る血で魔方陣を描いていく。私が唯一教えた基本的なものだ。基本的と侮るなかれ。これが全ての術式に通じている。これを扱えないようでは、蘇生術士など諦めてしまった方がいい。

 セルシアは呪文を唱え始めた。魔方陣が怪しく輝き始める。ここまでは順調だが、これからが本番だ。呪文はごく標準的なもので、私のように禁術の要素を取り入れた「邪道」なものではない。しかし、これでいいのだ。有り余る魔力を持つエルフなら、ストレートな呪文で十分……って、ちょっと待った!!

 私は慌ててフォローに入ろうとしたが、遅かった。過度の魔力を浴びた死体は、蘇生どころか粉々に砕けて消えてしまった。

「えっ?」

 状況が飲み込めないらしく、セルシアは固まってしまった。

「蘇生失敗ね。これで1人、助かったかもしれない命が消えた……。失敗原因はあなたが自分で探してね。私が教えちゃったら意味ないから」

 私の言葉に、ようやく生気を取り戻したセルシアは、その場にうずくまって派手な泣き声を上げた。さらに追い打ちをかけるのは忍びないけれど、言わなければならない。

「引っかけ問題のつもりじゃなかったんだけど、自分の手に負えないと分かったら、あえて蘇生しないという選択肢もあった。それが分からないから失敗した。私が言える事は、そのくらいかな……あっ、助手さん。こんな時間までありがとう。今日はもう大丈夫よ」

 私は助手さんを帰した。明日はいよいよ出発だが、セルシアに付き合うのも私の役目だ。

「……蘇生術の重みが分かりました。まさに、最後の砦なんですね」

 セルシアが泣き声でそう言ってきた。

「そういうこと。だから、私たちは慎重にも慎重を期して、蘇生に当たらないといけない。それなのに、世間の評価は必ずしも高くはない。気持ち悪いって思われて当然なの。それでも、まだやる?」

 私が聞いてしばらくしてから、セルシアはうなずいた。

「シンシア先生のお邪魔でなければ、ぜひお願いします!!」

 セルシアは立ち上がった。まだ目は腫れぼったいけど、その瞳の奥には力強いものを感じる。なかなかの根性だ。

「分かった。明日からしばらく留守にするけれど、私が戻るまで絶対に蘇生しないこと。その辺りに置いてある資料は好きに読んでいいわよ」

 セルシアの目にもう迷いはない。この立ち直りの早さ。なかなかタフな子だ(年上だけど)。これも蘇生術士に必須の素養だ。

「はい、分かりました!!」

 その後、私は自分の失敗談などを話し、しばらく談笑が続いたのだった。


「さて、西かぁ……」

 早起きして修理が終わったばかりの飛行船に乗り込み、私は大きく伸びをした。件(くだん)の遺跡までは、風の関係もあって2日はかかるらしい。実に広大な領土である。

「なんで僕が……」

 さっきから部屋の端っこでブツブツ言っているアラムが、なんとなく鬱陶しい。

「なに、迷宮に潜った事ないの?」

 私も探検ごっこ遊び程度だが、それは伏せておく。

「あるわけないじゃん。迷宮が見つかる事自体珍しいんだから!!」

 今度は八つ当たりですか。やれやれ……。

「ところで、あなたって何か特技あるの?」

「王家の嗜みで剣術やってるくらいだよ。シンシアと違ってあまり魔法は使えないし……」

 見ると、アラムの腰には長剣がぶら下がっている。なかなか立派な剣だが、8才に期待しても無駄か。

「魔法が使えるっていっても、攻撃魔法はからっきしダメよ。補助系魔法ばっかりだし……」

「いいじゃんそれでも……はぁ、気が乗らないなぁ」

「……ジメジメしている男は嫌いよ」

 私はピシッと言い放った。瞬間、部屋の隅で腐っていたアラムが飛び上がる。

「あー楽しみ。迷宮なんて滅多にないし!!」

 ……バカだコイツは。

 ともあれ、鬱陶しい空気は払拭された。迷宮探索といえば、やはりロマン!! 見たことのない財宝がザックザクと眠っているに違いない。

 ふわりという感覚と共に、飛行船は西に向かって出発したのだった。……そこが、どれほど危険な場所とも知らずに。

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