第23話 助手誕生

 さて、無事に戻ったところで、私とアラムは久々に総合医療センターに顔を出した。

「帰ってきたか。話しは聞いている。盛大に城をぶっ壊したみたいだな。実に愉快だ」

 嫌みではなく、本心で言っているのが分かるだけに怖い。

「さぁ、仕事だ。そういえば、蘇生術士になりたいという娘が、毎日のように訪れているぞ。そろそろ来る時間だから相手にしてやってくれ」

「えっ、蘇生術士になりたい?」

 これは珍しい。どうしてもあまりいい印象がない蘇生術士。そのくせ難しいし、高い魔力は必要だし、難しい術式をいくつも覚えなければならない。蘇生術が扱えるほどの魔力を持っているなら、王宮魔法使いでも目指すのが普通だが……。

「あ、あの、シンシア先生?」

 まだ受付にいた私の背後から、オドオドとした女の子の声が聞こえた。

「ん?」

 振り返ってみると、そこにはアラムとさほど変わらないであろう女の子が立っていた。

「もしかして、あなたが?」

 私が尋ねると、女の子はコクコクとうなずいた。見た目はまだ少女だが、よく見ると……。

「あなた、エルフ?」

 私はそっと聞いた。

「はい、セルシアと申します。よろしくお願いします」

 セルシアと名乗った少女はペコリと頭を下げた

「エルフが人間から魔法を学ぶなんて、珍しいわね」

 エルフはプライドが高く、人間を下に見る傾向がある。それなのに……。

「はい、私たちエルフの間では蘇生術は禁忌とされています。でも、私は助けられる命は助けたいのです。例え掟を破っても……」

 ……おいおい、エルフの掟は絶対だろうに。

「大丈夫なの?」

 さすがに私もエルフと敵対はしたくない。

「大丈夫です。私は族長の娘なので!!」

 ……親父泣くぞ。まあ、いいか。

「それじゃ、とりあえず見学ね。ところで、年齢いくつ?」

「はい、人間の年齢に治すと92才です」

 ……これだから、これだから異種族は!!

「じゃあ、セルシア。私についてきて」

 少女……といっていいのか分からないが、とにかく私はエルフっ子を連れて奥の施術室に入った。

「まずは実演ね。言っておくけど……覚悟してね」

 私が言うと、セルシアはゴクリとツバを飲む込み身構えた。私は助手さんに頼んで、なるべく刺激が少ない遺体を運んでもらった。すると、受付カウンターからカルテが運ばれてくる。「ドーガ・コーベット(27)」。3日前に階段から転落して死亡……か。

「うっ……」

 セルシアは、施術室の片隅に置いてあるバケツに嘔吐した。

「セルシア、この遺体は腐敗もないし、まだショックが少ない方よ。やめるなら今すぐ帰りなさい」

 そう言ってから、私は施術に入る。それほど難しい術式は必要ない。基礎的な施術で十分だ。

 私は久しく忘れていた右手の平を短刀で切る痛みを感じながら、自らの血で魔方陣を描いていく。そして施術の開始だ。私は早口で呪文を唱え、魔方陣にトンと杖を立てる。

「あ、あれ、俺は……」

 無事に蘇生に成功。例によって記憶の混乱が起きている。私がケアしようとしたら……。

「ここは総合医療センターです。蘇生したばかりなので、無理しないで下さいね」

 いつに間に復活したのか、セルシアがすかさずケアに入る。これはプラスポイントだ。この後数名施術したが、最初に遺体を見て嘔吐するのは変わらなかったものの、施術後のケアは問題なかった。これなら助手として助かるかもしれない。

「どう、これでもまだ蘇生術を覚えたい?」

 私はセルシアに問いかけた。まあ、逃げると思ったのだが……。

「はい、ちょっとショックで取り乱してしまって申し訳ありません」

 どうやらやる気らしい。なかなか見上げた根性だが……。

「あなたの反応は正しいわ。決してお勧めはしないわよ。遺体に慣れちゃうなんて、普通じゃないから」

 私は自嘲も込めて笑った。

「自分を卑下してはダメです。立派じゃないですか。命を助けているんですから!!」

 セルシアは見上げる形で私の目を見ながら、真面目にそう言って来た。

 ……いやまぁ。

「1つ教えておくけど、蘇生術士は常に自分との戦いよ。死者が生き返るなんて普通はあり得ない。蘇生するたびに、タブーに触れているという自責の念は常につきまとうからね」

「はい!!」

 元気に答えるセルシア。その元気さがいつまでもつか……。

「とりあえず、これからは助手としてきてちょうだい。術式は追々教えていくから。時間が掛かる事は承知してね」

「分かりました!!」

 元気がいいのも今のうち。私はこの時そう思っていたのだったが、じきにセルシアの根性を知る事になるとは思ってもいなかった。


「えっ、迷宮(ダンジョン)探索?」

 仕事から帰ってゆっくりしていると、部屋にアラムが入ってくるなりそんな事を言い出した。

「うん、お父様からの命令。西の方で新しく見つかったとかなんとか。出発は1週間後、護衛の兵士は連れて行くけど、遺跡に潜るのは僕たちとお父様が雇った腕利きの冒険者2人。現地で待ち合わせの予定だよ」

 迷宮の探索なんて何年ぶりだろう。母国の王城の近くにあった、小さなそれに潜ったきりだ。

「分かった。国王の命令じゃ断れないわね。1週間あるならゆっくり準備が出来るか……」

 私はゆっくりベッドから立ち上がり、思い切り背伸びしたのだった。

 この迷宮探索が、想像を絶するほど苦労するとは、この時は思ってもいなかった。

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