第21話 帰還
「あー海って綺麗だなー」
完全棒読み口調で、私は誰ともなくつぶやいた。貴重な燃料を消費しないため、現在地が分かるまでは推進器は停止。まさに風の吹くまま気の吹くままで、すでに1週間が経過した。
最初はほら、水平線に沈む太陽や逆に昇ってくる太陽や、空から見る海面の綺麗さに場もわきまえず興奮したものだが……3日で飽きた。どこを見ても海面では今自分がどこにいるのかも分からず、まあ、操舵室では必死に計算しているようだが私には分からない。
辺りの様子を調べる「探査」の魔法も使えるが……いや使ったが、海のど真ん中という事ぐらいしか分からなかった。私はもうお手上げである。
「あ、おはよう。シンシア……」
寝間着のまま甲板に上がって来たのは、他ならぬアラムだ。眠そうに目をゴシゴシしながらこちらに向かってくる姿は……まあ、可愛い。
「ねぇ、いつものやって……」
……はいはい。
甲板には誰もいない。まだ早朝という事もあるが、みんなもう見飽きたのだろう。私はよっこいしょとアラムを「お姫様が抱っこ」して、軽く唇を合わせる。普通は逆だが、さすがに8才のアラムには無理だ。言っておくが、私が重いわけではないぞ。念のため。
なぜか知らないが、これがこの漂流状態が始まってから朝の定番になってしまった。別に構わないのだが、まあ、要するに暇なのだ。
「さて、船室に戻りましょうか……」
私が言った時だった。私たちより小型の飛行船がちょうど交差するように飛んできた。その船から発光信号が発せられるが、私には解読出来ない。すると、操舵室から数人出てきて、巨大なライトで発光信号を返した。相手の船は速度を落とし、さらに発光信号を送ってくる。こうして、こちらとあちらの「会話」が始まった。
『船長より、大陸間横断船と会合。現在地は……』
乗ったことはないが、大きく5つある大陸を結ぶ航路がある事くらいは知っている。そのうちの1隻と運良く出会えたのだ。どうやら、現在地が分かったらしい。
久しく聞いて聞いてなかった推進器の鼓動が聞こえ……あれ、なんか鼓動というか、不整脈だぞ!? そして、船は静かになった……。
『船長より、推進器故障。至急修理に入ります』
……このポンコツめ。
先の大陸間横断船は遙か向こうに消えてしまった。いーなー。
「まっ、結局無駄だったみたいだし、船室にいきましょ」
「うん、分かった」
結局のところ、いつもと変わらなかった。いや、現在地が分かっただけでも良かったかな……あいにく地理に明るくないので分からないけど。
「いや参ったねぇ。今僕たちがいるのってこの辺だよ」
アラムが壁から地図を外し、テーブルの上に広げて見せた。
「今の場所はここ……で、僕の国はここ」
アラムが指差したのは、5大陸に囲まれるようにして横たわる海の真ん中付近だった。
「あれまぁ、ずいぶん流されたわね」
地図の読み方など分からないが、それでも相当な距離がある事が分かった。
「推進器が直ったとして、どのくらい時間がかかるの?」
「それが困ったところなんだよ。この船に残されている燃料は6時間分だけど、ここからだと2日はかかるよ。普通にいったら途中でガス欠になる」
……だよね。そんな記憶がある。
「さらに困った事に、ここから他の国に援助を求めようにも、やっぱり同じ時間かかっちゃう。なにせ「大洋」のほぼ真ん中だからね……」
つまり、完全孤立……最悪の展開である。
「そこで、1つ考えがあるんだけど……」
アラムはまるでイタズラ坊主のような笑顔を浮かべた。なにか、嫌な予感がする……。
「ねぇ、本当にいいの?」
私は甲板の最後尾にいた。
「大丈夫。船長にはもう話してあるから、あとは思い切りやっちゃって!!」
……知らないわよ!!
私は甲板に描いた魔方陣にトンと杖を立てた。瞬間、吹っ飛ばされそうな強風が船を一気に突き動かす。そう、今の私はこの船の「推進器」だ。実に単純な発想だったが、船体と気嚢を繋ぐロープをギシギシ言わせながら、船は猛スピードで海上を行く。
ここにきてようやく推進器が直り、巨大な推進翼が回り始める。船はさらに加速した。
「それじゃ、もう1発!!」
私は風を操り、さらに船を加速させた。もう十分だろう。これ以上加速したら、船が分解しかねない。
「シンシア、やり過ぎ!!」
アラムが慌てた様子で言った瞬間、推進翼が派手にぶっ飛んでいった。
……あれ、気合い入れすぎたかしら。しかし、1度起こした風はもう止められない。
『船長より、操舵不能。全ての翼が吹き飛んだ。このまま直進するしかない』
ここは船尾ではあるが、ポツポツと島や陸地が見え始めた。やばい、減速しないとどっかに突っ込む!!
ここで慌てたのがいけなかった。同じ魔方陣で、私は魔法を放ってしまったのだ。ドンとさらに加速する船。もう私ですら制御不能だった。
「シンシア~!!」
「へへ、やっちまったぜ」
『船内に待避。突っ込むぞ!!』
いつも冷静な船長の慌てた声が聞こえ、私とアラムは手近な入り口から船内に飛び込む。そして……ドカン!!という衝撃が船を揺さぶる。なまじ王族専用船ということで、頑丈に造られていた事が災いした。あるいは幸いか……ともかく、船はガリガリともの凄い音を立てながら果てしなく突き進み、一瞬音がやんだと思ったら、ドンという衝撃と共にようやく静かになった。
とりあえず外に出てみると、そこには惨状が広がっていた。見覚えのある王城は半分が木っ端微塵に吹き飛び、船は街壁を越えた先にある草原に長い痕を作って止まっていた。城にぶつかった際に飛び跳ねたらしく、幸い城下街に被害はなさそうだ。
「……どうしよ?」
これはもう、謝って済む話ではないだろう。
「……さぁ」
やれっていったのはあんたでしょうが!! という子供じみた反論はしない。
かくて、私たちの温泉旅行は終わったのだった。一部を除いて無事に……。
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