第19話 温泉着

「……」

 ザッザッザッと規則正しい音を立てて規則正しく行進していく兵士たち。まるでどこかの駐屯地に迷い込んでしまったような雰囲気だが、独特の匂いがここが温泉だと告げている。

「これで……」

「これで?」

 隣に立つアラムが小首をかしげる。

「ゆっくりできるかぁ!!」

 兵士の他は誰もいない。温泉街を貸し切るとはこの事か。迂闊だった、気がつくべきだった。「温泉宿」と勘違いしていたのだ。やり過ぎだってこれ……。

 しかし、そこらの店からは客寄せ……というか、私たちに向けて呼び込みの声がかかっている。これだけが救いだ。

「公務と同じ扱いですからね。まあ、こうなってしまうのです。お父様のやることは派手で……」

 外行きの口調に変え、アラムがそう言ってきた。

「さっそく宿に行きましょうか。この温泉で1番老舗の宿です。他は兵士の宿舎も兼ねていますので……」

 なるほど、あくまでも王族は王族なわけね。

「いらっしゃいませ。お越しくださりありがとうございます」

 宿の入り口をくぐると、フロントのお兄さんが深々と頭を下げてきた。

「こちらがお部屋の鍵になります」

 アラムが宿帳に几帳面にフルネームを書いている……確かに長い。その間に私は部屋の鍵を預かった。1101室……。

「お待たせしました。行きましょう」

 運んで貰うほどの荷物はない。機械化が遅れている母国でも、さすがにエレベータはあった。もちろん、ここにも設置されている。エレベータに乗り込み11階へ。そのまま1101号室に入ると……そこは広大なスィートルームだった。部屋のバルコニーには内風呂まで付いている……。

「ここは王族専用の部屋なんだ。ほら、露天内風呂もあるし混浴出来るでしょ?」

 ……くっ、やられた。知ってて黙っていたな!!

「はぁ……分かった。そこまで言うなら一緒に入りましょう。根負けしたわ……」

 どうせいつかはバレる身だ。私は荷物の中からタオルを引っ張り出すと、先に風呂に入った。はぁ、なんか落ち着く……」

 遅れてやってきたアラムを見て、私は思いきり笑ってやった。

「なによ、あれだけ言っておいて毛も生えそろってないじゃない。まだまだ子供ね。子作りなぞ10年早い!!」

 その一言はアラムの心を貫いたようだ。赤面しながらパクパク口を開け閉めして、その場に崩れ落ちた。

「はぁ、これでスッキリ。いい湯ねぇ……」

 撃墜成功。これでゆっくり出来る……と思いきや。

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだぁぁぁ!!」

 思いのほか早く復帰したらしいアラムが、タオルも放りだして湯船にドブンと飛び込む。そして、頭突きのようなキスをしてきた。

 ……ちっ、油断した!!

「シンシアだって……あっ」

「見るなエロガキ!!」

 今度はこちらが赤面する番だ。このぉ、ちゃんとお手入れはしているんだからね。いちおう!!

「なんていうか……疲れたわね」

「うん、僕も……」

 男女別の大浴場が開くのは夕方かららしい。まだちょっと早すぎるので、私とアラムは内風呂でゆっくり過ごすことにした。時折吹いてくる風が心地いい。これぞ温泉の醍醐味だ。

「これからどうするの?」

 アラムが聞いて来た。

「そうねぇ。湯冷ましも兼ねて温泉街でも歩きますか」

「面白そう。賛成!!」

 こうして次の予定が決まり、私とアラムは風呂から上がったのだった。


「お客さんはいないけど、活気はあるわね」

 貸し切りにしてしまってお金を落とさないのも申し訳ないので、私たちは片っ端からお土産やら食べ物やらを買って歩いていく。海が近いせいか海鮮が豊富でこれが美味い。温泉まんじゅうにまでいちいち毒味が付くのが面倒だが、立場上仕方ないだろう。

「なーんか、あんまりゆっくりって感じじゃないわね」

「仕方ないですよ。これでも自由に歩ける方です」

 このために温泉街ごと貸し切ったとアラムが言った時だった。明らかに一般人と分かるカップルが1組歩いていた。

「あれ、一般人立ち入り禁止じゃないの?」

 私が聞くと、アラムがこくびをかしげた・

「そのはずなのですが……」

 アラムがそう言った時だった。前を歩くカップルがいきなりこちらに飛びかかってきた。刃が変な色に染まった短剣。恐らく毒な塗りつけられている。かすり傷だけでも危険だ。

「アラム背後へ!!」

 私は素早く背負っていた杖を抜いた。切る事は出来ないが、叩く事は出来る。これが杖のもう1つの使い方だ。

「よっと!!」

 私は飛びかかってきた2人の短剣を杖で弾き飛ばした。呆気ない……と思いきや、案外しぶとかった。今度はナイフを片手に襲いかかってくる。

「アラム、警備兵を呼んで!!」

 何も言わず、アラムは駆けて行く。もう攻撃魔法を使うには近すぎる。私は杖で相手の攻撃を捌きながら、増援の到着を待つ。程なく到着した兵士数名が私と入れ替わった。さすがに日々訓練しているだけのことはあって、2人はたちまち取り押さえられた。

「この『死体姫』! お前は人の道から外れる事を、大手を振ってやっている。いつか殺してやる!!」

 取り押さえられた男が、私に言葉のナイフを突き刺してくる。残念ながら、これくらいでひるむような私ではない。私は地面に押さえつけられている男の前に立つと、手にしていた杖で思い切り顔面を殴った。気絶したようで、男はそれきり黙ってしまった。

 ……ふん、根性なしめ。

「すぐに護送して。あとは任せたわ」

 警備兵に引っ立てられ、カップルはいずこかへと連れて行かれていった。

 ……全く、物騒な事してくれちゃって。

「どうしますか?」

 主語もなくアラムが聞いて来た。

「もちろん、このまま温泉街散策よ。終わる頃には大浴場も開くでしょうし」

「分かりました」

 ちょっとくらいトラブルがあった方が面白い。そう感じてしまった私は、どこかおかしいのだろうか?


 こうしてアラムを引き連れ、私は温泉街探索を終えたのだった。

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