第18話 弾丸温泉旅行
総合医療センターは、週が始まると3日連続で全日診療、2日は半日診療、2日休診というパターンである。今日はその休診日。私は昼近くまで寝ていた。
起きてみると、私のベッドにアラムが潜り込んでいる。いつ入ったか知らないが、今さらなんとも思わない。いつもの事だ。
「さてと……」
まだ眠りコケているアラムは放っておいて、私は手早く寝間着から着替える。今日もいい天気だ。この頃になって、アラムが起きてくる。これも日常だ。
「ああ、しまった。またシンシアの着替えを見そこねた!!」
アホな事をいうアラムにゲンコツ一発。
「やめてよもう。なんか気持ち悪いから……」
ため息交じりに私はアラムに言った。
「いーじゃん、ケチ!!」
「ケチじゃない!!」
なんで8才のガキンチョに、着替えを見せねばならんのだ。
「じゃあ、いつなら見せてくれるの? 夫婦だよ。僕たち!!」
……はぁ、始まった。
「そうねぇ、あなたが『成人の儀』を迎えたらかな……」
「7年も先じゃん!!」
ちなみに、この国では15才で成人である。その頃には私は……31か。脂の乗った三十路である。はぁ。なんか怖い。
「7年くらいあっという間よ。私だって、クワガタ虫追いかけていたら24才だしね」
はぁ、もう若いんだか若くないんだか。何とも微妙な年齢である。ちなみに、オバサンとか言ったら消し炭にするからね。念のため。
「じゃあ、せめて子作り……ウガ!?」
私は反射的に手元にあった杖で、アラムを思い切りぶん殴っていた。
……この馬鹿たれが!!
「そういうことは大人になってからね。僕♪」
一般ではどうか知らないが、王族ではこういうことは当たり前である。特に年の差がある場合、男性はともかく女性が上の場合、高齢出産になって危険な場合もあるため、成人になる前に事を済ませてしまう事も多い。しかし……なんか嫌だ。私は子供生産機ではない。
「ううう、知識はバッチリなのに……」
8才に言われたくないわ!!
でも、「保健」の教科だけはずば抜けて点数高いのよね。このマセガキは。
「じゃあ、せめて混浴温泉いこうよ。北部にいい場所が……いって!!」
そんなに私の裸が見たいのか。このボケナスは!!
……でも、温泉はいい。最近疲れているし、たまにはゆっくりしたい。
「混浴じゃない普通の温泉には行きたいな……」
思わず口走ってしまったのがいけなかった。
「ホント!? じゃあ、さっそくお父様に言ってくる。温泉街貸し切らないと!!」
「ちょ、ちょっと……!?」
すでにアラムの姿はなかった。こういうときは極めて早い。程なく戻って来たアラムは両腕で大きなマルを作ったのだった。
「『3人の息子が国境で睨みを利かせているのに、のんびり温泉だと。けしからん
実にけしからん!! もっとやれ!!』だってさ」
……どっちよ、もう!!
「さっそく出発の準備しないと。温泉までは飛行船で1時間くらいかな」
「えっ、今行くの!?」
あまりの展開の早さに、私は思わず声を上げてしまった。
「善は急げっていうでしょ。今から行って温泉入って、一泊して帰ってくればいいじゃん」
……なんだ、この動きの早さは!!
「まあ、荷物って言うほどの荷物はないけど……」
「じゃあ、僕は用意してくる!!」
部屋から出かかったアラムに釘を刺す。
「変なオモチャとか持ってきたら、一生後悔させてあげるからね」
「ハハ、そ、そんなもの……持っていくわけないじゃん!!」
……ウソこけ。危ない危ない。
「じゃあ、10分後に1階ホール集合ね」
「はいはい」
こうして、私たちは温泉へと旅立つ事になったのだった。
飛行船乗り場まで、王家の馬車で約30分。荷物らしい荷物もないので、すぐに出港となった。本当は甲板にいたかったのだが、船長から何かと物騒な地域の上空を通るので船室にいるようにと指示されている。
適度な広さの船室の中で、私とアラムはのんびりと過ごしていた……。
◇ ◇ ◇
「おい、本当なのか? ここを王家の飛行船が通るってのは?」
隣の相棒が不審そうに聞いた。
「ヤツらは温泉街を貸し切った。間違いなくここを通る……」
俺は足下の細長い木箱から、筒状のものを取り出して組み立てて行く。この世界にはあらゆるものに魔力がある。その魔力パターンをロックし、ボタンを押すだけで炸薬が詰まった飛翔体が飛び出て、上空に浮かぶものを破壊する。最近開発されたものだが、俺たちのルートで仕入れるのは容易かった。それが3発分ここにある。1発撃ったら使い捨てなのだ。
「おっ、本当に見えてきたぞ……」
まだ遠いが1隻の飛行船がこちらに向かってくる。その影はみるみる大きくなっていき、はっきりと王家の紋章が刻まれた王族専用船である事がわかった。ロックオンの音が鳴る。今だ!! 俺は迷わず発射ボタンをおした。
パン……しゅー!!
そんな音を残して発射された飛翔体は、白煙を曳きながら見る間に飛行船に向かって飛んで行く。やった!!と思った時だった。王族専用船から激しい光を放つ球体が撃ち出された。それと同時に、飛行船はその巨体からは想像出来ないくらいの機敏さで、急激に進路を変えた。飛翔体はその光球に突っ込み爆発を起こした。
「ちっ、外れだ!!」
まさかあんな隠し球を持っているとは知らなかった。俺は素早く次の1発を用意するが、その間にも飛行船は近づいてくる。そして、ヒュルヒュルというどこか聞き慣れた音が聞こえ……爆音と共に俺の意識はなくなった。
◇ ◇ ◇
「な、なに!?」
いきなりの転進に吹っ飛ばされそうになりながら、私はアラムに聞いた。
「うーん、多分だけどこの辺りって反王政勢力が潜んでいる場所でさ、攻撃でも受けたんじゃないかな。今に始まった事じゃないよ」
『大変失礼しました。対処しましたので、もう安全です』
船長の船内放送が聞こえた。対処って……。
「ほらね。大丈夫、この船はそう簡単には落ちないよ。それより、温泉の事を考えよう」
本当に慣れているようで、アラムに動じた様子はない。
まさか、温泉に行くのに命がけとは……言うんじゃなかった。
「ほら、この湯が混浴……」
「まだ言うかー!!」
私のグーパンチがアラムの顔面にめり込んだのだった。
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