第16話 鉄槌

「あー、全くめんどくさ!!」

 なぜか知らないけど、王宮魔道師の1人が治安の悪い地域で強盗に遭い、今蘇生してきたばかりだ。恐らく身元が分かるのを遅くするためだろう。遺体はバラバラにされた上に油を撒かれて焼かれ、黒焦げだったのである。しかし、例え死んだとしてもその体に巡る魔力はなくらならない。固有魔力というのだが、そのパターンを解析してやればあらかじめ住民登録されている魔力パターンと照合して、簡単に身元が分かるのである。

 それはともかく、この手の蘇生は本当に面倒くさい。損傷が激しいので細心の注意が必要なのだ。えっ、結果? もちろん成功よ。

「お疲れさま」

 私の部屋に戻ると、アラムが椅子に座って待っていた。

「ホントお疲れよ……」

 私は対面の椅子にどっかり座り、右手の傷を治そうとしたのだが……。

「ちょっと待って!!」

 アラムがその手を取った?

「ん、どうしたの?」

 不思議に思っていたら、なんとアラムが呪文を唱え始めた。それも、初心者が使うような魔法ではなく中位の回復魔法だ。

「ちょっと、いつの間に……」

 魔法による治療が終わった。傷痕はもうない。

「いつの間にじゃないよ。シンシアが教えてくれたじゃん」

 ……あれ、教えたっけ? このところ暇なので色々詰め込んだのだが、その中に魔法もあったかもしれない。

「いつ教えたか忘れたけど、上出来よ。褒めてあげる」

「じゃあ、いつものアレ……」

 はいはい。私はアラムのおでこに軽くキスした。

「ええ、そこ!?」

 へへーんだ、そうそう口にしてやるほど私は甘くないですよ~♪ 

「ケチ!!」

「ケチで結構。それで、今日はどうしようか?」

 まるで暇人の会話だが、実際暇なので仕方ない。

「そうだなぁ……」

 アラムからの答えもない。少なくとも城下町散策は無理だ。目立ち過ぎて人だかりが出来上がってしまう。

「空を飛んでみる?」

 アラムがとんでもない事を言い出した。

「空って、もしかして飛行船?」

「その通り。王族専用船は常にすぐ出立出来るように準備されているし、僕も王族の端くれだもん」

 そうだった、アラムは私の旦那であり王族だった。つい忘れちゃうのよね。

「分かった。それでいきましょう」

 こうして、私たちはいつもの荷馬車に乗り、街の外に出たのだった。


 王都から飛行船が係留されている港までは、それほどの時間は掛からない。この飛行船が普及した事で、海を走る船は漁業関係だけになってしまった。アラムは慣れた様子で1隻の飛行船に近寄っていった。

「これはアラム王子。お出かけですか?」

 乗船口を固めていた兵士がアラムに声を掛ける。

「はい。ちょっと空からこの国を見て回りたいと思いまして」

 外行きの口調に戻し、アラムが兵士に応対する。

「分かりました。すぐに飛び立てます」

 ここに来て私は思いついた。

「あの、10キロ爆弾を山ほど積み込めますか?」

 兵士がぎょっとした目で私を見る。

「ええ、30分もあれば可能ですが、そんな物騒なものを積み込んでどうするのですか?」

「秘密。さっそく取りかかって!!」

 兵士は何か言いたそうだが、すぐに部下に命じて爆装を始めた。

「シンシア、なにかイタズラを考えていますね……」

 いちおう外なので、アラムの口調は変わらない。

「なに、大したことじゃないわよ。私の父親がやった事に対して『ご挨拶』するだけよ」

 私はニヤリと笑みを浮かべた。アラムは冷や汗を浮かべた。

「……僕個人としては、やめた方が……」

「いいのよ。あのクソオヤジに鉄槌を下さないと気が済まない」

「……」

 こうして、爆弾をしこたま積み込んだ飛行船は、ゆっくりと飛び立ったのだった。


 私たちが乗った飛行船は、順調に進んで行く。向かう先は、言うまでもなく私の母国であるプロサロメテ王国の王都だ。

「……あの、いきなり爆撃して大丈夫ですか?」

 アラムが心配そうに聞いてくる。下手すれば全面衝突だが……」

「王都や王城を破壊しなければ大丈夫。書簡も一緒に落としておくから」

 すでに書簡は書いてある「ファッキンお父様へ。売り飛ばしてくれたお礼です。受け取って下さい。サバノビッチ!!」と。

 我ながら汚い言葉で申し訳ないが、これが私の本心だった。飛行船は国境を越え、王都へと近づいて行く。そして……。

「投弾開始!!」

 私の指示で、積んである爆弾が次々に投下されていく。王都や城下街に影響のない、草原に着弾した爆弾は次々に爆発していく。全ての爆弾を落とすと、飛行船は急旋回してイスタル王国へと全速力で戻って行く。

「……シンシアって、結構アクティブなんですね」

 かなり引き気味にアラムが言った。

「本当は城を破壊したかったくらいよ。これでも手加減した方ね」

 意味も無く爆撃したわけではない。次は本気よという警告である。

 こうしてスッキリしたところで、私は改めて空の旅を楽しむ事にした。飛行船は再び国境を越え、イスタル王国へと戻った。空から見る地上はそれはもう感動的だった。山ばかりだった母国と違い、見渡す限りの平地である。そこをびっしりと畑が埋め尽くしている。

「ここはこの国で1番の穀倉地帯です。ここのお陰で、僕たちは飢えずに済んでいるのです」

 さりげなくアラムが解説を入れてくる。なるほど、これだけ広ければ収穫量も相当なものだろう。農民の方には感謝せずにはいられない。

 こうして、私たちはつかの間の空中散歩を楽しんだのだった。


後日談……。


 私宛に母国から書簡が届いた。


『爆弾落とすほど嫌だったのか? 何なら帰ってきてもいいぞ。なっ、ほら……』

 私はその紙を読み終える前にクシャっと握り潰し、ゴミ箱に放り込んだのだった。

 なにを今さら……。

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