第12話 エルフの蘇生

 さて、休んだ事だし、気合い入れていきますか!!

 今日も今日とて私は蘇生所にいた。いつも何かと忙しいのだが、今日は誰も来ない。これでいいのだ。この仕事で暇ということは、実に喜ばしい事だ。

 とまあ、こうやって油断していると、ヘビー級の依頼が来たりするものである。テントの前に荷馬車が駐まった。焼き菓子を食べながら談笑していた助手さんたちが、一斉に外に行く。

「この街で評判の蘇生所はここかな?」

 入ってきた青年はなんとエルフだった。

「はい、他に蘇生所はないと思うので……」

「では、蘇生を依頼したい。この子が木から落ちてしまってな……」

 アラムが差し出した受付問診票を記入しながら、エルフの青年はそう言う。

 寿命が軽く1000年を越えるとさえ言われるエルフである。見た目で年齢は分からない。アラムから回ってきた受付用紙を見ると、やっぱりだった。


 依頼者:アルト・エバディン(278才) 蘇生対象者:ミラ・エバディン(86才)


 ほらね。もう分からないでしょ?

 ちなみに、エルフはその集落は全て家族と見なしているので、姓は全て同じである。

 助手さんが運んできた遺体は、まだアラムくらいの少年だった。これでも86才。私よりも大先輩だ。……ちょっと複雑。


 さて、そんなことより蘇生だ。ざっと様子を確認してから、私は依頼者のアルトさんに確認した。

「すでに1度蘇生術を試されていますね?」

 そう、遺体に残った微妙な魔力の残滓を感じたのだ。

「ああ、1度集落の呪術師が蘇生を試みたのだが、失敗してしまってな……なにか問題でもあるのか?」

 アルトさんは不思議そうに答えてきた。

「助手さーん、2人目からの受け入れは、どんなに急ぎでも待機に回して。今日はこの1件だけで終わると思うから!!」

 指示を出してから、私はアルトさんに向き直った。

「1度施術に失敗していることで、術者の魔力が残ってしまっています。1度解呪しないと確実に失敗します」

 私はきっぱり断言した。

 そう、1度蘇生術を使うと、成功でも失敗でも少なからず魔力が残ってしまう。成功なら問題ないのだが、失敗した時はその痕跡を消しておくことが蘇生術士の不文律だ。ずいぶん仕事が雑というか、手を抜かれている事がこれだけでも分かる。もっとも、相手はエルフなので、この常識が通用しないのも無理はないが……。

「最初に施術した術者に手を抜くなと伝えて下さい。では、まず解呪から……」

 私は杖先で魔方陣を描き、そっと術を解いていく。エルフ魔法ではあるが、人間の魔法とそう大差はない。しっかし、ずいぶん荒いというかいい加減というか……これじゃ生き返るものも生き返らない……。

「ふぅ……」

 これがまた手間なのだ。蘇生術は元々トップクラスに難しい魔法だ。こういった残ってしまった魔法を残留魔法と呼ぶのだが、蘇生術のものとなると施術するより手間がかかる。私は一息ついて、さらなる解呪を試みた。そして……。


 パキーン!!


 まるでガラスが割れるような凄まじい音が響き、地面……というか石畳に描いた魔方陣がゆっくりと消えた……。

「解呪完了です。これから蘇生に入りますが、その前に少々休憩を……」

 私は額の汗を拭い、片隅にある魔力回復薬をがぶ飲みした。

「大丈夫ですか? 少し顔色が悪いようですが……」

 アルトさんが心配そうに聞いて来た。

「大丈夫です。一時的な魔力切れなので……」

 魔力切れといってもごく軽い程度。今後の施術に影響するほどではない。

「あとであの呪術師はきっちりシメておきます」

 アルトさんがさらっと怖い事をいう。まあ、程々に……。

「さて、いきますか!!」

 自分に気合いを入れ、私は改めて精神を集中する。

「術式は……あれしかないわね」

 寿命1000年以上という桁違いのエルフを蘇生するためには、それに見合った強力な蘇生術が必要になる。私の全魔力を必要とするが、この術式しかないだろう。

 呪文と共に魔方陣が怪しげに光り始め、杖から放電現象が発生する。ヤバい、杖が限界点を超えた。しかし、施術には問題ない。ギリギリではあるが大丈夫だ。


「!!」


 現代語では発音出来ない最後の呪文を唱え、杖をトンと魔方陣に突き立てると、一瞬だけ魔方陣が激しく光を放ち、そして消えた……。

 さすがに魔力の放出が激しすぎた。杖は壊れ、私もその場に膝をついてしまった。

 しばらくして、ミラさんの体がぴくりと動き、ゆっくりと上半身を起こした。

「あ、あれ、僕は……?」

 そのミラさんを、アルトさんがそっと抱きしめる。これは推定だが、恐らく親子なのだろう。

「……なんと感謝したらよいものか。名を伺ってもよろしいか?」

 アルトさんがそっとミラさんを立たせ、私の方を見た。

「アリシアと申します。今は蘇生術士ですか、ここの王家に嫁いだ者です」

 壊れた杖を頼りに何とか立ち上がり、私はアルトさんに返した。

「アリシア殿、この恩は忘れぬ。ここは無料と聞いているが、エルフの流儀としてそれは出来ぬ。金銭のやり取りが出来ぬのなら、なにか入り用なものはあるか?」

 うっ、そう来られると困る。うーん……。

「……では、この杖の代替え品を。これがないと、蘇生が出来ないので……」

「承知した。すぐに届けさせる。本当に助かった。ありがとう」

 礼の言葉を残し、エルフの2人は馬車で去って行った。その瞬間気が抜け、私はその場にへたりこんでしまった。あー、これはシンドイ。

「アリシア、大丈夫ですか!?」

 受付からアラムがすっ飛んで来た。

「大丈夫よ。ちょっと休めば」

 テントの外はすでに夜。大技にはそれなりに時間が掛かるのだ。私は助手さんの1人とアラムに支えられ、城に戻ったのだった。


「ほへぇ……」

 私は城の1階ホールに積み上げられた荷物の山を見上げた。

「凄いですね。これは……」

 隣のアラムもポカンとしている。

 目の前にあったもの、それは杖の山だった。今まで銀製の杖を使っていたのだが、今度の杖は木製。しかし、ただの木ではない。トネリコという木を使い魔法で特殊な加工が施されたもので、普通に買えば真面目に城が建つほどの最高級品だ。街の魔道具ショップに行っても、そもそも在庫がないというパターンが多い。そんなものを、こんなにどうしろと……。

「まさか、売るわけにはいかないわよね。高価過ぎて買い取ってくれない……」

「いえ、さすがにあのエルフさんの気持ちですから、蘇生所の倉庫を拡張して保管しておきましょう」

 アラムの言葉に、私は黙ってうなづくしかなかった。全くもう、極端すぎるんだって、エルフの考えは!!


 こうして、蘇生所拡張工事の間、私の蘇生業も休日となった。3日もあれば終わるらしいが……もうどうでもいいわ。はぁ。

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