第11話 「死人姫」の休日

「うーん……」

 私はベッドの上で伸びをした。私とて人間。時には休息が必要である。そんなわけで、今日はつかの間の休日だ。

「……で、なんでコイツが隣にいるの?」

 昨日寝るときはそれぞれの私室だったはずだが、いつの間にかアラムが私のベッドに潜り込んでいた……。

「しかも、起きる気配ないし……今のうちに治しておくか」

 昨日は疲れ切っていて手入れしないで寝てしまったが、私はまず自分の手の切り傷を回復魔法で治す。そして、今度は小刀だ。早くしないと錆びてしまって、大変な事になる。切れない刃物で切って痛いのは私なのだから……。私は部屋の片隅にあるタライと砥石セットに向かった。タライには常に綺麗な水が汲んである。砥石に水を含ませ、丁寧に磨いでいく。下手をすると刃を潰してしまうので、慎重な作業だ。……って、王族がやることか? これ!!

 私が持っている小刀は予備も含めて4本。その全てを研ぎ終わった頃には、もうお昼近い時間になっていた。あーあ、朝ご飯食べ損ねた。

「しかし、良く寝るわねぇ……」

 寝る子は育つという歳でもないだろうに、時々寝言を言いながらアラムは寝続けた。寝言の端々私の名前を出すのはやめて欲しい。どんな夢を見ているのやら……。

「よし、たたき起こすか!!」

 一瞬ぶん殴って起こそうかとも思ったのだが、私は「目覚め」の呪文を唱えた。瞬間、バリバリともの凄い電撃がアラムを襲う。実は、「目覚めの魔法」というものはない。こうやって強行手段に出るしかないのだ。

「うぎゃぁぁぁぁ!!」

 アラムはベッドの上でひたすらもがいている。そして電撃は収まった。

「はい、おはよう。もう昼だけど……」

 私はベッドの上でヒクヒクしているアラムに声を掛けた……あれ、返事がない。やり過ぎたかな……。

「ああ、シンシアの愛が痺れ……」

「……」

 私は無言でもう一発電撃の魔法をかけた。アラムが悲鳴を上げるが知った事じゃない。

「ご、ゴメンなさい。調子に乗り過ぎてしまいました!!」

 お約束通り髪の毛をメチャクチャに逆立たせ、脳天から煙を立ち上らせたアラムが私に土下座する。うむ、分かればよろしい。

「全く、無駄な魔力使っちゃったわ。そろそろ昼ご飯よ」

 言った途端、部屋の片隅にある時計が正午を伝えてきた。せっかくの休日がもう半分潰れてしまった。これでも王族の端くれなので、城でお昼かと思いきやアラムは違う提案をしてきた。

「お城でお昼もいいですが、たまには城下街に出ましょう」

 ……城下町か。いい思いはないが、たまには出歩くのも悪くない。

「分かった。店の当てはあるの?」

 私が聞くとアラムはニッコリ笑った。

「ええ、行き付けの店があります。家庭料理がウリで美味しいですよ」

 ……行きつけって、しょっちゅうかい!!

「分かった。でもいいの? 勝手に城を抜け出しちゃって……」

 護衛は付くだろうが、そうそう勝手に城から出入りは出来ないのが常なのだが……。

「もちろんです。少し待っていて下さい」

 アラムは私の部屋から出て行き、すぐに戻ってきた、

「これに着替えて下さい」

 アラムが持ってきたのは、いかにも庶民風という感じのありきたりな服だった。そう言うアラムもいたって普通の格好だ。

「まさかとは思うけど……こっそり抜け出すつもり?」

 私はそっと聞いた。国元では、私もよく抜け出していたので、それ自体に抵抗はない。

「そのまさかです。護衛などが付いてしまっては、堅苦しくていけないので」

「あなた、なかなかいい根性してるわね」

 私はニヤリと笑った。こういうノリは嫌いではない。

「では、行きましょう!!」

「はい!!」

 そして、私とアラムの脱出計画はスタートしたのだった。


「……案外チョロいものね」

 所々に衛兵は立っていたが、ささっとすり抜け、時にぶん殴って気絶させ、あっという間に1階のホールに到着した。ここは街の庶民もに入り出来る場所なので、紛れてしまえばこっちのもの。私とアラムは手を繋いで城から外に出た。件の店は、城からほど近い裏路地にあった。

「あら、アラム様。またお忍び?」

 本当に行きつけらしい。おばちゃんが優しく迎えてくれる。

「あら、奥さん連れとは珍しいわね。さぁ、入った入った!!」

 予想に反して、私も温かく迎え入れてくれる。私の呼び名が「死体姫」というのは分かっている。それなのに……。

「……あの、気持ち悪くないですか?」

 私は思わずおばちゃんに聞いてしまった。

「なぁに、みんなそれぞれ『役目』はあるものさ。後ろめたいと思っているだろが、悪い事なんかしてない。それで、助かっているものも多いはずだしね」

 これは蘇生術士のジレンマだ。人は生まれて死ぬ。それを、ねじ曲げるのが蘇生術だ。ゆえに禁忌にしている国は多い。普通は死体は生き返らない。それが当たり前なのだ。

「……そう言って頂けると、気分も楽になります」

 ここに来て、私はやっとホッとした。実は自分がやっている事は間違えているのかも? と常々思っていたのだ。賞賛出来ない事は分かっている。しかし、役に立つのなら今後も蘇生を続けていこう。

「さあ、そんなところに突っ立っていないで入った入った。今日は結婚祝いで私の奢りだよ!!」

 おばちゃの声が心に響く。久々にこの国に来て良かったと思えた。アラムは別枠として……。

 次々に運ばれてくる料理に舌鼓をうち、葡萄酒を飲む。どれも素朴な料理だったが、やたら飾った王宮の食事よりも美味しいかもしれない。

 ひたすら飲んで食べて、気がつけば城の閉門時間の間際だった。慌てて店から飛び出ると、私はアラムに引っ張られるようにして急ぐ。こういうところは男の子だ。

 今まさに閉じようとしている門の隙間を潜りぬけ、私たちは城内に飛び込んだ。

「あっ、アラム様とアリシア様!?」

 城門を閉じようとしていた4人の兵士を、私たちは奇妙な連携で気絶させていく。そして、そのままダダダダダーっと私の部屋へとに戻って大きく深呼吸。アラムなど勝手に私のベッドに倒れ込んでいる。今さらだからいいけど……。

 私はベッドに座り込み、そのままアラムと並んで横になった。

「あの店気に入っちゃった。また行こうね」

「もちろん、喜んで!!」


 こうして、私は久々の休日を楽しんだのだった。

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