第10話 こういう事例もある
その日、私は「残業」を余儀なくされていた。入り口にある保管所には20ちょっとの遺体。もう収容能力の限界だった。
「……ダメか」
緊急度が高い順に助手さんが赤、黄、緑の札を付けてくれているのだが、赤札6人のうち3人は蘇生出来なかった。もちろん、残業だからと手を抜いてはいない。1番厄介なのが警備隊が運んできた事故などの死体だ。とりあえず、運べ!! という感じなのでどこの誰だか分からない事が多い。この少女もそうだった、明らかに馬車による轢死だが、どこの誰だか分からない。蘇生に成功すれば聞き出せるのだが、失敗するとそれが出来ない。こういう場合は、私が王から付与されている権限で街の共同墓地へ埋葬される事となるのだが、遺族が問い合わせにくる場合があるので、柩は1ヶ月程度テントの奥にある腐敗防止の魔方陣の上で安置する事になる。
「柩の用意をして。次にかかるわよ!!」
私は部屋の片隅に山と積んである、魔力を回復させる魔法薬を飲んだ。いざという時のために用意してあるのだ。
こうして「待機中」だった遺体を全て施術し、成功失敗様々だったがようやく終わった時には、もうテントの外は暗くなっていた。私も重労働ではあったが、それ以上に大変だったのは助手の皆さんだろう。
「みんな、お疲れさ……」
私が言いかけた時だった、息せき切って2人の男性と女性が転がり込んできた。私は出張はしていない。ということは、遺族か……。
「あ、あの、「ラーニャ・アンガス」という娘は運ばれていませんか!?」
アラムがパラパラと受付台帳を捲り、黙って首を横に振った。
「その名前の方はおりません。年齢と性別、種族は……人間ですね。あと特徴などを教えて下さい」
恐らく「安置所」の方の人だろう。
「えっと、年齢は8才で女の子、こう黒毛で肩まで伸ばしていて……」
うーん、心当たりがあるようなないような……。
「……実際にご確認頂けますか?」
もう何百体と遺体を施術しているので、正直全ては覚えていない。今日だけで22体である。覚えていろという方が難しいだろう。こういう時は、見てもらった方が早い。
「はい!!」
男性が叫ぶように言った。
「他の方も安置しておりますので、どちらかお1人でお願いします。それと、その……かなり損傷の激しい方もおります。気を強くお持ちになってください。
「分かりました……カレーヌ、お前は待っていなさい」
どうやら、男性の方が行くようだ。
「では、こちらへ……」
私は施術室の奥にある安置室へと入った。続いて男性も入って来る。
「これは……」
中は柩が乗る程度の奥行きがある5段の頑丈な棚が組まれ、部屋の床には腐敗防止の魔方陣。なんというか、作っておいてあれだけど、怪しさ満点だ。
「大体、いつ頃から見えなくなったのですか?」
私は男性に聞いた。こんなに必死に走ってくるくらいだ。いきなり姿が見えなくなったに決まっている。
「1週間前です。捜索届けは出してあるのですが、警備隊では全く埒があかず……もしやと思ったのですが……」
1週間前か。ということは、そんなに前ではないはず。今日施術した中にあるかも……。
私は柩に貼り付けてあるラベルを見る。そこには、番号、施術日、種族、性別、推定年齢が書いてある。新しいものから順に上段に上げて行くので、1番下の一部にあるはずだ。今日施術したのは22名。成功したのは15名。失敗は7名。そのうちの誰かの可能性が高い。となれば……。
「助手さーん。ちょっと手伝って!!」
ワラワラと集まった10名……も要らないので、5人残してあとは提携している荷馬車屋に行ってもらった。
今日施術した中で女性は3名。そのうち1人だけ極端に若い……というか、子供だった。当たりだとすればこれだ。
「その柩ね。ゆっくりひっぱり出して」
5人プラス私も自ら柩を棚から引き出す。重いんだな、これが。
「よっと……。そこの窓が開くようになっていますので、そっと開けてみてください」
ゴクリとツバを飲む込む音がして、男性はそっと小窓をあけ……その場に崩れ落ちた。
「……確かに娘です」
か細い男性の声が聞こえた。この瞬間、身元不明の死体から「ラーニャ・アンガス」という名前の遺体になった。嬉しくはないが、ホッとする瞬間でもある。身元不明のまま纏めて埋葬されるより、よほどいいに決まっている。
「……申し訳ありません。柩を移動させますね」
「……はい」
男性は……いや、父親は立ち上がり、助手さん5名と私が担ぐ柩の後を、憔悴しきった様子で着いてくる。施術室を通り、受け付け兼用の保管所までくると……全てを察したのだろう。女性はその場で崩れ落ちた。声も無く泣いている。私は掛ける言葉がない。
「あ、あの、もう1度蘇生は出来ませんか?」
力ない声で、男性は私に聞いた。
「……方法がないとは言いません」
蘇生に関しては嘘は言わない。言ってはいけない。それが私の信条だ。
「では……」
「代わりに、相応のリスクはあります。あなた方2人。どちらか命を投げ出す覚悟はありますか?」
私は懐から小刀を出し、自分の右手の平を切った。赤い流れが床に落ちて広がる。
それを見て父親は呆然とし、母親は泣くのをやめてこちらを見た。
「もしどちらかが命を差し出すというのなら、損傷の程度からみてもこの子は助かります。ですが、どちらかの親は確実にいなくなります。選べますか?」
そして落ちる沈黙。両親はそれぞれ見つめ合い、そして父親がうなずいた。
「……無理を言って申し訳ありませんでした。この現実を素直に受け止めます」
父親は静かにそう言ったのだった。
「ご賢明な判断だと思います。娘さんは残念です。言葉もありません」
ちょうど、荷馬車が到着した。
「それでは、ご自宅まで送らせて頂きます。どうぞ、馬車の御者台にお座り下さい」
私は勧めてみたが、夫婦は乗ろうとしない。助手さん総出で柩を荷台に載せると、すかさずその両脇に両親が乗り込み。今度は2人で泣き崩れた。そして助手さん10人と並んで荷馬車を見送る。これで1件終わった。蘇生はハッピーエンドとは限らないのだ。
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