第9話 蘇生所

 王城の元に広がる城下町パピオシティ。そこでのもっぱらの話題は「王族なのに庶民の蘇生」を行っている、ある姫の事だった。名前はシンシアと言ったか。人々はこう呼ぶ「死人姫」と。気持ち悪い存在だが、その蘇生率の高さに加えてシンシアの人柄のため、気持ち悪いが文句は言えないというのが実情だ。実際、彼女に助けられた者も多くいる。今やこの街で死を恐れるものはいなくなった。確実ではないが、死んでも生き返る事が出来ると分かっているからだ。ゆえに、事故が多くなったのだが……。

「どけぇ!!」

 凄まじい勢いで走る馬車が、ちょうど進路にいた少女を避けきれず轢いてしまった。

 慌てて御者が飛び降りて見ると、ちょうど車輪で頭を潰してしまったらしく、中に入っている脳が盛大にぶちまけられている。間違いなく即死だ。

「おい、蘇生屋だ。誰か連れていってやれ。こっちは急いでいるんだ!!」

 そして、馬車は勢いよく立ち去ってしまった。当然といえば当然だが、誰も少女の骸に近づこうとする者はいない。そのうち街の警備兵がきて「うっ……」と言いながら事故の捜査を開始する。遠巻きに見ていた群衆に聞くと完全なひき逃げだ。すぐさま担架が用意され、少女の骸は警備兵によって蘇生所に運ばれた。

「事故で即死だ。蘇生をお願いしたい」

 警備兵がたまたまテントの外にいた助手の1人に話しかける。

「残念ですが、今日はもう定員です。1日2人が限界なので……」

「そんな事は分かっている。つまり、預かって欲しいという事なのだ」

 警備兵はカバーを掛けてある担架を指差した。

「それでしたら大丈夫です。テントの中に運んで下さい」

 助手の言葉に警備兵はうなずき、テントの中に入ると……。

「うわっ……凄い臭いだな」

 テントの入り口付近には棚が設けられ、そこに数々の遺体が安置してある。全て「順番待ち」のものだ。

「その辺りに置いてください。後はこちらで対応しますので」

「ああ、頼んだぞ」

 まるで逃げるかのように、警備兵は立ち去った。

「さて……。ああ、これは酷いですねぇ。最優先っと」

 助手は少女の骸の上に赤いタグをぶら下げる。これで、最優先は6人目だ。普通に蘇生しても3日はかかる。

「シンシア様大丈夫ですかねぇ。倒れないか心配です」

 これだけ蘇生させるのに、一体どれだけの時間がかかるのか見当もつかないが、蘇生術士が1人しかいないのでやむを得ないだろう。

 助手は1つため息をついたのだった。

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