第8話 蘇生士誕生

 夫婦の共同作業が遺体を相手にする蘇生だった。あなたなら耐えられますか?

 城門前にテントが張られ、そこが簡易蘇生所になったのだが……。受付はアラムで私が蘇生担当。私の魔力を考えて1日2名までにしているものの、毎日遺体を診ているのだ。良く耐えていると自分で思う。アラムの他に10名ほどの助手さんがいるが、大体3日もしないうちに入れ替わる。そちらの方が、至って正常な反応だと思う。本当に。

「今日最後の方です」

 布でマスクをした助手さんが遺体を運び入れる。依頼者はかなり高齢だ。事前に聞き取った情報によると、名前はジーナ・エクレル。年齢は82才。種族は人間。死因:病死……うーむ。

「かなり難しいです。それに、蘇生術では病気は治せません。それと、かなりご高齢ですね。成功確率はかなり低いですが、それでも施術しますか?」

 私は付き添ってきた男性に聞いた。

「可能性がゼロでなければ、ぜひお願いしたい。すぐにまた亡くなってもいい。一言だけ伝えたい事がある……」

 そう言って、男性は帽子を取って深く一礼した。

 ……こりゃ失敗できないわね。

「術は……あれでいくか」

 蘇生術と言っても、星の数ほど術式がある。私は可能な限り成功率が高いものを選択する。それに、若干禁術の要素を組み込んで1つの式を作り上げた。そして、毎度おなじみ小刀で手のひらを切り、杖伝いに流れ出た自らの血で複雑な魔方陣を描いていく。極端な話しをすれば、蘇生術は術者の命を削って対象を蘇生させる。この「血で魔方陣を描く」という行為はそういう意味があるのだ。この痛みももう慣れちゃったけどね。

 魔方陣を描き終えると、助手さんがそっと遺体を中央に置く。さて、これからは私の領分だ。気合い入れていきますか……。私が呪文を唱え始めると、魔方陣が怪しく光り始める。まずは成功。これからだ。

 全ての呪文を唱え魔方陣に杖を突き立てると、一瞬だけ光が激しくなり、そして消えた。

すると、魔方陣の中央に寝かされていた老婦人がゆっくりと身を起こし、辺りをきょろきょろ見回した。

「あら、私どうしたのかしら? 病院にいたはずなのに……」

 前にも言ったが、誰でも死んだ瞬間の記憶はない。よって、こういう混乱が起こるのだ。「ジーナ!!」

 依頼者が老婦人に抱きつく。

「あら、あなた……どうしたのですか、いきなり」

 いちおう、なんとか蘇生に成功したが、もう残された時間は僅かだ。どんな蘇生術でも病気は治せないし、時間を巻き戻す事も出来ない、これが限界だ。

「すまなかった。いつも威張り散らして苦労かけて……」

「どうしたのですか。急に?」

「ゆっくり話している時間はない。最後にどうしても伝えたかった……ありがとう」

 老婦人は満面の笑みを浮かべ、依頼者を抱きしめ……そして、再び事切れた。

「……恥ずかしいところを見せてしまったな」

 私は何も言わない。ただ、小さく笑みを浮かべただけだ。

「……ご遺体搬送の準備はされていますか?」

 私が聞くと、依頼者はうなずいた。

「ああ、すぐそこで待機させてある」

「では、助手に手伝わせますので……」

 私が言うより早く、10人の助手が丁寧に遺体を運んでいく。さすがに手慣れたものだ。

「ここは無料と聞いたが、これを寄付として受け取って欲しい」

 依頼者はかなり大きく膨らんだ革袋を差し出してきた。

「受け取れません。奥様のために立派なお墓を用意して下さい」

 私は差し出された手をそっと押し戻した。

「……この恩は一生忘れない。感謝の言葉も浮かばぬ。ありがとうとしか言えない」

 そう言って再び脱帽して礼。まあ、苦労した甲斐があったかな。こうして、この日の蘇生は終了したのだった。たまにはこういうのもないと、やってられないってね。


 アラムと並んで城に戻り、ここは私の部屋である。蘇生に使う右手の切り傷を回復魔法で治し、ため息をついた。私、なんでこの国に来たんだっけ?

 部屋のドアがノックされ、アラムが部屋に入ってきた。いつになく真剣な顔だ。

「ど、どうしたの?」

 私が聞いても答えない。返事の代わりと言わんばかりに、思い切り激しいキスをしてきた。ちょっと待て、呼吸が出来ない!!

 ようやく離れたと思ったら、いきなり間抜けな事を言い出した。

「僕もあの老夫婦みたいになるんです!!」

 ……このバカ。

「あれはねぇ、何十年も掛けて積み上げていくものなの! まあ、年齢的には私の方が先に逝っちゃうけど……」

 ……あー、年齢差考えたらそうよね。言って気がついた。

「そうしたら、シンシアが蘇生すればいいんです!!」

 ……おいおい、大丈夫か?

「自分の蘇生が出来るわけないでしょ。この馬鹿たれ!!」

 当たり前の事を当たり前に返す私。

「そこは努力と根性で……!!」

「無理」

 努力と根性でどうにかなったら、魔法なんて要らないっての!!

「シンシアならきっと……むがっ!?」

 私はアラムを抱え上げ、ベッドに放り込んだ。そして、私も彼の隣に滑り込む。

「なにも無理する事はないのよ。ゆっくりいけばいいんだから……」

 私はアラムの体をそっと抱きしめた。彼の荒い息が急速に落ち着いてきた。

「アリシアは知らないかもしれませんが、母上の蘇生に成功したことで国では一目置かれる存在になっています。まるで、どんどん僕から遠ざかっていくような……」

 ……あー、お子様ねぇ。

「私はあなたのお嫁さん。なにか文句ある?」

 アラムがきつく私を抱きしめてきた。

「もちろん、文句なんてないです。ですが……」

「ですがも人食いヘチマもないわよ。それとも、私が信じられない?」

 私は意地悪な質問をした。答えは1つしかないと知りながら。

「もちろん信じています!!」

「ならそれでよし。どこにも行かないから安心しなさい」

 私はアラムの体をそっと撫でながら、母国では誰でも知っている子守歌を口ずさんだ。この状態のアラムにどれだけ効果があるか分からないが、歌に紛らせてこっそり睡眠の魔法も掛けてある。そして、アラムは落ちた。今はゆっくり寝なさい。

 それなりに膨大な魔力を使ったので私も眠い。子守歌を歌いながら、私も睡魔に誘われていったのだった。

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