第7話 禁断の蘇生術
魔力切れにも程度があるが、軽いものは目眩のようなものに襲われ、中程度だと意識が保てなくなり、重篤な場合は死に至ることもある。私の魔力は高い方だが、それでも10人同時蘇生はかなり厳しかった。成功する確信があったからこそ挑んだのだが、これが私の限界点だ。呪文の改良点はあるかもしれないが、魔力の上限は上げられない。
とまあ、そんな事を考えていたら、部屋のドアがノックもなしに勢いよく開けられた。
「お、起きましたか。よかったぁ!!」
予想に違わずアラムだった。まだベッドの上に寝そべったままだった私は、飛行の魔法で天井スレスレまで舞い上がり……誰もいないベッドに飛び込んだアラムの上にそっと降り立つ。
「よかったぁじゃないわよ。なにあんな下らない所で死んでるのよ!!」
アラムの頭をゲシゲシ蹴飛ばしながら、私はアラムに怒鳴る。ついでに寝起きでやや機嫌が悪い。
「な、、なんだか分かりませんが、ごめんなさい!!」
ひとしきりスッキリした私は、改めてベッドに座る。
「もう3日ですよ。シンシアが寝ていたの。魔法医に聞いても、回復を待つしかないとしか言わなかったですし……」
……ああ、泣くな。面倒くさい!!
「泣かない!! てか3日も寝ていたの?」
ちょっと驚いた。普通は一晩も寝れば治るのに。
「はい、3日です。よこのまま起きないかと心配しました」
本気でホッとしたかのように、アラムはそっとため息をついた。
「そもそもの要因はあなた。逃げるなら逃げるで徹底しなさい!!」
中途半端は命を落とす。戦うなら戦うで腹を据えて全力で戦う、逃げるなら逃げるなら徹底的に逃げる。戦いの基本だ。
「いえ、なにが起きたか分からないうちにやられました。正直、あまり覚えていないのです……」
蘇生術で生き返った者は、大体記憶に混乱を来たす。特に死んだ瞬間はまず覚えていない。これについては色々説があるのだが、脳がその瞬間を記憶する事を拒むというのが有力だ。強いショックを阻止するために。
「まあ、覚えていないのも無理ないか。それで3日も寝込んでちゃ、私もまだまだだけどね……」
蘇生術の対象は通常は1人。今回は10人。かなり無茶したなと自分でも思う。でも、まさかアラムだけ蘇生させるわけにはいかないでしょ?
「ところで、この国って蘇生術禁止じゃないよね?」
今さらながら、私はアラムに聞いた。蘇生術の扱いは色々で、宗教上や倫理面で禁止にしている国も多い。あれだけ派手に蘇生しておいて今さらだが、禁止だったら色々面倒な事になる。
「禁止じゃないですよ。それ以前の話です。そもそもこんな術があるなんて、誰も知りませんでした……」
アラムの声に、私は安心……しなかった。むしろ警戒感を覚えた。得体の知れない魔法を使い、死人を生き返らせた。これだけで十分ニュースになるが、じゃあ人も殺せるんじゃないか? アイツは危険な「魔女」だ……よくある展開だ。
「あっ、心配してますね。顔に書いてあります。父上が「蘇生術は国宝である。研究する専門機関を作る!!」という触れを出しています」
……はぁこれだからお子様は。
「いくら触れが出ていたって、みんなそうですかって納得するわけないでしょ。気持ち悪い事に代わりはないんだから」
……死者を生き返らせる。これはある意味究極の魔法といえる。そんな物を扱える私は畏怖されて当然なのだ。
「僕は気持ち悪いとは思いません。助けられていますしね。……あっ、そうだ。父上が王家専用墓地に来て欲しいと言っていました。大丈夫そうなら行きますか?」
王家専用墓地? まさかとは思うけど。
「亡くなった王子を生き返らせてほしいっていう話しでしょ。これ!?」
簡単に予測が付き、私はアラムに行った。
「あのねぇ、蘇生術なんて滅多に……」
想定外の事が起きた。あのアラムが私にそっと口づけしてきた。
「大丈夫です。僕も行きますから」
……こ、コイツ。いつ私の黙らせ方を覚えたな!!
「わかったわかった、今行くから外で待っていて!!」
アラムを追い出し、私は寝間着から普段着に着替えたのだった。
王家専用墓地というだけの事はあって、それはもう豪奢なものだった。気が早いようで、すでに1つの柩が掘り起こされて並べられてある。……1つ?
「アリシアよ。そなたの力を借りたい。何とか蘇生して欲しいのだが……」
えーっと……名前忘れた。髭もたくましい私の義理の父にあたる国王様が、私に懇願の目を向けてくる。しかし……。
「あの、こちらは……?」
私はさりげなく柩を指差した。もうかなり古いようで、柩はボロボロになっている。
「我が妻アリサの柩だ。亡くなったのは8年前。そなたの夫であるアラムが誕生した時だ。出来るか?」
「……少々お待ち下さい」
通常なら無理だ。時間が経ちすぎている。しかし「禁術」を使えば、あるいは……。
「……条件があります。これから使う術式は、今では禁術に指定されているイレギュラーな物です。決して口外しないこと。それと、時間が経ちすぎているので、それでも失敗する可能性が高いこと。以上を承知して頂けますか?」
「うむ、分かった。他に必要なものがあれば、言って欲しい」
……これ、言いたくないんだけど。
「生きている人間です。やめるなら今ですよ……」
そう、これが禁術になった由来だ。人1人を犠牲にして、人1人を蘇生する。最悪かつ最強の蘇生術である。
「なに、それなら死刑囚でいいだろう。幼児を10人殺害した者がおる。贖罪させるにはちょうどいい」
国王様はそう言って顎で下男に指示をした。
「では、次に柩から遺体を出して下さい。なるべく損傷しないように」
国王様が指示を出したが……。
「すでに白骨化しております。これでは……」
それなら話しは早い。私は柩の周囲から人を遠ざけると、魔法で柩を燃やした。乱暴なようではあるが、私の魔法では骨まで残らないようなど派手な事は出来ない。
炎が収まったあとには、綺麗な白骨死体が現れた。私はそれに近寄り、細部をチェックする。不足している骨はない。
「アリシアよ。私が知らぬ話しではあるが、本当にこの状態から蘇生出来るのか?」
やはり不安になったのだろう。国王様が聞いて来た。
「先ほども申しあげましたが、可能性はかなり厳しいです。最悪、人が死ぬだけになるかもしれません。もう一度申し上げますが、やめるなら今です」
正直、やめると言って欲しかった。しかし……。
「分かった。その僅かな可能性にかけよう。無理を言ってすまぬ」
そう言って、なんと国王様は膝をついて私に敬礼した。よかった、分かってくれていた。私が無理をしていることを。
「分かりました。では、準備を開始します……」
私は小刀で手のひらを切り、杖を通してその血を地面に落としていく。今度はかなり複雑な魔方陣になる。ちゃんと覚えている自分がなんか嫌だ。
魔方陣を描き終えた時、警備兵に両脇を抱えられ、手を縛られた男が現れた。
「なんだい、今日は散歩でもさせてくれるのかい。退屈していたからいい感じだぜ」
これから待ち受けている事も知らず暢気なものだ。私にとって最も嫌な時間が刻々と近づいてくる。私は小刀を鞘に入れてしまい、別の小刀を取り出した。1度血が付いた刃は研ぎ直さないと切れ味が戻らない。
「しかし、墓場とは趣味がいいな。これから眠る場所の見物か。……っておい。なんで王室専用の墓に向かっているんだ?」
さすがに異変に気がついたようで、男の声から暢気さが消えた。
「おいおい、なんだこの白骨死体は。縛り首じゃないのかよ!?」
「そこの地面に引き倒して!!」
何も言わず私はただ指示だけを出した、ここからは感情を殺さないとやっていけない。
「お、おい、何する気だ!?」
男6人がかりで地面に押しつけられ、暴れる男の頭の上に私は立った。そして、小刀でまず男の首を切った。頸動脈ジャストに。そして、そのまま脇の下から水平に刃を入れ、心臓突きにする。男の体がビクンとはね。そして事切れた。
「では、始めます」
努めて冷静に私は言い放ち、呪文を唱え始める。この蘇生魔法の難易度は最高レベル。発音すら難しい古代魔法語だ。ミスったら終わり。細心の注意が必要になる。
すると、男から流れ出た血が魔方陣に流れ、淡い光を放ち始める。白骨だった「対象者」には内臓が現れ、脂肪で覆われ、筋肉が生まれ、そして最後に皮膚で覆われる。そして、ガハっと血を吐き、ゆっくりと身を起こした。成功だ。しかし、もうあの男は蘇生出来ない。「対象者」と引き替えに力を全て奪われているからだ。
「ふぅ……」
私はその場に崩れ落ちてしまった。研究はしていたけれど、さすがに人を殺してまで実証は出来なかったのだが、こうしてその成果が現れたのである。
なのに、全く嬉しくない。私は人を殺したのである。この手で。もちろん、初経験である。それなのに、全く感情が湧いてこない。どこか壊れたのだろうか……。
そんなとき、私の肩にポンと手が置かれた。他でもない、アラムだ。
「僕の部屋に行きましょう」
私は黙ってうなずいた。ここから城までは歩いて10分もかからない。アラムの部屋に入ると、私はどっと疲れが湧いてきて床に倒れ込んでしまった。そして、我慢していた涙を流す。アラムはただ黙って見ているだけだった、私が落ち着くまでの間だけ。そのあとは、想像にお任せ。
「……これ、どういうこと?」
城のホールは、基本的にいつでも誰でも入れるようになっている。そこにデカデカと横断膜が張られ「蘇生承ります。あなたの大切な人をもう一度!! どしどしご応募を」と書かれている。聞いてない、こんな話し!!
「僕は止めたのですが、父上が舞い上がってしまって強引に……」
アラムが言うが、そんな言い訳染みた事はどうでもいい!!
「今すぐ撤去!!」
そんな毎日毎日蘇生なんてやっていたら、こちらの身が持たない。
「それが……もう数十件蘇生の陳情が来ていまして、後には引けない状況に……」
……殺す気ですか。私を。
「あーもう!!
私の声がホールに響き渡ったのだった。
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