第5話 姫の声は王の声

「気を付けろ。私の声はアラムの声、アラムの声は王の声……」

 私は自分の部屋で1人ただつぶやいていた。迂闊な発言は誰かに死をもたらす。私は自分の置かれた立場を体にすり込んでいくが……放任主義というより放りっぱなしで育てられた私には、この緊張感は耐えかねる。この国の男系子孫の1番下であるはずのアラムの声が、なぜそのまま国王令として発布されてしまうのか不思議でならない。というか、簡単に死罪にして貰いたくない!! 冗談でも「殺す!!」とか「死ね!!」なんて言えないなんて考えられない……いかん、めまいが。

「アリシア……あれ、どうしましたか?」

 私が寝間着のままフラフラしていると、アラムがノックなしで入り込んできた。

「こら、ノックしなさい。着替え中だったらどうするの!?」

 無駄と知りつつ、私はアラムに言った。最近はいつもこうである。

「顔色が凄く悪いですが、大丈夫ですか? ほら、ベッドに座ってください……」

 私はアラムのエスコートでベッドに座る。

「良かったら聞かせてください。なにがそこまでシンシアを追い込んでいるのか」

 ……お前じゃぁ!! と叫びたくなったが止めておいた。

「……あのさ、今まで突っ込んだ話しは避けていたけど、アラムってこの国の第4王子だよね?」

当たり前過ぎる質問だったか、アラムは小首をかしげた。

「ええ、そうですが……どうかしましたか?」

 まあ、可愛いけど怖い。そんな感じだ。

「いや、それにしてはずいぶんお父様と仲がいいなぁと思って……」

 さすがに、なんであなたが死ねと言ったら死刑になるの?とは聞かない。

「あはは、さすがに気がつかれてしまいましたか。まさか、僕も『アリシアがあの教師死刑で』って言ってたよと言ったら、即座に実行されるとは思っていなかったのですが……」

 余計なこというなバカ。冗談も通じ……ないか8才だもんなぁ。

「この家には女系の子孫はいません。男を4人産んでお母様は亡くなってしまいました。元々お体が弱かったので。そして男系の子孫はお兄様方がいたのですが……このところ続いているプロサメテ王国との小競り合いで、その……」

 なんとなく気まずい雰囲気が落ちる。……まさかとは思うけど、こういう時の私の直感はよく働く。悪い方に。

「……言いにくいのですが、全員最前線に立って戦死しました。実は、プロサロメテと政略結婚を申し出たのは我が国からなのです。私はまだ戦場に立てる年齢ではありませんので、このままでは次はお父様が出撃する事になります……」

「そこで、これ以上争いが起きないように手を打ったわけね。女系子孫がいないということは、送ったのは財宝とかそんなもん?」

 どうやら、私は色々欺されていたらしい。全く、これ以上の迷惑があるだろうか。

「すごい、良くわかりましたね。送ったのは国宝のサンダルシアです」

 ……つまり、私は「売られた」わけだ。言い方は悪いけど、実際そうでしょ?

「……ごめん。ちょっと1人にさせてくれる。あとで行くから」

「うん、分かった」

 アラムは部屋から出ていった。そして、また1人になる。

 彼の話をざっくり解釈すれば、跡継ぎがアラムしかいなくなったので、これ以上無駄な戦いをしなくて済むよう「相互の政略結婚」という名目で、私の父はサンダルシアやらと私を「交換」したのである。いくら末っ子とはいえ、「物々交換」してくれるとはなかなか頭にくる話しじゃないの。アラムがいまだに第4王子と名乗っている理由は分かっている。他国に情報を知られたくないからだ。事実上、王位継承権は生き残っているアラムにある。そりゃ、唯一残った後継者。親だってアマアマになるだろう。

「はぁ、なんかガックリきたわね……」

 再びベッドに横になった私は、天井を見ながら頭の中を空っぽにして、アラムの事だけを考えることにした。他の事なんざくそ食らえってもんだ。

「はぁ、あの坊主。私流できっちり『調教』してやるか」

 目下、楽しみといえばそれしか残されていなかった。国元にはもう帰れないし帰る気もない。となれば、この国で生きて行くしかないのだ。

「さて、アラムの部屋に行きますか。ビシバシ仕込んでやる!!」

 半ば八つ当たりなのは分かっているが、それを受け止めてくれる男に仕上げるのが私の役割だ。それ以外にやることはない。というか、考えたくない。

 私はそそくさと着替えを済ませ、アラムの部屋に向かったのだった。


 ……なんでこうなった?

 自問自答しても答えは出ない。

「はい、出来ました!!」

 家庭教師がいなくなってしまったので、代わりに私が勉強を教えている。アラムが手にしているのは、私が作成した豆テストだ。

「さて……」

 採点の結果、10問間違えていた。

「はい、10問間違い。鞭打ち10発ね」

 私は手にしていた乗馬鞭を手にしてヒュンと鳴らす。そして、なにも言わずに四つん這いになり、受ける体勢を取るアラム。……ああ、こんなはずでは。

「さぁ、いくわよ!!」

 まさか、アラムにこんな性癖があるとは……しかも8才だぞ8才!!

「ありがとうございました!!」

 丁寧に礼をするアラムに、私は何も言えなかった。これも倒錯した愛情表現なんだろうかと、しみじみ考えたりする。

 あっ、言っておくけど私はノーマルだからね!! ……多分。

「さあ、次行くわよ!!」

 ちなみに、今教えているのは歴史だ。眠くなりそうな教科だが、眠れば鞭を飛ばす私。こんなキャラだったっけ? まあ、いいや。

「こら、寝るな!!」

 バシ!!

「なんだか、これ。癖になってきました!!」

 ……いや、そこで元気に言われても……複雑。

「癖にならないでいいから、次!!」

 ここに来て思った。私がアラムを壊しているのではなく、私の方が壊されているような気がする……。

「だから、寝るな!!」

 バシ!!


 こうして、私たちの新婚生活は急速に間違った方向に進み始めたのだった。誰か直して……。

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