第4話 首切りシンシア誕生?

 柄でもないのだが、私は城の自室に閉じこもっていた。悪口を言われるくらいならどうって事はないのだが、さすがに毎度刺されていては身が持たない。アラムは勉強中だし、特にやることがない。

 ああ、そういえば大臣とつるんで色々仕掛けた住民たちは、全員王権反逆罪で死罪にしたそうだ。さすがにやり過ぎだと思うが、私でも手の付けようがないほど怒り狂ったアラム を止める事は出来なかった。

 ……任せるなんて言わなきゃ良かった。これでまた、私に対する反感が高まったことだろう。

「ほんとまあ、お子様なんだから……」

 ため息交じりにつぶやきつつ、私はベッドの上に仰向けに寝転がった。

「はぁ。この国で生きていけるのかな。私……」

 1人でいると弱音がどんどん出てくる。ただでさえ不安なのに、私の旦那は8才である。

はっきりって、不安要素しかない。そんな時だ。私の部屋のドアがノックされたのは。

「はい」

 私が返事すると、慌てた様子の女性の声が聞こえた。

「シンシア様、アラム様が倒れました!!」

 はぃ? と一瞬思ったが、私はベッドから飛び起きてドアを開けると、そこには顔を真っ青にした侍女がいた。覚えがある、アラムの身の回りの世話をしている人だ。

「倒れたって、どうして?」

 ウダウダ考えている場合ではないのだが、私は侍女に聞いた。

「はい、勉強中にいきなり……そばにいた家庭教師は、念のため拘束してあります」

 ……勉強中に倒れた。そりゃ疑われるわな。

「分かった。アラムはどこ?」

 私は乱れた服装を整え、入り口の側に置いてあった杖を手に取った。

「医務室です。急ぎましょう!!」

 言われるまでもなく急いでいる。侍女の先導で医務室まで来ると、いつぞやお世話になった老医師が額から汗を流していた。そして、ベッドに横たわっていたのは……顔面蒼白のアラムだった。

「アラム!!」

 思わず駆け寄ろうとしたが、ベッドには「回復」の結界が張られている、邪魔をしたらだめだろう。

「原因は?」

 私は短く老医師に聞いた。

「病気じゃ。これはいかなる魔法でも治らん。魔法薬が要るな」

 ……病気か、参ったな。

 いかなる高位の回復魔法でも、病を治す事は出来ない。場合によっては「蘇生」すら出来るくせに、病気には効かないのである。

「嬢ちゃん、悪いが魔法薬を精製してくれ。魔法の心得があるのなら、なんとかなるじゃろう」

 魔法薬って、鼻血が出るほど種類が多いんですけど……。

「ちょっと診せて!!」

 私は老医師と立つ場所を変わり、アラムの体に手を当てる……。なるほど。

「メルケル病ね。これならすぐに魔法薬を作れるわ!!」

 言うが早く、私は医務室の奥にある調剤室に飛び込んだ。本来は薬師の仕事なのだが、どうやら常駐はしていないらしい。

「ええっと……」

 私は在庫されている魔法薬の原料チェックに入る。メルケル病とは、主に10才以下の子供に多く見られる病気で、原因は分からないが突然意識を失い、希ではあるが死に至る事もある。

「よし、全部あるわね。じゃあ時短で……」

 私は石作りの床に杖を走らせる。杖が通った場所が白い線となって、程なく小さな魔方陣が完成した。その中央に魔法薬の材料を置く。

「はっ!!」

 気合いと共に魔方陣に魔力を送ると、辺りは淡い光に包まれ、ただの材料だったものが魔法薬へと変化していく。本来なら、これは3日くらいかかる仕事なのだが、こういう変な魔法については定評がある私である。

「はい、出来た!!」

 そこには水差し1つ分の魔法薬が出来ていた。まるで泥水のような色でコポコポ泡まで立ち、おおよそ美味しそうには見えないが、魔法薬とはまあそんなものだ。

「おっ、もう出来たのか!? いっそここで働かぬか?」

 冗談とも本気ともつかない言葉に苦笑いを返し、私は水差しを老医師に手渡した。

「では、体を押さえておいてくれ。さっそく飲ませるとしよう」

 はい、分かっております。この魔法薬を飲ませると……。

 私はこっそり筋力増強の魔法を自分にかけ、力一杯アラムの体を押さえつけた。

「行くぞ!!」

 老医師が水差しの中身をアラムの口に差し込むと……筋力増強の魔法を使っていてさえ、私は吹っ飛ばされそうになった。

 そう、派手に痙攣を起こすのである。これは、味がまずいとかそういう話しではなく……。

「お嬢ちゃんいい腕しているな。もう効果が出ている。この調子なら3日もあれば意識が回復するだろう」

 老医師はそう言ってため息をついた。

「では、お願いします。1日1回は様子をみにきますので……」

 意識が戻るまで付き添おうかともの思ったのだが、ここは医務室。老医師のテリトリーだ。ずっといても邪魔になるだけだろう。

「分かった。後は任せてもらおう」

 老医師の言葉を背に、私は自分の部屋に戻ったのだった。


「おっ、気がついたみたいね」

 ちょうど3日後、アラムはようやく目を覚ました。

「あの、僕は……」

 何が起きたか分からないといった感じで、アラムが私に聞いてきた。

「メルケル病よ。良かったわね、発見が早くて。ずっと手当してくれていたお医者さんに感謝しなさい」

「なに、ワシはサポートしたに過ぎん。そのお嬢ちゃんに感謝しなさい。驚くべき魔法薬の精製技術だ」

 ……まーたまた。おだてても何も出ないわよ。

「僕のために薬を作ってくれたのですか?」

 私を真剣な面持ちで見つめながら、アラムがそう言った。

「当たり前でしょうが、旦那様」

 やめろー、そんな真剣な目でこっちを見るな!!

「あ、ありがとう……」

 まるで蚊の泣くような声で、アラムは私に礼を言った。

「当たり前の事を当たり前にしただけよ。そんなに変な話しじゃないでしょ?」

 私はわざと視線をアラムから外してそう言った。

「……素直じゃないですね、本当に。これはお仕置き……ぶっ!?」

 私は反射的にアラムの顔面にグーパンチを放った。

「あのねぇ、8才のガキンチョになんでお仕置きされなきゃならないのよ!!」

 ……だから変なもの読むなっていったのだ。魔法薬作ってやるんじゃなかった。

「ただの冗談じゃないですか。いてて……」

 鼻をさすりさすり、アラムが半泣きでそう言ってきた。

「……まあ、そんな冗談言えるくらいならもう大丈夫ね。立てないとは言わせないわよ」

「はい……」

 アラムはゆっくりとベッドから降り、自分の足でしっかり立った。

「それじゃ、お世話になりました」

 アラムの代わりに老医師に礼を述べ、私たちは医務室から出た。

「あの、僕の部屋に行きませんか?」

 アラムが問いかけてきた。

「お仕置きされるから嫌!!」

 アラムはその場にすっこけた。

「で、ですから、あ、あれは冗談で……」

 ……フフフ、慌ててやんの。

「はいはい、分かってるわよ。じゃあ、行きましょうか」

 私はアラムの手を取り、彼の部屋へと向かった。ドアを開けると……。

「あ、あのさ、開き直ってこういう物を隠さずにおいておくのやめてくれない?」

 部屋のそこら中に散らばっているのは、懲りもせずまた集めたらしい「大人の絵本」だった。

「あっ、これはその授業の資料でして……」

 ……あほか。そんな授業がどこにある!!

「あのさぁ、嘘つくならもう少し……」

「嘘じゃありません。人生に必要だからって、先生が……」

 ……。

「死刑じゃ、そんな家庭教師!!」

 うっかり放ってしまったこの一言で、まだ牢に拘束されていた家庭教師に何が起きたのか……言うまでもない。

 これがきっかけで、私は「首切りシンシア」と呼ばれ、国民に恐れられる事になってしまったのだった。なんで……シクシク。この国ホント嫌い!!

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