第3話 異国の洗礼

 結婚生活をスタートさせたといっても、特になにかが変化したわけではない。

 アラムは時々甘えには来るけれど、私より家庭教師と過ごす時間の方が長い。8才といえば普通の学校で例えれば初等科の2年だ。これはやむを得ない所だろう。

「あーあ、なんかとんでもない事しているのかも……」

 政略結婚に愛だの恋だの必要ないといえばそうなのだが、結婚した以上愛は欲しい。しかし、相手は一桁年齢ときたもんだ。婚姻の儀を経た今でも弟でしかない。普通なら犯罪でしょ。これ。

「まあ、悩んでいても仕方ないんだけどね」

 と、部屋のドアがノックされた。この音はアラムではない。私はベッドから飛び起きた。

「はい」

「アラム様から、まだ勉強が終わらないので、シンシア様を城下町散策にお連れするよう命を受けました。いかがなさいますか?」

 おや、アラムも気の利いた事するじゃない。暇だしちょうどいいか。

「はい、今行きます」

 服はこのままでいいか。あとは……。荷物の中に突っ込んでおいた杖を取り出す。そう、私はこれでもいちおう魔法が使えるのだ。攻撃ではなく防御や回復といった地味な方面がメインだけれど……。

 一通り身支度を調えた私は、部屋の外で待機していた護衛の兵士2人を引き連れて城から出た。城下町に入ると、まあ、ヒソヒソ話が聞こえてくる。あいにく、私の耳はいい。


「ほら、あれがアラム様と結婚した物好きな姫様だよ」

「アラム様ってまだ8才でしょ? 信じられないわね」

「可哀想ね。あんな年上の娘なんて。恥ずかしくないのかしら」


 まあ、このくらいはどうと言うことはない。予想の範疇である。どこにでもアンチはいるのだ。気分を変えようと近くの屋台に向かったのだが……。

「あんたに売るものはないよ。どっかに行ってくれ!!」

 まるで汚いものでも見るかのように、シッシと手を振って見せる。しかし、護衛はなにも言わない。どうもおかしいわね。これ。

 結局、買い物もままならないまま城下町散策していくと、卵が飛んできたりアパートの上から汚水をかけられたり……もういい。よく分かった。

「城に帰ります」

 この完全アウェーは、私の精神力を十分に削ぎ落としてくれた。もういいだろう。

「いえ、姫様。もう少し……」

 護衛になっていない護衛の1人が言ったときだった。

 奇声を上げながら、ナイフを片手に突っ込んでくる男3名。

 これは想定外だったか、慌てて剣を抜こうとした護衛2名だったが遅きに失した。3本のナイフが私の胴に突き刺さった。

 ……くっ、こうなったら!!

この街の住民にもこのヘボな護衛も当てには出来ない。私は気力を振り絞って「転移」の魔法を使った。目的地は城の前。全てがアンチでない事を祈って、私の意識は遠くなっていったのだった。


「ん……」

 私はゆっくりと目を覚ました。途端に様々な記憶がよみがえってくる。そっか、私ナイフで……。そっと身を起こすと、傷口が痛む。辺りを見回すと、ここは医務室のような場所だった。

「あっ、気がつきました!!」

 少しタイミングが遅かったが、アラムの声が聞こえた。見回すとなぜか私の足の方にいる。

「どれ、出番じゃな……」

 見るからに医者という年配の人が現れ、私に強力な回復魔法をかけた。傷が塞がって行く感覚が分かる。だったら、最初からそうしろよというのは早計。回復魔法は傷を塞ぐ代わりにそれに見合った体力を消耗する。ある程度回復してからでないと、強力な回復魔法は使えないのだ。

「歩ける?」

 私はそっとベッドから降りて、ゆっくり歩いてみる。よし、問題ない。

「とりあえず、僕の部屋にいきましょう。色々とお話があるので」

 私の手を引っ張るアラムに、私は苦笑いで返した。

「色々浴びちゃったから、シャワーしてからでいい?」

 腐った卵に汚水、なぜか水に入ったドジョウ……まあ、よくもやってくれたという感じである。

「あっ……分かりました。では、部屋でお待ちしております」

 螺旋階段のようになった塔を登り、私は自分の部屋に戻った。すぐさま服を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。そこで私は初めて泣いた。声を立てないように、そっと……。


 体も気分もひとしきりスッキリした私は、服を着替えてアラムの部屋に行く。お気に入りの服だったのだが、もう捨てるしかないだろう。

「アラム、いる?」

 部屋のドアをノックしながら、私はドア越しに聞いた。

「えっ、ええ、大丈夫です!!」

 なんだ、様子が……まあ、いいわ。

「ドアを開けて入ると、アラムが不自然に慌てながらベッドに座っていた」

 ……ピーン、お姉さんスイッチ作動。

「アラム、怒らないから正直に話しなさい」

「な、何の事ですか!?」

 ……ほぅ、あくまでもシラを切りますか。

「お宝拝見!!」

「ぎゃあ!!」

 私はアラムをベッドの上に弾き飛ばし、その隙にベッドの下を漁る。あーあ……出るわ出るわ。大量の「大人の本」。あれま、なんと「オモチャ」まで。ほぅ。

「へぇ、アラムってこんな性癖していたのねぇ……。あらいや、私も染まっちゃうのかしら」

「よ、読まないで下さい!!」

 取り返すべく突進してきたアラムを片手で突っぱねて、私は「お宝鑑定」に勤しむ。

「こら、まだ声変わりもしていないのに、こういう知識は不要……とは言わないけど、極端に偏っているからやめなさい。いつも女性が『こういうこと』をしたがっているわけじゃないのよ。てか、まずいないから。こういう人」

「……はい」

 なぜかベッドで正座するアラム。うん、いい心がけね。

「それで、話しってなに? とりあえずこのお宝はボッシュート!!」

 私は転移の魔法で、お宝の山を私の部屋に転送する。

「あああ……。え、えっと、このあとで話しづらいのですが、今回の件はあなたの事を快く思っていなかった大臣が、住民も巻き込んで画策したようです。ナイフで刺されたのは想定外だったようですが、これは反王政組織の犯行と分かっています……」

 まあ、そんな所だと思った。別に驚きはしない。

「その大臣は即座に更迭されました。これでもう大丈夫だと思います」

 ふぅ、やっぱり子供ね。

「黒幕の大臣を潰したところで、また起きると思うわよ。いくら大臣が手を回したとはいえ、それだけで人は動かないわ。心にそういう気持ちがあるから動ける。さすがに殺せと言われても無理だろうけど、嫌がらせくらいならいくらでも出来る。つまり、私は望まれない客っていうわけ」

 そこで言葉を切る私。アラムは口をパクパクさせるだけでなにも言えない。

「多分だけど、今頃住民から謝罪の陳情が山ほど来ているんじゃない?」

「な、なぜそれを……」

 ほら当たった。

「分かるわよ。みんな我が身は大事だから。適当に受け取っておいて。私は読む気にもならないから、あなたの好きなように対応しておいて」

 私はため息をつく。

「実はね。1回だけ国元に戻ろうとも思ったのよ。結婚を破談にして。でも、そうしたら、これ幸いに私の国が攻められる」

「えっ、では僕と一緒にいる理由は?」

 ……馬鹿野郎。聞くな!!

「あのねぇ、今のは建前よ。本音はあなたの事を放っておけないから。姉として」

「姉!?」

 からかうと面白いわね。

「しっかりしてよ。旦那様。この程度で動揺しないの」

 そう言って、私は正座したままのアラムに軽くキスをした。瞬間、顔を真っ赤にしてベッドにぶっ倒れるアラム。やれやれ、これが初めてじゃなかろうに……。

「……ふん。負けるもんですか。意地でも居座ってやる!!」

 アラムが気絶していることをいいことに、私は本音の中の本音を口にしたのだった。


 今のところ、恋愛要素ゼロである。まぁ、いいか。

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