第2話 夫婦になりました

 国王への到着の報告や荷物の運び入れが一段落した頃、私はアラムの部屋に呼ばれた。

「ほへー……」

 アラムの部屋は、控えめに言っても広かった。私にもこれと同程度の部屋が与えられているのだから、全くこの国は……。

「さて、改めて自己紹介させて頂きます。私はアラムです。正式にはもっと長いのですが……ぜひアラムとお呼びください」

 そう言って一礼するアラム。このガキンチョのくせに、ちゃっかり王族してやんの。

「えーっと、私はシンシア。私ももっと長いけど、そう呼んでくれると助かるかな」

 私はあえて崩した口調で言った。この方が性に合っている。

「シンシア様ですね。分かりました……痛い!!」

 私はアラムにデコピンした。

「あのねぇ、自分の嫁に様は付けない。それと、もっと砕けた口調で!!」

 いかにも肩が懲りそうな口調は苦手である。王家の人間といっても、猫の尻尾である私など自由奔放に育ってしまったため、堅苦しい事が大の苦手なのだ。

「え、えっと、シンシアさ……シンシア。こ、これで、いいのか?」

 うーむ、これはなかなかの難物ね。

「まあ、第1段階としては上出来かな。頭撫でてあげるからこっち来て」

 てっきりなにか反論してくるかと思いきや、アラムは素直に私の側に寄ってきた。ちょっと驚いたが、約束どおり頭を撫でてあげる。

「なにかホッとします。これが妻を持つということなんですね……」

 なにか感慨に浸っているアラムだったが、もう口調が元に戻っている。これは生まれてからずっと仕込まれてきたはずなので、1日2日で直るものではない。まあ、このままでもいいか。妙に可愛いし。

「さて、これからどうするの? 正直言うと、どっかの部屋に軟禁という覚悟もしてきたのよ。相互で結婚。つまり、人質だから」

 私がそういうと、アラムは顔を赤くして大声を出した。

「人質なんて思っていません! 大事な人だと思っています!!」

 おぅ、こりゃビックリ。なんだ、ちゃんと口調崩せるじゃん。

「あー、分かったから」

 私はそっとアラムを抱きかかえた。すると、私の腕を掴みもっと強くと要求してくる。

 ……はいはい。

「まったく、甘ったれねぇ」

 今のところ、アラムの事を旦那様とは思えない。弟分でも出来た感覚である。

「シンシア……様じゃなかった、ええっと……」

「無理しなくていいから。なに?」

 なんとか私を呼び捨てにしようと頑張るアラムに、私は小さく笑った・

「申し訳ありません。あのよろしければベッドに……」

 うぉっ、まさか、まさか、まさかの展開か!?

「緊張しすぎて昨晩は一睡も出来なかったのです。よろしければ、その……添い寝を」

 私は思わずその場にすっこけそうになった。添い寝ですか、そうですか……。

 たったこれだけで、アラムの顔は真っ赤になっている。そんなもったい付けなくたって、添い寝くらいいくらでもしてあげるのに……。

「それじゃ、ベッドにゴー!!」

 私は真新しいシーツにダイブした。……ゴメンね。姫っぽくなくて。

「ほら、遠慮しないでこっち来なさいよ」

 私が導くと、カクカクした動きでアラムがベッドに乗った。そしてゆっくりと横になる。しっかりと掛け布団を掛け。彼をそっと抱きしめると、彼はビクリと体を痙攣させる。

「大丈夫よ。取って食ったりしないから。安心して寝なさい」

 耳元でささやき、私の母国では誰でも知っている子守歌を口ずさむ。すると、しばらくしてアラムから寝息が聞こえてきた。ふぅ、子供ねぇ。

 ……無理に明るく振る舞ってはいるが、もちろんまだ完全に吹っ切れたわけではない。何もない国だけど、母国プロサメテの方がいいに決まっている。慣れのせいと言えばそれまでだけど、まさか旦那様が8才のお子様だとは思わなかった。こんな状態で、明日はさっそく婚姻の儀が予定されている。これをもって、私たちは正式な夫婦だ。年の差婚という言葉があるが、これはちょっと無理があるような気がする。どう考えても旦那様というより弟分だ。どう気持ちの折り合いを付ければいいのか……。

 そんな事を考えているうちに、睡魔が徐々に手招きして……。

「負けるかぁ!!」

 何とか睡魔を振り切った。思わず大きな声を出してしまったが、熟睡しているようでアラムが起きる気配はない。寝る子は育つ。いい傾向だ。

 ……ってほら、やっぱり弟分扱いになっちゃうでしょ? 全くこればかりはままならない。大丈夫だろうか。本当に。

「ん……」

 その時、こちらに背中を向けていたアラムが、寝返りでこちらを振り向いた。目の前には幼さを残したアラムの寝顔……どうしよ。

 まあ、どうもこうもないのだが、とりあえずしばらく監察してみる。うん、健康そうな男の子だ。以上。 

 ……ううう、これなんか気まずい。そっか、寝ればいいんだ。寝ちゃえば気にならない。さっき追い払った睡魔来い!!

 しかし、1度へそ曲げた睡魔は来なかった。それどころか、逆に目が冴える始末。なぜか顔が赤くなっていくのが分かる。私よ、一体なにを考えている!?

 1人で勝手にパニクっていると、さらに追い打ちでアラムが私の体の上に腕をのせてきた。……寝てるわよね。本当に。

 ええい、女は度胸。やることやったらぁ!!

 私はそっとアラムの顔に自分の顔を近づけると、軽く唇にキスしてやった。ちくしょう、ファーストキスだぞ。この野郎!!

「はぁはぁはぁ……なんでキスごときでこんなに消耗してるんだろ……」

 私はややアラムを抱く腕に力をいれ、よりこちらに引き寄せると、彼の額に私の額をくっつける。なんだか、弟にイタズラでキスした気分。分かるかな?

 とまあ、そんなこんなで、アラムと過ごす初めての夜は過ぎていくのだった。


 翌日、貴族や国民の多くを集めての大々的な婚姻の儀式が開かれた。こういう形式ばったイベントは大嫌いなのだが、その主役の1人である以上逃げも隠れもできない。

 無駄に緊張したせいか、何をやったかはほとんど覚えていない。ただ、指輪交換したことと、その、えっと、改めてキスをしたことくらいだった。

「あー、終わった~!!」

 自分の部屋に戻ると、私はドレスを脱いでベッドに飛び込んだ。城下ではお祭り騒ぎをしているようだが、そんな場所に出かける気力はない。

 私はベッドの上でぐるっと回り、仰向けで自分の左手を見る。薬指にはシンプルなデザインが好印象。その代わり、材質はプラチナだったかミスリルだったか。とにかく、非常に高価なものであるのは確かだ。

「はぁ、実感ないけど結婚しちゃったのよね……」

 別に嫌なわけじゃないけど……愛情というかそんな感じのものを育む間もなく、8才の子と結婚とか言われてもねぇ。

 コンコン……

「入りますよ」

 うげっ、アラムの声。私はまだ下着!? 待って!! という暇もなかった。

「あっ!?」

 こちらの返事も聞かずにドアを開けたアラムは、そのまま硬直した。そして、盛大に鼻血を吹きながらそのまま真後ろに倒れた。

「こら、ドア閉めなさい。ってか、そんなところにいたらドア閉められない。どきなさいってば!!」

 私の絶叫が虚しくこだまする。


 かくて、私たちは無事に(?)結婚生活をスタートさせたのだった。

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