第4話 死神の正体

 それから暫くの間、静寂が続いた。ついさっき、寺務所全体が大きな揺れに包まれたのが、まるで嘘だったかのように静まり返っている。先ほどまで、空を覆っていた分厚い雲は夏風に流されて、辺りに満月の明かりが煌々と漏れ始めた。


 と、そこへ襖を開けて、この部屋に入ってきたものがある。そう、先刻、裕美を追い掛けまわし、陥れた張本人、そう死神である。

「くくくっ・・・」

畳の上に出来た、大きな穴を見つけた死神は、何やら奥歯を噛み殺したように笑い声を上げた。そして、その後ろから普段着を着た女が二人、入ってくる。


「ねえ、景子。もしかして、裕美、死んじゃったのかな?」

 後ろに居たショートカットの女が震えながら死神に訊ねる。死神はベールを外し、その中から長い髪を振ると、なんと、景子の姿が現れたではないか。景子は穴の前まで来ると、


「さあね。でも、この高さだもん。きっと死んだに決まっているわ。由佳も見たでしょ」

 由佳が渋々頷くと、景子は忌々しそうに穴の中を覗きこんでいる。そこへ、ショートボブカットの女が

「でも、本当に良かったのかな?それに学校とかにバレないよね?」

 こちらも不安げな表情で尋ねると景子は眉を吊り上げ、フンと鼻を鳴らし


「真紀。大丈夫よ。バレるわけないじゃん。自分で飛び込んだんだよ。大体、あんな女、死んで当然よ!」

 と息巻いた。真紀は、そう言われたものの不安げな表情を隠せない。由佳は

「でもさ、何も、ここまでしなくても良かったんじゃない?もう少し方法ってあったと思うし・・」

 うな垂れたまま、景子に訊ねる。

「由佳!今更、何言い出すのよ!大体さー、この計画に賛成したのだって、あんたらじゃん!」

景子は由佳を睨みつけた。そこへ真紀が割って入り


「いや、でもさー。私たち、景子が彼氏を取られたって聞いたから賛成したんだよ!それに脅かすだけって聞いてたし。でも、さっき聞いたら、裕美の方が先に、その彼氏と付き合ってたわけでしょ?全然、話が違うじゃない!」

と、ふて腐れた様子で景子を責めた。だが、景子も負けてはいなかった。


「だから、ちょっと脅かしただけじゃん!勝手に落ちたのは裕美の方なんだからね!」

そこへ由佳が泣きそうな顔で割り込んでくる。

「でも、途中で止めることは出来たでしょ!この寺務所が外から揺さぶったら、グラグラするのを知ってたのも、この穴のことも知ってたのは全部、景子だけなんだよ!本当に殺すなんて思わなかったよ!」


景子はそう言われて、鼻息を荒くしながらも一呼吸つくと、


「まあ、仕方ないわよ。もう裕美が落ちてしまったんだから、さあ、帰ろう」

と帰宅を促した。由佳と真紀は、唇を噛みしめて、うな垂れながら、大きく破れた畳の穴を見つめている。由佳は目に涙を溜めながら、


「裕美。ゴメンね。私たちが、景子に騙されたばっかりに・・・」

「本当、ゴメン。こんなことになるなんて思いもよらなかったんだ」

真紀も深い溜息をついた。一人息を荒くしているのは景子だ。


「全く!そんなに気にすることないわよ!ここの穴に落ちたら、二度と這い上がれないんだから」

そう言い放つ景子に対して、真紀は何か、疑問が生じたようで、景子を訝しげに見つめると


「ちょっと待ってよ!何かおかしくない?」

「何がおかしいのよ!」

「だって、このお寺に初めて来たって言ったじゃない!なのに、景子が何故、この寺にそこまで詳しいわけ?ここが寺務所だとか、この真ん中に穴があるとか、判らないはずじゃない?」


そう言われて、景子の肩が震えた。由佳も

「そう言われれば、そうよね?何で、景子が、そこまで詳しいのよ!」

追い打ちをかけた。景子の顏が紅潮し始め、全身が震えていく。

「そんな事、あんたらに教える筋合いはないわね!ふざけた事言っていると、あんたらも、あの穴に落とすよ!」


 そう言って、由佳と真紀を鋭く睨みつけたのだ。由佳と真紀は、その目に宿る狂気に体を硬直させ、何も言えなくなった。と、次の瞬間だった。


 突然、穴の中から白いものが伸びて来たかと思うと、景子の両足首をガッチリと掴んだのである。

「うわっ!なによっ!」

呆気にとられた景子が後ろを振り向こうとしたのだが、両足首を掴まれたまま、穴の中へと一気に引きずり込まれる。


「わっー!ちょっと何をするの!」

景子は畳の縁を両手の爪で掴んで、必死に穴に落ちまいと抵抗する。由佳と真紀は、その様子を茫然と見ているしかなかった。


「早く助けてー!由佳!真紀!」

景子が足をバタつかせて叫び続けるのだが、由佳も真紀も恐ろしさのあまり動けなかった。そこへ衣類が破れ、生肉を切り裂くような音が続いた。そして、ガリガリとした骨がぶつかりあうような音まで聞こえ始めたのだ。


「ぎゃぁぁぁ!」

 景子の絶叫が部屋中に響いた。景子は苦悶の表情を浮かべて、かろうじて爪を立てて畳に、しがみついているのが、やっとのようだった。由佳と真紀は口元を手で抑えながら、一体どうすれば良いのか、判らず、ただ涙を流しながら、嗚咽を漏らすしかなかった。


 肉を裂き、骨をしゃぶるような音が続いていく。その音は部屋全体に響いた。やがて、景子の意識が朦朧となり、力尽きて、その穴に吸い込まれるように落ちて行ったのである。


 と、その時だった。床の間の影から飛び出してきた一つの影があった。その影は、泣きじゃくる由佳と真紀の裾を引っ張ると、襖を破って、隣の部屋へと押しやったのである。

「うわっ!なにをするの!」

「やめて!」


 急の出来事にパニックに陥った二人は泣き叫び、四つん這いになりながらも、必死で寺務所の外へと逃げようとしていた。だが、窓の月明かりに照らされた、相手の顔を見た時、二人は目を丸くしたのである。

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