第3話 深い穴
私は壁際に体を寄せて、窓の外を見た。死神の姿は影も形も無くなっていた。やっと肩の力が抜け、
「はぁー。やっと、どっかへ行ったわ・・・」
心から安堵している自分がいた。無論、この状況で安堵している暇などないのは判っている。あの恐ろしい死神がいつ、戻ってくるか分からないからだ。
「裕美、裕美!大丈夫?」
景子の小声がスマホに戻ってくる。
「ええ、何とか。でも、今から、どうしたらいいのか・・」
私が思案に暮れていると、
「寺務所の奥へ行って。そして、畳部屋の真ん中くらいに大きな穴があるから、そこから逃げるの」
「えっ?そんなところから?」
「だって、その寺務所には、他に出口が無いもの。それに早くしないと、死神が寺務所の周囲をうろついているわよ」
確かに、そう言われれば、死神が、いつ襲ってくるか判らない状況で、ここに留まっているのも得策とは言えなかった。
「判ったわ。じゃあ、隣の部屋に行くね」
そう言って、私は重くなった脚を引き摺りながら、寺務所の奥にある部屋を目指すことにした。
部屋の中は暗黒の闇だ。その暗闇に、ようやく私の目が慣れてきたのだが、外から射し込んでくる、うっすらとした光のみが頼りだ。この明るさでは、柱の位置が判るぐらいであった。天井の梁が少しだけ見える。古い木造の日本家屋特有の臭気が辺りを包んでいる。
目を凝らしてみると、この部屋は板張りと畳が混在しているようだった。畳は腐敗が進んでいるようで、所々歪んでいるように見える。私は、その歪みを避けながら、奥の部屋へと続く襖を開けた。
そこには六畳ぐらいの畳部屋があった。破れて今にも壊れそうな障子から外の光が漏れており、この部屋の惨状を見ることができる。この部屋の奥には床の間があり、掛け軸でも掛けてあったはずの土壁は、大きく剥がれ落ちて、粉々に散乱していた。また、床の間には長さ一メートルほどで木彫りの大きな鯉の像が置いてあり、不気味さを醸し出していた。
そして、その部屋の中央部を見ると、畳が大きく下側へと歪曲してへこんでいるのが見える。どうやら、景子が言っていた穴とは、この部分らしい。
「っていうか、景子、穴ってここなの?畳が敷いてあるよ。これ?どうすればいいのよ?」
私は景子に、つぶやくように聞いた。すると、景子は
「思い切り、ジャンプして、そこに飛び込むのよ!そうすれば、裕美は助かるわ」
と言うのである。
だが、私は、どうにも不可解な疑問があった。そう、私たちは、初めて、この廃寺に来たのだ。それなのに、景子は何故、ここに穴があると知っているのだろうか。と、思っていた次の瞬間だった。
突然、”ドーンッ!”という音とともに、この寺務所全体に大きな振動が起こったのだ。腐敗した畳が揺れて、天井から綿埃が落ちてくる。思わず、私は口を手で押さえ、激しく咳込んだ。
「ゴホッゴホッ!な、何っ!どうしたって言うの?」
部屋の外の窓から青白い光が射しこんでいるのが見えた。私が咄嗟に窓の外を見ると、真っ黒なベールを被った死神が、こちらを覗いているではないか。
「し、しまったっ!見つかった!どうしよう・・・」
私の鼓動が急ピッチで上がる。その時、スマホから景子の叫び声が聞こえた
「早く!裕美!そのまま飛び上がってっ!畳を破るのよ!急いで!」
「えっ!でも、ちょっと・・」
躊躇していた私だったが、寺務所が再び大きく揺れた。
「早く!急いで!もうすぐ、死神が来ちゃうわよ!」
慌てたような景子に急かされて
「ああ、わ、判ったわ!」
そう言うと、私は意を決して大きく跳ねあがった。着地と同時に畳が裂けて、大きな穴が広がる。だが、穴の深さは相当なもののようだ。
「うわあぁぁぁ・・・」
私は力の限り叫ぶ。重力が掛かり、下に叩きつけられた時には、すさまじい轟音が鳴り響いた。
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