第2話 青白い死神
とにかく、私は大きく息を吐き出した。全身の硬直が一気に取れた。目からは熱いものが溢れそうになっている。
「な、何?今の・・・」
私は一体、何が起こったのか判らなかった。私の脈が激しき耳元で鼓動を鳴らし、全身が小刻みに笑い始めた。私は震える唇を何とか噛みしめながら、一息を飲み込んだ。
「も、もう、無理・・・」
夏の思い出の肝試しとしては、最悪なシチュエーションだ。もしかして、先ほどの女の霊が私に憑りついたんじゃないか、という不安も大きくなっている。だが、これ以上、先に進む事は、かなり危険だと感じる。
いくら夏休みの思い出は言え、これ以上、景子のわがままに付き合う筋合いはない。しかも、景子が言うには、このお寺は、何でも十五年前に私たちと同じ歳ぐらいの女子高校生が殺害され、肝試しが多くなったことから数年後に廃寺となった、いわくつきの寺なのである。
私はスマホを取り出して、景子に電話することにした。正直、景子たちにバカにされそうで、悔しい想いもあるのだが、それどころではないのだ。
(景子。悪いけど、リタイアするよ)
頭の中で景子にどう言おうか、悩んでいると、暗闇の中から生暖かい不気味な風が私の頬と髪を撫でてきた。
「もう、早く帰りたい」
コール音が鳴っているのだが、中々、景子が出てこない。
「もうっ!どうなっているの!」
私は恐怖のあまり苛立ちが頂点へと差し掛かっていた。
「早く出てよ!早く!」
一度、切り、私はスマホのメイン画面を見直した。アンテナは、わずかながら一本立っている。特に、メールも来ていない。
「ああ、もういいか!さっさと降りよう!もう、あとから説明すればいいでしょ!」
私は景子にブチ切れながら、急いで降りる決心をして、降りようとした、その時だった。スマホが振動し、景子から電話が掛かって来たのだ。
「もう!どうしたのよ!」
と言った先から景子が
「裕美!早く、急いで!上に登って!アンタ、後ろから追われているよ!」
「はあっ?何、追われてるって?大体、何で早く出ないのよっ!」
「そんな場合じゃないって!後ろを見て!」
「はあぁ?」
私は後ろの竹林をライトで照らした。すると、どうだろう。下の方から登ってくる青白い光が見えたのだ。それは、まるで幻影のように左右に揺らめきながら、こちらへと近づいてきていた。
「えっ?!あれは、一体っ、何っ!」
私は、その青白い光を放つ物体から目が離せない。だが、その青白い光の物体は私を見つけたのか、勢いを増して近づいてくるではないか。
「もうっ!早くっ!裕美!急いで!」
「ああっ!もう!」
もう、私は訳も分からず、咄嗟に上に向かって走り出した。先ほどまでの脚の痛みなど消し飛んだかのように、枕木を踏みしめて走る。とにかく全力で走る。だが、徐々に背後に迫る青白い光が私の薄い影を作っているのが見えるのだ。
「ヤバい!ヤバい!ヤバい!」
まるで念仏のように唱えながら、呼吸を乱して、ひたすら走った。そこへ景子が
「振り向かずに走るのよ!」
「判ったわよ!で、どうすればいいのよ!」
「とにかくお寺の方に向かって!」
「はいはい!」
私は無我夢中で息を切らせて走った。手に持ったLEDライトが上下に揺れては竹林の間を光が貫く。私は目の前の枕木と砂利を飛び越えて走る。それなのに、青白い光が作る私の陰影は黒くなっていく。ドンドンと距離を縮めて来ている証拠だ。
私は一目散に走る。走る。息が切れそうになるが、恐怖だけが脚を動かす原動力になっているのだ。既に脚は腫れ上がっているのか、脹脛(ふくらはぎ)がパンパンに張っているのが分かる。やっと、先ほど見えた苔の生えた石段が目の前に姿を現した。
「ぬぉぉぉ・・・」
言葉にならない、呻り声を上げて、私の脚力をフルに生かして階段を二段跳びで駆け上がった。山門をくぐると、目の前には四角い石畳が敷かれていた。私はスニーカで思い切り、石畳を蹴り上げていると、
「裕美!あそこよ!あの寺務所の中に隠れてっ!」
「えっ?!寺務所って、どっちよ!」
私の目の前には長い平屋の木造建築物が二棟横並びで建っていたのだ。
「奥の屋根が瓦の方よ!」
「うん、分かった!」
私は手前の平屋を過ぎ、奥の建物へと一直線に向かった。私がその建物の前を通過しながら、確認すると、格子状の窓ガラスとガラスの割れた引き戸があるのが見えた。
「どっちから入ればいいの?」
「あの四角い窓から入って!」
もはや、一刻の猶予も無い。既に、私の真後ろまで青白い光を放つ奴は接近していたのだ。
「ええいっ!」
私は、思わず、窓ガラスの格子部分に手を掛ける。すると、その窓は簡単に開いたのだ。私は、咄嗟にその窓から寺務所の中へと飛び込むように転がり込んだ。
すると、ガラス越しに真後ろから追いかけていた青白い光の正体が見えたのである。頭から、すっぽりと真っ黒なベールに覆われ、右手に鋭い鎌を持っていたのだ。しかも、その姿は青白い光を纏っており、窓の外で、うろうろしながら部屋の中の様子を窺っているようだった。青白い光のお蔭で、少しだけベールの下が見えたが、思わず私はゾッとした。それは、昔、童話で見たことのある死神そのものだったのだ。
私は、ゆっくりと部屋の隅へと移動して、暗闇に紛れると、板張りの床に伏せた。腐りかけた床の臭いとカビ臭が鼻孔に入ってきて、むせそうになる。しかも、かなりの間使われて無かった証拠に埃が積もっていた。私の鼓動は高まったまま、息切れする喉を何とか納めていく。ただ、額から流れる汗が床を濡らしていくのは止められなかった。
それから、暫くの間、窓の外をうろうろしていた死神は何故か、窓から入ろうとしなかった。そして、諦めたのか、ゆっくりと東の方へと去って行った。
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