(5)エミーリア・ソーン


 エミーリアは この相手には必要ないと判断し、礼を取らず、はっきりと その眼を見据えて答えた。

 「良いでしょう。承知致しました」


 婚約破棄男は、まさか何の反論もなく承認されるとは思っていなかった。あっけない回答に言葉が出ない。


 その時、婚約破棄男の取巻きの1人が護衛騎士に取り押さえられた。


 当然の処置だ。制御の不完全な魔法の使用は、れっきとした犯罪なのである。

 婚約破棄男達は、教唆きょうさも 実行犯と同罪になるという事を忘れているようだ。いや、最初から知らなかった可能性の方が高い。


 その時、エミーリアは婚約破棄男の 取巻きの中にいる1人の令嬢に気付いた。


 あれ? なんだ、そう言う事か。と、納得した。これは とんでもない誤解であったのだが。


 婚約破棄男を無視して、エミーリアは その横を通り抜け、王国閣僚の1人を呼んだ。

 「司法局長官殿。婚約破棄には理由があると思われます。してください」


 彼女は司法局長官に 自らが持っていた、自分の行動記録用端末型魔法具を渡しながら、王の表情を再確認した。

 彼は大きく目を開き、肩を竦めていた。やってしまえ、ということだ。


 「婚約そのものは解消済みでは あるものの、不問にする訳には まいりません。賠償も含めて細かい事は任せます。

 必要であれば、この端末を閲覧る事を許可します。

 尚、必要な場合は 私への直接確認も許します」


 指示を終えて、エミーリアは王族と3公、義父のいる席に向かった。


 司法局長官は、彼女に貴人に対する礼を取って、すぐに事情聴取を始めた。

 もちろん 彼は端末を覗くような事はしない。それは もしもの場合の最後の手段だ。

 だが この場合、それは必要ないであろう事を、彼は確信していた。


 何を考えているのだ、このバカ者共は。

 事情聴取をしている 司法局長官の傍に立つ財務局長官は、その内容を聞き、苦々しく思いながら支出額の試算を始めた。


 不敬罪。故意の誤報による名誉棄損。一方的な婚約破棄による諸経費の賠償。これだけでも とんでもない金額になる。

 これらは国庫から支出する事になるだろう。

 財務局長官は額に深い皺を浮かべながら、それだけでは済まないことを知っている。


 制御不全な魔法行使の実行犯と教唆、公文書偽造に偽証罪も含まれそうだ。

 貴族位完全剥奪だけでは済まされない。

 東公国国主代行権を持つエミーリア嬢は『証拠を以って明確に』と仰せだ。妙な情けを掛けて 半端な処分をすると、国際問題になる。


 財務局長官は、そっと司法局長官の方を窺った。犯罪者となった彼等(婚約破棄男を除く全員)に、どのくらい賠償能力があるのだろうか。


 司法局長官は彼等の話を聞き、証拠なるモノを確認して頭痛がして来た。

 王位継承権を剥奪されたとはいえ、当国の第1王子。そして彼も その取巻きも、全員15歳以上、明らかに成人である。

 未だ学生であるという事は この際関係ない。全く酌量の余地は認められない。


 「君達は分かっているのか。君達が話している言葉は、全て証言として記録されているのだよ。

 証言は証明出来ない時点で虚偽とされ、それだけでも犯罪だ。

 いつ、どこで、何があったか、最低でも これだけは客観的に証明しないと証拠にはならない。

 君達が提出した これらの書類も正確なものでなければ文書偽造で犯罪だ。

 ……しかし、今更どうしようもないが」


 婚約破棄男と その一味は、警備隊に拘束された状態で その言葉を聞いた。いくら愚かな彼等でも、これで終わりだという事を悟ったようだ。


 エミーリアは思い出したように 婚約破棄男達にではなく、警備隊の1人に注意を促した。

 「そこの御令嬢は妊婦です。乱暴に扱わないよう注意してくださいね」


 婚約破棄男と令嬢の顔色が変わり、同時に取巻き連中の顔色も真っ青になった。


 エミーリアは彼等を見ていなかったので それに気付かなかったし、後のドタバタについても永久に知る事はなかった。

 なぜなら彼女には もう全く関係のない事だったからである。


 エミーリアは、そのまま王族達の席に向かった。

 本日の用件の1つ、4箇月も放置されていた、文書による『婚約解消の通達』は終了していたのだ。


 例えそれに 予期しない余興イベントが加わったとしても、結果が同じであれば良いのだ。


 彼女には そのような些細な事に拘りはなかった。


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彼女は、悪役令嬢になどならない --それは既に決っていた- 芦苫うたり @Yutarey

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