第3話 その魔導書探します

「悪い、今回はこれしかないんだ……」

「気にすんな。もちつもたれつだろ」

 俺はガサガサと、中身の見えないビニ─ル袋に入ったブツを受け取る。

「その代わり、来週の講義」

「分かってる。うまくやっておくから」

 悪いな、と気弱そうな男が頷く。



「次の依頼が決まったわ」

 さっそうとマリ─が現れた。

 やべっ、と友達は休憩室に引っ込む。

「……お前、していいことと悪いことがあるぞ」

「こっちのセリフよ。明らかにグレ─ゾ─ンじゃない」

「俺が空腹で死んだら、あいつは罪に問われるんだぜ」

「それを本人に言ったら脅迫罪が成り立つわね」

「負けず嫌い」

「へそ曲がり」

「……」

「……」

「んで? 」

 俺は賞味期限が切れた唐揚げ弁当のラップをはがしながら、話の先を促す。

「今度はどこで、何をするわけ」

「聖アリス女学院で、魔道書を探すの! 」

 おっ、レモンをご飯にかけちまったぜ。



 聖アリス女学院。ここは近所でも知らないものがいないくらいの名門女子高だ。中高一貫の教育に評判があり、学歴だけでなく立ち居振る舞いも評価されているとか。その分カリキュラムはきつめにくまれており、毎週茶道の授業が必須となっているらしい。

 なんで俺がこんなに詳しいというかと、身近に在学生がいたからだ。マリ─はここの生徒だったのだ。

「驚いたぜ」

 紺色の制服に身を包んだマリ─を見て、俺はつぶやく。

「お前でも入れるんだな」

「何よ失礼な」

「悪い」

「……本当にそう思ってる? 」

「ちょっとだけ」

「ふん」

 マリ─はプリプリ怒って、俺の前を歩き出す。

「私、頭いいんだからね」

「いや、そこは疑ってないよ。ただ、あれだろ」

「あれってなによ」

「素行が悪い」

「……」

 あぁ、自覚はしてたんだ。

 そんなくだらないやり取りをしていると、学校の正門の前についていた。

 看守……じゃなくて警備員の人に声をかける。マリ─は学生証を見せると、笑顔で先をうながした。俺もそれにならい、右手で手刀を切ってとおり過ぎようとする。

 肩を掴まれた。そりゃそうだな。

「あなた、身分を証明するものはありませんか」

「ないこともないけど」

 正門前の室内に詰めている警備員が、受話器を持ち上げるのが見える。これってやばいパタ─ンじゃねえ。

「助けてマリ─」

 俺がすがるような視線を送ると、マリ─が俺の隣まで来て腰の低さまで頭を下げた。……器用に俺の足を踏みながら。

「すいません、私の叔父の息子の嫁の弟の知り合いなんです。将来教師を目指してるらしくて、どうしても名門校の現場で勉強してみたいって。今から校長先生に直訴に行くところなんです」

「へぇ─、教師ねえ」

 警備員のぶしつけな視線が頭からつま先まで。

「今時、こんなのでもなれるんだ」

 正直、俺は別にイラっとしなかったんだ。

 だって俺はス─ツを着ているわけでもなかったし、よれよれのTシャツに色あせたジ─ンズ。ボロボロの靴。身分証も見せない。それじゃあ怒られたってしょうがない。

 だから、マリ─が怒ったのは意外だった。

 ピキッと空気が凍ったような気がした。俺の足の痛みがなくなる。マリ─が一歩前に出る。

「あんたねぇ。この人がどんな人だっていいけど、どうして人の夢を馬鹿にできるの? 」

 剣幕に気圧されて、警備員が一歩うしろに下がる。

 逃さぬとばかりに、マリ─はもう一歩前に踏み出す。

「あんたは教師を馬鹿にしたの?

 それとも教師を目指すこの人を馬鹿にしたの?

 どっちでもいいわ。謝ってください」

「……いません」

「声が小さい! 」

「すいませんでした!」

 警備員が謝ると、マリ─は一転して花のような笑顔になり、

「お勤めご苦労様です。いつもお世話になってます。

 みなさんのおかげで、私たち安心して学校に通えるのだから」

 と頭を下げた。


 あぁ、だからさ。こういうところを見てるから。「本当にこいつを入学させた学校は大丈夫なのか」って心配になっちゃうのよ。



 案内された先は、図書館だった。途中、やはり俺の姿があまりにもみすぼらしかったらしく、体育教官室から、教師用のジャ─ジを持ってきた。まだ真新しい緑のジャ─ジのほうが俺の私服よりもマシらしい。否定はできない。

 肝心の図書館だが、

「すっごい広い」

 という子供並の感想しか出てこない。建物は3階まであり、地下の閲覧室は許可が必要らしい。

「学校自体が古いからね。蔵書も比例して増えたらしいわ」

「んで、今回の依頼人は誰なんだ。魔道書とか言い出したクレイジ─ソルトは」

「あの、私です」

 受付にいた女子生徒が、おずおずと手をあげる。

 ピンク縁のメガネをかけ、髪を両脇で束ねている。

「おっと失礼。クレイジ─ソルトは世界に誇る文化でしたね」

「今回はノ─コメント」

 逃げやがったな。パスは3回までしか認めね─ぞ。

「それじゃあ棗さん、話してちょうだい。

 あなたここで何を見て、何を探してほしいのか」





 あの、私図書委員をやって、本を読むが好きだから、それは全然苦じゃないんですけど……、一冊だけ変な本があって。こんな立派な図書館だけど、本を借りてく人って固定化されちゃうから、だいたい顔と名前を覚えてるんです。けれどその本は毎月貸し出されて、返却されてる。……私、だいたい返却業務もやってるです。毎日放課後に来て、本を一冊ずつ棚に戻していくの。

 けどその本はいつも勝手に戻っていくんです。


「……これは俺たちの管轄外じゃないのか」

 マリ─は鼻で笑う。

「私たちの管轄内の仕事って何なのよ」

「それもそうか」

「とりあえず、その本を持ってきてもらってもいいですか? 」

「分かりました」

 たたた、と小走りに、棗さんは本を取りに行く。


 持ってきたのは「世界魔法大全」と書かれた、ハ─ドカバ─の本だった。

 俺は右手をかざして「むむ」と声を出す。

「この本には魔力がこもってるみたいだ

 自分で歩き回ることができるみたいですよ」

「やっぱり! そういうのわかるんですか? 」

「いや、正直全然」

「馬鹿」

 パスん、とマリ─が持っていた帽子で俺を叩く。

「その妙なノリのよさで前回失敗したじゃない。反省を生かしなさいよ」

「ありゃ─俺が悪くねえよ。犬がいたんだ。目が真っ赤な犬が」

「いぬぅ? あんたに犬の違いなんてわかるのかしら。

 どうせ怖くて見間違えただけでしょ」

「どこまでチキンなんだよ俺は」

「あのぅ」

 おずおずと、棗さんがペ─ジをめくる。

「でもこの本、すごくめくった跡がついてるんです。

 だから誰かが借りただけじゃなく、ちゃんと読んでるみたいなんです」

「どう思うワトソンくん」

 俺は本を受け取り、マリ─に渡してやる。

「ホ─ムズ、この謎は私には難しすぎるよ」

 お前もすぐノるじゃね─か。

「とりあえず貸出表を見よう」

 俺は背表紙側から本をめくる。たいてい図書館のほんなら、裏表紙のあたりに「誰が借りたか」を書く紙が入ってるはずだ。

「ないな」

「今はもう電子化されて、バ─コ─ドで管理してます」

「じゃあそっちから検索できないの? 」

「残念ながら」

「今回も万事休すだな」

「早すぎ」

 俺は両手をあげる。

 マリ─がアゴに手をあてて考える。こいつ、たまに真面目だよな。

「2つ可能性を思いついたけど」

「2つ? 」

「記録に残るのが嫌な誰かが借りていった。

 もしくはイタズラ」

「イタズラ? 」

 さも心外だとばかりに、棗さんは声をあげる。

「そ。こういうオカルト系の本が、今みたいにあったりなかったり、不思議な現象が起きたら、噂になるじゃない。そういう愉快犯がいるのかなって」

「う─ん、ありえなくはないですけど」

「聞いてみるか? 地道に」

「……消極的だけど、それしかないでしょ」

 俺とマリ─は、棗さんに思い当たる人物(それも結構偏見だが)をピックアップしてもらい、一人ずつあたることにした。


「世界魔法大全? 」

 ピックアップされた10人中みなが、こういう反応をする。知ってるけど、わざわざ図書室から借りないよ、と言われた。たしかにな。

「あそこで聞いてみれば? 」

 最後に聞いた長髪の女の子が、「オカルト研究部」の存在を俺たちに教えてくれる。

「学校非公認だからね、あまり活動はしてないみたいだけど。

 結構やばいこともしてるらしいよ」

「活動日は? 」

 マリ─が女学生に質問する。

「毎週水曜日の放課後。部室棟の2階の廊下の一番奥でやってる」

「ちょうど今から、じゃ間に合わないか」

「今度にするか」

「仕方ないけどね」

「ねえねえ、マリ」

 女学生がマリ─を脇へと引っ張っていく。

「あんな先生いたっけ? 見たことないけど」

「ええっと俺はマリ─の兄の姉のおばちゃんがおねえちゃんで」

「あんたたまに本当に馬鹿になるわね」

 マリ─が溜息をつく。

「なんでもないの。気にしないで。来週の水曜日過ぎたらいなくなるから」

「そう? でもマリが男の人と仲良くしてるのあんまり見ないから、なんか新鮮」

「へへっ」

「照れなくていいから」

「……デカくゴツくて、……いい人そうだし、よかったね! 」

「お嬢さん、性格がいいのは分かったけど顔をみて何も触れないってのは一番傷つくぞ」

「じゃあね─」

 笑顔で去っていく。

「まあ、また今度にしましょうか」

「せやな」

「私はあんたの顔好きよ。ブルドッグも好きだし」

「……お前のフォロ─は辛口なんだよ」

 カップラ─メンばかり食べて栄養失調になった学生がいるらしい。信じられんね。かわいそうな食生活だと思う。冷凍うどんという完全食があるのに。長ネギを添えるだけで栄養満点。

 俺は冷蔵庫をあける。二日前に買ったネギがしなびていた。けど問題なさそうなので、包丁で切って全部いれてしまうことにする。なべのお湯がわいた。冷凍麺を袋から開けて、鍋にいれる。


 鼻歌を歌いながら茹で上がるのを待つ。


「……なんか、寂しいわね」


 ふりむくと、玄関にマリ─が立っていた。

「勝手に入るなよ。チャイム押せよ」

「押したわよ。鳴らなかったのよ」

「声かけるとかノックするとか色々あるだろ」

「どっちもしたけど反応なかったから入ってきたの」

 マリ─は両手に持っていたス─パ─袋を玄関におく。

「これ、子犬を助けた時のお母さんから。あんたの話をしたら、是非って」

「ど─も。人助けもするもんだな」

 その言葉に、特に他意はなかったが。

「でしょ」

 すごく嬉しそうなマリ─の顔に、俺は何も言えなくなる。

「ま、用事はそんだけだから」

「お茶でも飲んでく? 」

「あるの? 」

「……水なら」

「帰る」

 ばいばい、とマリ─は手をふる。

「今度までに準備しとくぜ」

「ぜひそうしてちょうだい」

 マリ─を玄関口で見送って、俺はス─パ─袋の中身を確認する。

 日持ちのするじゃがいも、たまねぎ、にんじんなどの根菜類に、栄養満点のたまご、なっとうまである。なかなか通な買い物をする人だ、と俺は顔も知らぬおばさんを尊敬する。


「あれ?」

 一通り袋から野菜を出し終えると、中に入っていた紙切れに気づく。

 それはレシ─トだった。

 普通レシ─トなんかいれるか?

「まあいいや」

 ハラが減っては戦ができぬ。

 とりあえず俺は茹でたてのうどんを食べることにした。カシャっと、その上に卵をそえる。



 改めて聖アリス女学院に向かう。今度はしっかりス─ツできたぞ。顔見知りの警備員さんにも頭をさげる。少しずつ俺も成長してる気がする。

 今度は部室棟で待ち合わせだ。俺は校舎棟をぐるっと周り、体育館の脇にある部室棟へと向かう。

 三階建ての部室棟に入口で、何やらもめているようだ。……しかもその中心にいるのは、どうやらマリ─らしい。


「あんたのせいで、オカルト研究部が迷惑してんのよ」

「迷惑って。棗さんは真面目にやってるだけじゃない」

「真面目にもほどがあるっていってんの! 」


 どうやら、前回来た時に「本がなくなる」という話が教師のところにまでいって、矛先が非公式のオカルト研究部にむかったらしい。その苛立ちを、マリ─にぶつけてるようだった。

 ……本人たちだって、マリ─が悪くないのを分かってるだろうに。

 俺はやれやれとため息をついて、集団の中に割って入る。

「すまんね。マリ─、遅れた」

「……いいわよ、別に」

「何かあった? 」

 二人の女子生徒は、今度は借りてきた猫みたいに静かになる。

「何も。ただこの人たちがいちゃもんをつけてくるから」

「いちゃもんじゃないわよ。だってせっかく研究会から部活になろうっていう時期に、

 こんなことされた承認されなくなっちゃうじゃない」

「え─っとつまり、」

 俺は頭をかいた。

「犯人がわからなくて、君らは困ってるわけだ」

「そうよ」

「俺らも、その犯人を探してる。

 つまりそいつが見つかればみんなハッピ─になれる。

 ……間違ってる? 」

「……」

「……」

「だから悪いな、今回は見逃してくれよ」

「しょうがないわね」

 するどい一瞥をマリ─に送ると、二人は部室棟の中に入っていった。

「大変だったな」

「別に。慣れてるし」

「いじめ? 」

「ううん」

 マリ─は自分の髪の毛を示してみせる。

「こういうの、嫌いな人って結構いるから」

「わかるわかる。俺もデカくてよく言われたよ。

 そういうのってだいたい嫉妬だからな─」

「あんたのとは違うわよ。

 ……でもありがと」

 じゃがいもの恩ぐらいは、返さなきゃな。



「今週までに変わったこと? 」

 棗さんは俺らの質問に、首をかしげる。

「う─んと、特になかったというか。

 むしろうわさになって広がって、みんな面白がって借りてくようになっちゃいましたよ」「……それは地味に痛いな」

「今は本棚に? 」

「ええ、今日来るという話を聞いてたんで。私が借りておきました」

「さすが」

 マリ─が掛け値なしの賛辞を送る。

「でも、どうやらオカルト研究会じゃなかったみたいだし……。また探すのが難しくなりそう」

 表情を曇らせた棗さんに、俺はいう。

「燃やそうぜ、その本」

「あんた、何を……そういうことか」

 マリ─は一瞬にして俺の意図を把握したらしい。

「いい案かもね。乱暴だけど」

「やってみる価値は? 」

「ある」

 いってマリ─は笑った。




 ピンポンパンポン。

 放送が流れる。

「え─ただいまより、図書館の不良本を廃棄いたします。もし在校生の皆様でほしいかたがいればお譲りします。場所は──」


 体育館裏に、焼却施設があって助かった。

 俺らはとりあえず例の本が含まれる「セ」行の本を焼却炉の前に運び込んだ。


「誰かくるかしら」

「分かりやすい餌だからな」

「どういうことですか」

 一人おいてけぼりな棗さんに、マリ─は説明する。

「う─ん、前回の時点でわかったのは、この本がないと困る誰かがいるってことだけ」

「だから燃やしちゃうんですか? そんなに分かりやすく、こっちに来ます? 」

「そりゃ、やってみなきゃわかんないけど」

 放課後だからか、興味本位で生徒が集まってくる。……けれど野次馬ばかりで、誰も本を持って帰ろうとしない。もし俺が犯人なら。想像を膨らませる。この場をきっと、


「こら、お前ら何やっとる」


 そこに現れたのは、少しお腹が出ている、中年の教師だった。紫色のポロシャツを着ている。

「ちゃんと許可を取ったのか。本を捨てるにしたって、学校の財産なんだから、届けなきゃダメだろう」

「すいません」

 棗さんがシュンとして、謝罪の言葉を口にする。

「勝手なことするなよ。それから音都谷。お前も何やらやっとるらしいが、

 変なことせんでいいからな」

「はい」

 しおらしくマリ─が頭をさげる。

 その中年の教師と、目があう。教師が俺をみて何かを言おうとする。……が、残念ながら俺は関係者じゃない。とりあえず「すいません」と謝っておく。満足したのか、教師はどこかに去っていく。



「結局、捨てられませんでしたね」

 棗さんは残念そうにいう。

「問題ないよ。誰が犯人かはわかったし」

「本が呪われてるから、燃やして浄化するんじゃなかったんでしたっけ」

「……いつそんな話になったんだ」

 俺は本が積まれた台車を押しながら、説明をする。

「もし俺が犯人なら、難癖をつけて焼却処分自体を止める。

 自分で本をもらいにいくのはリスキ─だ。自首するようなもんだから」

「だから、先生が犯人だっていうんですか? 」

「それは、本人に聞いてみましょう」

 ガタン、とわざと音を出して本を床に落とす。何かがぶつかる音が、図書館の奥のほうから聞こえた。

「先生、いるんでしょ。説明してくださいよ」

 俺の声に、さきほどの先生はおずおずと出てきた。

「さあ、話してもらいましょうか。どうしてこんなことをしたのか」


 根室太は次のように語る──。

「あの本、実は私が書いたんだ。

 ……若気のいたりっちゃそうなんだが。なんせ20年も昔の話だ。

 もう絶版になって目にすることもないと思っていたんだがな、ここの学校にきて久しぶりに目にして。そしたら気になるようになってしまった。

 何にかって? 私の本、誰かが読んでくれてるのかなって。

 やっぱり本は読んでもらってなんぼだし

 定期的に借りて、チェックするようにしてたんだ」

「どうして手続きをふんでくれなかったんですか」

 いいぞ、正論だ。

「あの、その、それはやっぱり恥ずかしくて。自意識過剰みたいじゃないか」

「私に一声かけてもらえれば、協力したのに」

 棗さんが口元を抑えながら笑う。

「先生、オカルト研究会の顧問をやるんでしょう? 」

「そうなんだ。だから、あまり騒ぎにもして欲しくなくて」

「素敵な趣味なんだから、もっとオ─プンにしたらどうです? 」

「……考えてみる」

 高校生に諭される中年男の図、というのがなかなかシュ─ルである。

 けれどこの先生も根は悪い人ではないのだろう。

「これにて一見落着、かな」

 俺はため息をついた。




 棚から出した本を戻す作業をしなければならない。

「ぜ、ぜ、ぜ、……全国地図」

「ぜ、全国神社図鑑」

「ぜ、ゼッケンのつくり……ああめんどくさい! 」

 さきに飽きたのは俺のほうだった。

「今回の依頼の中で一番めんどくさいぜ」

「まあまあ。あとちょっとで終わるんだから」

 マリ─がなだめてくる。

「それにしても、変な本よね。表紙に赤い目が書いてあるなんて。

 なんか妙にリアルで気持ちわるいし」

「赤い目? 」

 俺はマリ─の持っている「全国魔法大全」を見つめる。

 凝った表紙だとは思ったが、特に「目」が書いているように見えない。

「この本が今回の主役だったってわけ、かいたいたいた痛い痛い!!」


 マリ─が本を持って暴れまわる。


「おいおい、大丈夫か」

「……うう、私の左手、しっかりついてる?

 ちぎれてない?」

「安心しろ、春になったらまた生えてくるから」

「生えるわけないで」

 しょ!

 のタイミングで、マリ─の両手から炎が吹き上がる。


 一瞬沈黙。


「「どうしよう!!」」

 二人で声をあげる。

「私」

「俺」

「魔法使いになっちゃった! 」

「放火犯を見たかもしんない! 」


「……」

「……」

「今回は合わなかったな」

「別にあんたに合わせてるわけじゃないわよ」

「でもちょっとがっかりしたでしょ」

「ちょっとね。こんくらいかな」

 指でその大きさを示してみせる。


「それはそうとしてお前、水の魔法かなんか使えね─の。

 がんがん煙出てるんですけど」

「ええっ。ええ!?」

 両手から吹き出した炎が着火して、実は部屋の中が大変なことになっている。

「消えろ、消えろ。水でろ! 」

 今度は両手から水が吹き出る。なかなか便利だ。うちの水道代がタダになる日も遠くないな。いや、こいつの出した水をどっかにためて、水道事業を始めるのも悪くない。きっとエネルギ─はよくわからんけど「まりょく」とか「まじっくなんちゃら」という不定形のよく分からんものだろうし。



 結局、本はすべてびしょ濡れになり、乾かしたあとにしまうはめになった。

 棗さんにしっかり怒られてしまった。でもまあいいや、今回はちゃんとお金もらえたし。




 依頼成功報酬

 6000円(時給換算)

 全国魔法大全(現物支給)










 この時の俺らは知る由もなかった。

 まさかこの力をつかって戦う日が来ようとは──。

 な─んて格好つけてみても。知ってたところで意味なんてないってな。

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