第2話 その勇者、助けます

 そこは路地。場所は駅前。人通り多し。時刻は昼。それも平日。俺は何をしてる?


 金髪の女の子が悲鳴をあげる。後ろにいる黒い影。今にも巨大化して襲い掛かりそうだ。誰か助けないものか。世の中の人間は存外冷たいものだなぁ、と俺はぼんやり考える。


「ちょっと待ったぁぁ」


 誰もが諦めかけたその時後ろから勇ましい声がかかる。現れたのは40も半ばにさしかかろうという中年の男性。目にはグラサンが光っている。

「この世の悪は俺が裁く。喰らえいぃ」

 そして正拳突き。

 みぞおちあたりにヒット。悪党は腹を抑えながらフェ─ドアウト。

 グラサンはカメラ目線でピ─スサイン。おいおい、こっち見たらヤラセだってすぐにばれちゃうだろ。



「で、これが何だって? 」


 俺は後ろでマイクを持っているレッドに質問をぶつける。

「朝の七時に集められて、準備させられて、いきなり黒い服を渡されてあげく殴られた俺に納得できる答えはあるんでしょうかね」

「いわゆるプロモ─ションビデオってやつだ」

「……本当はあんたらも仕事ないんだろ」

「失礼な、あるわい」

 ブラウンがふがふがと反論する。

「公園の花壇に水をやったり、近所の犬と戯れたり」

「そりゃあんたの日課だろ。マリ─、こんなんでほんとにいいのか」

 俺は不安になって被害者役の女の子を演じていたマリ─に声をかける。……言外に「本当に金はもらえるのか」というニュアンスを込めて。

「あら、大丈夫よ。仕事はもらってるから」

「じゃあなぜ優先しない」

「趣味、かな」

 顎に手をあて虚空を見やる。仕事時間に趣味に興じるくらい余裕があるのか、それともこいつが先々を見据えないただの馬鹿なのか、考えることもおっくうで俺は脱力して溜息をつく。

「……」

「あ、怒らないで。はいはいさくさく勧めましょうね。それじゃ、いでよ小さな依頼者」

 彼女の後ろに隠れていた少女が顔をだす。背丈は俺の腰くらい。まだ小学生の低学年くらいだろうか。二瓶佳奈です、と小さな声で自己紹介をした。

「私のうちで飼ってたポチが居なくなったの。探してもらえませんか」

「……。この仕事が本当なら、俺は帰るぜ」

「なんでよ」

「警察とか親とか学校の先生とか友達とか、頼れそうなところはいっぱいあるじゃないか。

 なんでわざわざ俺らがやるんだ」

「もっと巨悪と戦いたい? でっかい世界を救いたい?」

「そういうわけじゃないけど……、会社名に名前負けしてるっていうか」

 俺の言葉に、亜美ちゃんが少し涙ぐむ。

「ポチのこと、黙って飼ってたから……。言いづらくて」

「ほら、女の子を泣かせない。それにね、」

 マリ─は人差し指を立てて笑ってみせる。

「えい」





「なんかすんげ─痛いんですけど。

 なにこれふざけんないたいたいいたいたい」

 俺は左手をおさえてのたうちまわる。

「はい」

 マリ─は笑顔でこちらを見ている。

「あなたに拒否権なんてないのよ。分かった」

「分からねえよ。なんだ今の脅迫じゃねえかふざけんな」

「勇者代行株にいるからには、私にも魔法が使えるってわけよ。

 分子レベルで電流を流して苦痛を与えるという魔法のようなアイテム

 まさに電撃魔法」

「それモンスタ─につかえよ。一般市民に向けるな。

 そもそもいつの間にそんなことしたんだよ」

「握手したとき」

 俺は左腕をさする。

「……やるしかないんだよな」

 俺はため息をついた。

「さ、さくさく人を救いましょ。世のため人のため。

 情けは人のためならずってね」

 マリ─は笑顔でうなずいた。



 まずはポチを飼っていた公園とやらを探す。ポチとやらの住居はダンボ─ル1つ分のスペ─スである。中にボロボロになった毛布がある。レッドが毛布を持ち上げてみる。毛布の下にはわずかな動物の毛が落ちている。

「ふむ。ずっとここに居たのなら、今さらどこかに行くとも思えんが」

「私が名前を呼ぶと、来てくれたんです」

「パタ─ンを考えると、誰かに拾われたって可能性もなくはないけど……」

「私のポチがそんな浮気するわけない!

 絶対に帰ってくるはずだもん!

 何も知らないくせに適当なこと言わないでください」

 最近の小学生はいろいろ言葉を知ってるもんだ。テレビの影響か。それとも複雑な環境で生きてるんだか。

「締め付けられると逃げたくならね─か。犬の気持ちはわからんが。

 少なくとも俺は母ちゃんから逃げたくなる」

「親離れできてない、馬鹿息子の話はどうでもいいのよ」

 マリ─が乱暴に遮って、女の子に紙とペンを渡す。

「簡単にでいいから、似顔絵書いてくれないかな。

 耳の形とか、体の色とか。分かるとすごく探しやすくなるから」

「ほほぅ、なかなか考えましたな」

「何キャラだよ」

 女の子が白い紙の上に茶色い生物を書き始める。

「……ビ─フジャ─キ─って食べたことある? 」

「あるけど、普通じゃん」

「犬用の」

「あるわけないでしょ。バカじゃないの」

「意外とうまくてさ」

「オッケ─、知りたくない情報の提供ありがとう。満足した?

 これで終わりにしていい? 」

「いや、それがなかなか侮れないんだよ。値段もそこそこ、俺がすすめるのは……」

「できた! 」

 俺たちの会話をさえぎって、女の子が立ち上がる。

 少女から紙を受け取って、俺たちは顔を見合わせる。


 ぽち。おす。

「う─ん、こりゃチワワか柴犬かコリ─かチャウチャウかその辺だな」

「あんたが意外と犬好きだってことしかわからないわよ」

 マリ─がかがんで子供と同じ目線になる。なかなか小ワザを持っているな。

「大きさはどのくらい? 」

 少女は両手を広げて、「こ─んくらい! 」と言った。別に大きさを比べてるわけじゃないんだからさ。でかけりゃいいてもんでもないだろ。

「う─ん、これじゃあちょっと難しいかも」

「ポチの鳴き声は? キャンキャンだった? ばうばうだった? 」

 俺の質問に少女は「キャンキャン! 」と嬉しそうにこたえる。

「てことは小型犬か。より拾われた可能性が高くなったな。

 諦めるか」

「諦めてどうするのよ。地道にコツコツと営業しないと、大口の依頼が来ないじゃない」

 俺もたいがい無責任だが、こいつにも良心というものはないのだろうか。勇者代行、看板に嘘偽りありだな。


 ……まあ別に、勇者代行執行者が良心的である必要なんてないわけで。



「わし、この犬見たことあるよ」

 突破口を開いたのは、意外にもブラウンだった。

「ほら、毎日この公園の花壇で水遣りしとるから」

「それ、伏線だったのか……」

「うるさいわよ」

 ひゃあ。花じゃないんだから水をかけないで。つっこみがだんだん雑になって、マリ─は手にもっていたジョウロの先をこっちに向ける。

「そういや、昨日の夕方くらいかな─。ス─ツ姿の人が、嬉しそうに首輪つけて行ったの。

 それまで見たことない人じゃったけど」

「よし、解決! 」

 俺は手をうって叫んでみる。

「次の依頼に行こうぜ! 」

「待ちなさい」

 マリ─が少女に問いかける。

「このワンちゃん、知らないおじちゃんに飼われたみたい。

 だから会えないの。それもでいいかな? 」

「うん! 」

 少女は健気にも、頷いた。

「だってそしたら、元気にやってるってことだもん。

 よかった。安心した。お姉ちゃん、お兄ちゃんありがとうございます」

「……」

 手をふって走っていく少女を、俺たちは見送る。



「あの子のほうがよっぽど勇者らしいわね」

「文句言うなよ。俺のこと勧誘したのはそもそもお前じゃね─か」

「そうそう、今思い出したんじゃけど。

 そのサラリ─マン、あんま評判よくないんじゃよね。

 なんか猫とか犬とかいっぱい飼ってるのに、世話しないとかで……」

「おせ─よじ─さん」

 コ─ドネ─ムも忘れて、つい暴言を吐いてしまった。ブラウンはしょんぼりと肩を落とす。豆腐メンタル。

 どうする、と俺とマリ─は顔を合わせて。

 カラカラと、日差しが強いし。

 マリ─の持つジョウロからは水が垂れ流されてるし。

 まあ、うまい理由は見つからないけれど。

「それじゃあいっちょ勇者らしいことしますか」

 俺は両手を上にのばして、全身をほぐす。

 たまには人助けも、いいんじゃないかって。


 二丁目の「近藤」と表札が書かれた家にたどりつく。ブラウンのネットワ─クもなかなかのものだ。じいさんばあさんばあさんじいさんに聞いて、5人目にして割り当てることができた。

 しかし近藤さんちは高さ2メ─トルほどの塀に囲まれている。簡単に中が見えない。……こんなことされると、何か悪いことしてるんじゃないかと疑ってしまうじゃないか。

「どうするの? 」

「必殺、ジャンプ」

 俺は助走をつけたただの垂直跳びで、塀の上部に捕まる。そのまま腕力で体を兵の上に持ち上げる。下に居るマリ─に手を差し伸べる。ジャンプして伸ばしてきた手をつかみ、上まで引っ張り上げてやる。意外と手がやわらけえじゃねえか。俺は赤面する。ま、嘘だけど。

 近藤家の庭は、車2台が駐車できるぐらいのスペ─スがある。そこには犬猫、合わせて10匹程度が暮らしていた。……においも相当なものだ。

 しかし、どれがポチだか分からない。俺はためしに「ポチ! 」と声をかけてみる。その場にいた動物がいっせいにこっちを向いた。……餌の時間だと思ったのだろうか。

「耳が立っていて、茶色い犬……。あれじゃない」

 マリ─が縁側の上にのっかっている、一匹の犬を指差す。

 首には真新しい真っ赤な首輪がつけられている。

「あれっぽいな」

「でしょ」

「たぶん間違いない」

「ほらね」

「……」

「……」

「んで? 」

「行ってきて」

「だってよ」

 俺はふりむいて、見えない人間にバトンをたくす。

「現実逃避しないで。

 そっちには誰もいないわよ。

 あんたよあんた」

「俺が? どうして? 」

「勇者は動物に好かれるって常識じゃない」

「ちなみに俺は動物嫌いだぞ」

 あいつら、言葉が通じないからな。人間相手だっておっくうなのに。

「……いいから」

 ぐいぐいと押されて頭から落ちそうになる。俺は諦めて塀から降りる。

「……お前、覚えとけよ。

 あとパンツ見えてんぞ」

「最低」

 最低はどっちだというのだ。顔を真っ赤にしたマリ─を無視して、俺は縁側へと向かう。


「ワンちゃんニャンちゃん」

 俺はできるだけ彼ら、彼女らを刺激しないように、腰を低くして近づく。

 こちらを見つめる合計20の瞳。微動だにせず、凝視してくる。俺はポケットにたまたま入っていた犬用ビ─フジャ─キ─を、彼らの食器の上に乗せてみる。害なんてないよ。優しいお客さんだよ。そういう意味を込めて。

「ニャ─」

 一匹の猫が鳴き声に濁点をつけたような、怒ってる時特有の雄叫びをあげた。その声にほかの猫も共鳴して叫び、犬たちはここぞとばかりに吠えまくる。

「くっそ、ダメだ! 」

 俺は諦めて縁側へとダッシュする。もう彼らに説得は通じないだろう。こっちにもこれいじょう交渉につかえる道具もない。なら、これ以上無用なやりとりを続けるよりは、強引にでもポチをかっさらった方が早い。

 縁側の上で、ポチらしき犬は寝ている。こりゃラッキ─とばかりに、首輪を持ち、抱き抱えようとすると、犬の目がこちらを向き、


 あれ、この犬なんか目が赤くね?



 と思った次の瞬間、噛まれていた。

「いてててててて」

 もう、なんていうか、

 噛まれた右手に電流が走ったような痛み(冷静に考えれば電流が走った経験はない)。右手が痙攣している。ぶんぶんと上下にふりまわして、犬のアゴをはずそうとする。

 犬のアゴが外れたのか、圧力がなくなる。ちゃんと右手がついてるかどうか確認する。大丈夫みたいだ。俺は安堵の溜息をつく。

「あんさん、何しとる」

 けれど、俺の目の前には犬よりも手ごわい相手がいた。




 一応。

 ほんっとに一応ながら客室に通される。俺とマリ─は正座をして俯いていた。

 近藤哲雄さんは向かいに座って、奥さんが持ってきたお茶をすする。

「ほんで、話だけ聞くけど。

 それが勝手に人んちに入っていいかどうかは、ワシが決める」

「小さい女の子が、犬を公園で飼ってて」

 マリ─が話し始める。

「最近居なくなったから、心配してて。保健所に連れて行かれたんじゃないかって」

「それでうちに来たんか。そりゃあまあ、いいんじゃけど。

 したら直接玄関から入ればいいものを、どうしてわざわざ庭から来るのか」

「すいません」

 俺とマリ─はいさぎよく頭を下げる。

 ごもっとも。俺もちょっと調子に乗っちゃったな。

「今回はゲンさんの知り合いってことで多めに見るが」

 ゲンさんってブラウンのことか。本当に顔が広いな。つうかそれならじいさんが来りゃ早かったんじゃないか。

「すまんのう、てっちゃん」

 俺らの後ろの襖があく。

「おお、ゲンさん」

「うちの若いもんが迷惑かけたなぁ」

 犬に噛まれたのは俺だが。

「気にしてないでよ」

「ほら、てっちゃんの息子、犬好きなのに散歩に行かないとかボヤいとったもんだから。

 心配したんだよ」

「何言っとるゲンさん、ありゃ息子が小学生の時の話しだべ」

「あ─、そうだったか。そりゃ災難じゃったなぁ」

 災難だったのは俺らだが。

「いいっていいって。また囲碁やるべ。

 今度は負けねえよ」

「お─、こりゃ楽しみだ」

「あの─、」

 二人の会話に、マリ─が割って入る。

「無事に解決したところで申し訳ないんですけど。

 それで、最近犬を拾ってきたってことはあるんですか? 」

「あ─、息子がなぁ。なんか拾っとったな。

 でもまだ子犬なもんで、ケ─ジで飼ってたと思ったんだが」

 近藤さんはろうかに出て、ケ─ジごと子犬を持ってくる。

「ほりゃ、これじゃろ」

 それは確かに、少女が書いた絵に似ていた。茶色い柴犬。

「話聞く限り、その子一人じゃ育てられんだろ─しの。

 うちで飼うから、いつでも遊びにきていいと伝えてもらえんか」



 てことで。

 少女の依頼は終了したのだった。



「たまにはこういうのもいいじゃない」

 マリ─が笑顔でこちらをみる。

「腹は膨れないけどな」

「あんたはいつもくいものくいものって……。それしかないのか」

 パン、といつもの感じで肩を叩かれる。

 俺はよろけて、左側にあったコンクリ─ト塀にぶつかる。

 と。

 メリッ、と肩の形にコンクリ─トが凹んだ。


「なにこれ」

「嘘っ」

「まさか俺」

「もしかして私」

「「勇者になっちゃった!」」

 二人で声を揃えたあと、顔を見合わせてにらみあう。



「いや、ちげ─だろ。お前のはただの勘違い」

「あんたに言われたくないんですけど。こっちは英才教育受けてますから」

「洗脳っていうんじゃいのかそれ。もしくは自己暗示。長すぎる中二病。

 早く目を覚ませよ。

 とにかく俺は今日、犬に噛まれたときに……。

 あれ? 」

 近藤さんの家にポチはいた。けれど俺らが最初に見つけた、縁側の上にいた目の赤いあいつはなんだったのだろう。


 ぐぅぅ、とお腹がなる。

「まぁいいか」


 めんどくさくなって、考えるのをやめる。

 帰ってカップラ─メンでも食べよう。

 とりあえず何か食わなきゃ、話にならないから。






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