勇者代行請け負います

雲鈍

第1話 ようこそ、勇者代行へ

 世界には失望がそんじょそこらに転がってる。はたまた、それを救い上げる勇者様も存在する。けれどどちらも等しくどうでもいい。俺に必要なのは飯だけだ。



 コップ一杯の水を口に含んで、敷きっぱなしの布団の上に寝転がる。

 俺はいっぱしの学生だ。変哲のないただの大学生だ。同期と同じように遊んで、学校でほどほどに学んで、夜は安酒をかっくらう。そのまま酔いに任せて町に繰り出して、その後の記憶は定かではない。分かるのは目を覚ました俺の財布に、いくらも金がないということだけ。

 気づいてしばらく水を飲んで飢えをごまかしていたけれど、それもそろそろ限界だった。

「前回の反省を生かして、と……」

 俺は空腹で身体が動かなくなる前にバイトを始めることを決意する。前回とは俺がただ味をつけた水のことを「調理水」と名付け、摂取していたときのことだ。想像通り体にはよくなかった。俺は自室の布団から起き上がることができなくなってしまった。かろうじて繋がる携帯電話で親に電話。「もしもし。俺だけど。いやマジで。死にそうなんだって。詐欺とかじゃなくて! 」。親の誤解を解くのも一苦労。なんとか振り込め救出により、一命を取り留めた。

 ……その結果親に「毎月家計簿を提出しなさい」という課題を与えられてしまった。もちろんそんなもの真面目に書くわけがなく、内訳の7割が「書籍(学業で使うもの)」、3割が食費となっている。ごめんね母さん。実は100%遊行費となんだ。あなたの息子は嘘つきに育ってしまった。


「っとまあ、何か始めなきゃな」

 俺は久しぶりに洗濯済みの衣類に着替え、外に出ることを決意した。びしっとアイロンのかかったシャツに袖を通すと、ぐぅとお腹の虫がなる。なんだかしまらないな。



 とりあえずコンビニで、無料の求人紙を手に取る。いつもここでは立ち読みしかしないから、店長がにらんでくる。俺は口笛を吹きながら何食わぬ顔をして、求人誌のペ─ジをめくる。めくるめくる。めくる。とりあえず今日から始められるところ。プラスして、お金がその日にもらえるところ。なおかつ給料が高いところ。引越し。除外。腰が痛くなるから。ティッシュ配り。除外。人に話しかけるのがめんどくさいから。訪問販売のお手伝い。除外。以下同。

「ふう」

 なかなか自分に合った求人はないものだ。なんというかこう、椅子に座っているだけでお金をもらえる仕事はないものか。ないよな。諦めて、割のいい引越しのバイトに電話をかけようと携帯を取り出す。電話先で怒鳴り声が聞こえる。「あんた学生かい。いつから来れる? 」。今からでも行けます。と伝えると、電話の向こうで相手が「ちょうどよかった! 今ひとり倒れたもんで! 今すぐきてくれな--」

 俺は電話を切る。金を稼ぐために身体を壊すのでは本末転倒だ。


 財布の中身を見ると、300円入っている。この300円で何ができるものか。とりあえず一旦頭を冷やそうと店を出る。



 まだ少し寒い春風に身を縮ませながら、駅前のメインストリ─トを歩く。途中、ティッシュを配っていた同世代であろう女の子に「お疲れ様です」と声をかける。怪訝な顔をしていた。きっと彼女もお金がないのだろう。俺と同じように。そう思ったら思わず声をかけずにいられなかったのだ。


「ねえお兄さん、暇─? 」

 俺は振り向く。が、誰もいない。気のせいか、と無視して歩き出そうとすると、すねを誰かにけられた。

「兄さん、私を無視するのはいいけど、この看板は見えないかい」

「ゆうしゃだいこう、承ります」

「はい、よくできました」

 俺の胸ほどの背丈の女の子が、褒めてくれる。真っ黄色のパ─カ─に、金色の長髪。ちまたではこんな格好が流行っているのだろうか。家にテレビもラジオもないからわからない。

「見たところお金も困ってるみたいだし、どう、やってみない? 」

「すいません、間に合ってるんで」

「さっきからず─っっとお腹がなってるよ。もう大合唱。大合奏。思わずスタンディングオベ─ション」

「元々立ってたじゃないですか」

「なかなかイイところをつくね。

 ま、それはそれとして、バイトしてみないかい」

「いえ、しません」

「なかなか頑なだね。時給だって大分いいよ」

「いえ、本当に。そういうの間に合ってるんで」

「そういうの! 」

 俺の言葉に憤慨したようで、少女は持っていた立札をガン、と地面にぶつけた。

「由緒正しい勇者業を、馬鹿にするってのかい」

「いやホント、そういうのいいんで」

「何を隠そうこの私こそ、森林の勇者の末裔」

「いたいいたいいたい」

「痛いって何よ! 」

「すいません、ただの心の声です。聞こえましたか。あなたは勇者というよりエスパ─ですね。それではまた」

「そういうことを聞いてるんじゃないの!

 話を聞けってぇ」

 無理やり身体を半回転させられ、相対させられる。

「いい、私の話を聞けって言ってるの。人を変人か何かみたいに……」

「もしかして、と思ったんですが」

「思っても言わないよ! 普通! 」

 ぜえぜえと肩で息をしながら、

「私は社員なの。候補者を連れて行かないとお金もらえないの! 別にい─じゃん、あんただってバイトすればお金もらえるんだし」

 要するに、斡旋業みたいなものらしい。

「あんたみたいな貧乏人なら仕事を選ばないと思ったの。若いし、ゴツいし……馬鹿そうだし」

「思っても言わないんじゃないですか、そういうの」

「さっきの仕返し」

 ペロ、と舌を出してみせる。うわ─、すげ─いらつく。

「でもいいや、あんたと話してると疲れるしイラつくだけだから違う人探すわ。ばいばい。広いこの世界で会うことは二度とないと思うけど」

 少女は看板を持ち直して、俺に背をむける。黄色のパ─カ─の背中には、「これであなたも一攫千金」とうさんくさい文字が並んでいる。俺は手をふろうか悩んで、ごめん、悩まずに手はふらなかった。それよりも先に少女の肩に手をかける。


「な、なによ。今さら謝ったって遅いんだからね」

「本当のことですか」

 これ、と俺は看板を指で示す。

「まあ私のことが忘れられないっていうなら、話ぐらい聞いてもいいけど。痛い。なんかすんごい肩が痛いあんた力入りすぎいたたってすごい痛いわ! 」

「ごめん、面白くて」

「あんたねえ。人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ

「本当にこの時給? その日にもらえるの? 」

 俺は看板に書いてある数字を読み上げる。

「そうよ、危険なこともするし」

 俺は頭を深く下げた。地面に沈み込むように。のめり込むように。……今までの行いをすべて恥じた。

「お願いします。雇ってください」

「ちょ、人がみてるから恥ずかしいからやめなさいよ」

「俺が間違ってました」

「わかったから!」

 俺が顔を上げると、少女はコホンと咳払いをした。

「そ、それでも面接が一応あるから、受けてもらうことになるわ。それでもいい」

「お金がもらえるならなんでもやります。あ、靴舐めるのも平気です。どっちかというと得意です。今やりましょうか? 」

「やらんでいい。ほら、事務所はここの二偕だから、さっさと入って」

 俺はでかでかと「勇者代行株式会社」と書いてある建物に入るのだった。



「三丁目の勇者がやられたらしい」

「ふふ、しかし奴は我らの中でも最弱の部類」

「ついに腕があがらなくなった」

「四十肩、いや五十肩ってやつかいゲンさん」

「おい誰だかってにブラインド開けたの。カッコ悪くなるだろふざけんな」

「眩しくて何も見えん」

「おい待て、誰だハゲって言ったの」



 俺が事務所の扉を開けると、そこには一つの丸いテ─ブルを囲んで3人のおっさんが座っていた。マリ─が中へ入るとおっさんは顔を緩めて近寄ってくる。「おかえり」「お外は危なくなかったかい」「飴でもどう」。寄ってくるおっさん等を押し返して、マリ─は俺を振り返り指差す。

「ほら、連れてきたよ。あんたらが探してこいっていうから」

「ふむ」

 連中の中のひとり、黒い革ジャンを着たおっさんが俺をまっすぐと見つめる。以下俺はこのおっさんを「グラサンブル─」と呼ぶことにする。

「若すぎるんじゃないのか」

 隣に座っていたおっさん……じ─さんが、椅子から立ち上がる。以下このじ─さんを俺は「まばたきブラウン」と呼ぶことにする。由来はどことなく眠そうだから。

「マリちゃんのおメガネにかなったからといって、ワシラをなめてもらっちゃ困るのう。確かに体格はいいが、それだけてやっていけるかな」

 俺を値踏みするような視線に、背筋がぞっとする。もしかしたら、ここの連中は本物なのかもしれない……。そんな戦慄と共に。

「許さん! 」

 一番奥に座っていたおっさん、ポマ─ドでこてこてのオ─ルバックにしたおっさんが、テ─ブルを叩きながら立ち上がる。このおっさんは「逆ギレッド」と呼ぶことにしよう。


「結婚なんてまだ早い! 」

「そうじゃそうじゃ」

「マリちゃんが結婚したらうちの嫁になんて言えばいいんだ」

「俺は許さんぞ。確かに若いしかっこいいかもしれんが、それは俺らだって同じだ! 」

「うるさ──、まぶしいぞ黙ってろ」

「てめえ、わざわざ言い直しやがったな! 」


「ちょっと、」

 俺の隣に立っていたマリ─が、持っていた看板で一人ずつ頭をなぐる。

「そういうことじゃないでしょ。

 勇者代行業。そのバイトをしたいっていうから連れてきたの」

「ほ─ん」

 レッドが、イスに座って、まったく興味を失った視線を俺に向けた。

「やればいいんじゃない。い─よ、うち、わりと自由だし」

 まあまあ、となだめるグランパ。

「せっかく来てくれたんだし。な、君もお茶でも飲むかい」

「マリちゃんも男を連れてくる年になったか─」

 遠くを見つめるブル─。

「ほら、全然話が進まないじゃない。マニュアル通りにやってよ。あったでしょ、私のお父さんが作ったやつ。面接用のマニュアルが」

「おお、そいうえば」

 レッドが奥の机の中から、黄ばんだ冊子を持ってくる。

「それじゃあ面接を始めます。

 過去に運動のご経験は」

「高校まで剣道をやってました。今は新聞部です」

「剣をペンに持ち替えたわけか。君、変にキャラとか作らなくていいからね」

 俺は舌打ちしたい気持ちを抑えながら、笑顔を作る。

「接客業でバイトをしていたので、笑顔には自身があります」

「お、いいねえ。勇者も言うなればサ─ビス業だからね。リピ─タ─を大事にしないと。

 んで次。あなたが目指すのはどちらのタイプですか。

 A。説得温和型勇者。B。直球激情型勇者」

「なんそれ」

「ふむ。この問題は少し難しかったかな。

 明確な解が得られなかったらチャ─トのCへ」

 どうやらチャ─ト式に質問が作られているらしかった。

「えっとそれじゃあ、心理テストです。

 河原沿いに子猫が捨てられていました。拾いますか」

「イエス」

「あなたは学生です。校舎の入口で、傘を忘れて立ち尽くしている女の子がいました。あなたは傘を一本だけ持っています。持っている傘を貸しますか」

「ノ─」

「あ、いっしょに帰るという選択肢は無しで」

「イエス」

「やはりね。

 それじゃあ最後の質問です。この世に悪党はいると思う」

 少し、考えて。

「イエス」

「お─、出ました。あなたは直情型お人好し勇者です。困っている人を見捨てられないでしょう。ラッキ─カラ─は紫色」

「いい加減にしてください」


「さっきからくだらない質問ばっかり。

 ふざけてるんですか。俺は金が欲しいんです。雇ってもらえるかもらえないか、結果だけ早く教えてください。ダメなら違うところで働きます」

「怒った」

「そりゃ怒りますよ」


 ポンポン、と肩を叩かれる。マリ─が頷いていた。

「まあ、そんなに怒りなさんな。合格だよ。

 今日の仕事はまだないから、また明日来てね。当面の生活費がないってなら、……そうだね、交通費くらいは出してあげるからさ」

「マリちゃん、甘すぎるよ」

「いいっての。こんなつぶれそうな事務所に来てくれただけでありがたいって。この業界も後継者不足だしね。いつつぶれるかわからないし。そうそう、私の自己紹介がまだだったね。私はマリ。音都谷マリ─。みんなマリって呼ぶけどね」

「俺は半面とおる。みんなトオルって呼ぶよ」

 俺は差し出された手を握った。

「カモがネギ」

「えっ」

「あら失礼。カモっておいしいわよね」

「自分も食べたことあるけど……俺のこと? 」

「まさか」

「ははは」

「ははは」

 部屋の中に、乾いた笑い声が響く。マリ─のほほに汗が垂れていたような、俺のコメカミにもなんだか頭痛が走ったような、けれどそれもすべて暑さのせい。

 そんな暑苦しい夏の午後。

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