EACH TIME IN ANOTHER COUNTRY
@tabizo
EACH TIME IN ANOTHER COUNTRY
休日はたいてい競馬の予想をしてるか、飛行機の模型の作業をしてるかどっちかなのだが、思い立って収納の整理をしてみた。
奥の方に押し込んだ箱の中にはかなり昔のものもあった。懐かしみながら段ボールを開けていくと木の箱が出てきた。
これ何だっけ? 完全に忘れてる。蓋を開けてみると古びた原稿が出てきた。
ああ、これかぁ…。昔、学生時代に読んでいた本の影響か急に小説が書きたくなって書き貯めたものに、あとから少し書き足して完成させた短編小説の原稿だった。
『EACH TIME IN ANOTHER COUNTRY』。
我ながら変な題名をつけたもんだ。頭をかきながら原稿に目を移す。開いた窓から心地よい風が入り、この時期にしては珍しくエアコンをつけなくても快適だった。
実は久々に長期の休暇が取れて喜んだのも束の間、すぐに暇を持て余し、どう過ごそうかと悩んでいた。
折角だからと旅行にでも行こうかと会社からパンフレットを持ち帰りテーブルに広げていた。そのうちのきれいな景色のパンフレットが気になり、今度はパンフレットを手にとった。南国のビーチリゾート、バルセナ諸島のものだった。
私は一度決めると行動は早い。さっさと飛行機とホテルを手配して、次の日には空港に向かうタクシーに飛び乗っていた。
✈
夜の空港はこの日最後の賑わいをみせていた。出国手続き後、飛行機に乗り込む。離陸してしばらくして簡単な機内食が出てきた。
食べた後、持ってきたガイドブックを見ていたらいつの間にか寝てしまったらしい。体には毛布が掛けられていた。
自分が思うより疲れていたのかも知れない。窓の外に目をやると少しずつ空が明るくなり始めていた。
眼下に小さな島がポツリポツリと見え始め、飛行機はやがて小さな空港に着陸した。
空港を出た私を南国特有のカラっとした空気が出迎える。まだ時間が早いせいかそれほど暑いとは感じなかった。
日本から約9時間、大小9つの島からなるバルセナ諸島のうちのひとつ、ロプ島。別名エメラルドアイランドと呼ばれ、透明度の高い海ときれいな珊瑚礁が特徴的な島で手つかずの自然も残っており、欧米の旅行者にも人気の観光地だ。
島自体はあまり大きくなく車で一時間も走れば一周できてしまうほどだ。私はホテルにチェックインをすませ、散歩がてら周辺を歩くことにした。
しばらくいくと小さな白い外装の店があった。営業しているらしいので、中に入る。冷房がとてもよく効いている。
落ち着いた内装とラテンの音楽。いい店だ。朝早いせいか店内のお客はまだ、まばらだった。
この曲は確か・・・昔、ラディンゴからイル=バーニアまでヒッチハイクした時、乗せてもらった車のFMラジオから何度も流れていた曲だ。
カウンターの向こうのアーノルドと名乗る青年は、コーヒーを淹れながら「今日はいい波がきてるぜ。」と言った。
サーフィンはやらないと伝えると大げさに肩をすぼめてみせ、いかにも残念だという素振りをして悪戯っ子のように笑った。やけた肌に少年のような澄んだ目をした波乗りの好きなナイスガイだった。
店を出た私は海岸の方に歩きはじめた。きれいなエメラルドグリーンの海が広がっている。
砂浜に南国の風に揺れるパームツリー(椰子の木)が並んで大きな影を落とし、スカイブルーの空にはまぶしい南国の太陽。まさに楽園という景色がそこにあった。
✈
海に向かって並べられたビーチチェアーに腰掛けて、サーフィンに興じる人達を眺めながら、都会の喧騒とは無縁のこの平和な時間を楽しみことにした。
どれくらいそうしていただろうか、空の色が突然変わり、ポツポツと水滴が顔にかかったかと思うとシャワーのような雨が降りだした。南国特有のスコールだ。
私は慌てて雨宿りできるな場所を探すために辺りを見回した。そして大きな椰子の木の陰に駆け込んだ。
「あっ!」
そこには先客がいたのだ。肩まで伸びた黒髪、タオルをかぶっていたので顔は見えなかったが日本人の女性のようだ。
周りに雨宿りできそうな大きな木はここしかなかった。
「あの・・。」
私が言いかけるよりも早くこちらに気づいた女性が自分の隣を少し空けて、「どうぞ」と言ってくれた。
「あ、どうも・・・」
こんな時に気の利いた言葉も出てこない私は情けない。遠慮がちに横に座る。
「もう少し、こちらに来ないと濡れちゃいますよ」
そう言って微笑みかけてくれた彼女の笑顔がまぶしくて、思わず目をそらしてしまった。
「どうも・・・」
それしか言えず間を詰めて座る。
しばらく、お互い無言で降りしきる雨を眺めていた。
私は、自分の胸の鼓動が早くなるのを感じていた。そして、それが隣の彼女に伝わるんじゃないかとそればかりが気になって
いた。彼女が美人だったからだけではなく、こうして知らない男女が数センチもない隙間で隣に座り、雨を眺めている。
その状況が非日常的で、かつ新鮮でなんとも例えようもないスリリングな気持ちがわいてきて、柄にもなくドキドキしているのだ。
どこかで、この時間がもっと続いてくれたらいいのに・・・と思っていた。
✈
会ったばかりの見知らぬ女性と数センチもない隙間で隣に座り、雨を眺めている。柄にもなく緊張しながらもこの状況を楽しんでいた私だったが・・・
「日本人少ないですよねぇ?」
緊張した沈黙に少し耐えられなくなって何か話そうと口を開きかけた時、ふいに彼女が切り出した。
「ここは初めてきましたが、日本から少し離れてるせいか連休ぐらいしか来ないようですね・・・休暇ですか?」
彼女は少しの間のあと、黙ってうなづいた。
私はつづけた。
「おひとりですか?」
彼女は少し遠い目をしながら答える。
「・・・はい。私、仕事を辞めて来たんです。これは自分に対するご褒美旅行のようなもの・・かな」
私はどう答えていいかわからなかったが、とりあえず明るい口調で言ってみる。
「そうですか・・・。じゃあ、思い切り楽しまないとね?」
彼女は明るい笑顔になり答えた。
「そうなんです!おもいっきり楽しもうと思っています♪」
それからしばらく他愛のない話をして過ごしたが、彼女が話題を合わせてくれていたのか、話ははずんだ。
いつしかスコールもやみ、明るい空に戻っていた。
「あ、自己紹介がまだでしたね、僕は・・・」
私が言いかけると彼女が、人差し指を口元に持ってきて言った。
「待って。こうしません?この島に滞在している間はお互い名前も身元も連絡先も知らずに過ごすんです。なんか
スリリングな感じがしません?」
突然のことで私は曖昧な返事しかできなかった。
「あ、そう・・・ですね。いいかも・・・知れませんね」
(彼女は私を警戒してこのようなことを言っているのか・・・はて)
私の動揺をよそに彼女は続ける。
「それから、敬語は禁止!っていうことで。」
私はよくわからないまま、彼女の人懐っこそうな笑顔につられて返事をしていた。
「ああ、はい・・・ていうか、了解!」
(よくわからん展開になってきたぞ・・・でもなんか楽しそうだ)
彼女はこれからホテルの部屋に着替えに戻るらしい。時差ボケで少し眠いので仮眠をとりたいとも言っていた。
できたら夕食を一緒にどうかと聞いてきたので、もちろんOKした。
「じゃあ、7時にこの場所で!」
彼女はそういうと走って去っていった。
(何だろう・・・まぁ彼女が避けているなら待ち合わせには来ないはずだし、それで判断できるかな)
私も一旦、ホテルへ戻ることにした。
✈
時間になり待ち合わせ場所に行くと、彼女はもう来ていた。
昼間とは違う服装で髪も束ねていたのだが、ついつい見とれてしまった。
「どこか行きたい店、あるかな?なければおいしい地元の料理が食べれるレストランがあるみたいだからそこに行こうか」
実は朝に立ち寄った店で聞いていたのだ。
「うん、じゃあヨロシクお願いしま~す」
少しおどけたようにそう言った彼女は楽しそうだった。私は少し安心した。
タクシーに住所を告げるとすぐに到着した。なにしろ小さい島なのだ。
異国情緒あふれる店内には人口の川が流れていて、中庭はライトアップされていて、夜の闇の中に鮮やかな
ハイビスカスが浮かび上がっている。中央奥には小さなステージがあって先住民族のショーが時間ごとに行われる。
乾杯のあとに頼んだ料理が運ばれてきた。
ものすごく派手な色の魚や、スパイシーな肉料理、星の形をしたフルーツ、コウモリのスープも出てきた。
スープは飲んだ時に喉がチクチクしたような気がするが・・・なるほどね、というような味だった。
私たちは普段目にすることがない珍しい料理と二人の会話を楽しんだ。
じゅうぶん南国の島の夕食を堪能した私たちは店を出た。彼女が少し歩きたいというから歩くことにした。
しばらく話しながら歩いているとビーチに着いた。月明かりに照らされた夜の海もなかなかムードがあっていい。
私たちは砂浜に座って夜の海を眺めていた。見上げると空には満点の星。彼女が星空を見ながら言った。
「ねぇ、不思議だと思わない」?」
「ん?」
「だって、昨日までは全く知らなかった者同士がこうやって一緒に星空を見てるんだよ・・・なんかすごいことだと思ない?」
「そうだね。昨日の夜には想像さえできなかったことだよね、人の出会いって不思議だ・・・」
二人を包むようにゆっくり、ゆっくりと時間が過ぎていく・・・。
「いつまでここ(島)にいるの?」
「ああ実は決めてない・・・かなりまとまった休みが取れたからね。飛行機も変更ができるタイプの分だし。」
「そっかぁ、じゃあ明日も二人で過ごせる?」
「もちろん。明日は願いが叶うという滝があるらしいのでそこに行ってみようか。」
「うん♪それからマリンスポーツもやってみたいなぁ・・・」
「それじゃ、明日の予定は決まりだ。」
「じゃあ・・・そうだなぁ、9時にいつものとこで!」
「ああ、いつものとこで。」
そう言いながら二人で笑った。 (なんだよこの旅、めちゃくちゃ楽しいやん。明日も楽しみだ)
ホテルに帰った私はシャワーを浴びてベッドに横になったものの、なかなか寝つけなかった。
明け方、ようやくウトウトしかけた時に大きな揺れに叩き起こされた。
地鳴りのような大きな音とともに建物自体が大きく揺れている。(やばい・・・地震か?)
身動きが取れず窓の外に目をやると・・・驚くことに、そこには大きな顔があった。どうやら大きな巨人がこのホテルを揺らしているようだ。私は完全に混乱していた。
(・・・何なんだ、これは夢を見ているのか、彼女とのデートはどうなるんだぁ・・・)
事態がよく呑み込めず、いろんな考えをめぐらしている時に体に衝撃を感じて、目が覚めた。
✈
いつもの自分の部屋だった。開け放たれた窓から入る風でパンフレットがバラバラに散らばっている。
私は別のパンフレットを手に取った。古代遺跡と大自然の景観が美しいセロ=ミナスのものだ。
(南の島もいいけど、今回はここが良さそうだ・・・)
2日後の早朝、私は家をあとにして空港に向かった。
私が出たあとに郵便受けに新聞が届けられた。そこには大きな見出しでこう書かれていた。
“バルセナ諸島で大地震!”
“今日未明、バルセナ諸島で海底火山の爆発が原因とみられる地震があり、大きな被害が出ている模様”
それから1時間後、私は険しい表情で窓の外を見ていた。 (ヤバい事態だ・・・もうダメかもしれない)
握りしめたこぶしは汗がにじんでいる。張りつめた緊張感。しばしの沈黙・・・。(おしまいだ・・・無念)
私は観念したように空を仰いだ・・・。
空港は大騒ぎになっていた。マスコミや緊急車両でごった返す中、滑走路からの中継がはいった。
レポーターが興奮しながら話はじめる。
‘本日、セロ=ミナス行の飛行機が離陸直後、エンジンから火が出て墜落しました・・・詳しい状況はまだ
わかっていませんが、わかり次第お伝えさせて頂きます。なお・・・(略)’
✈
「運転手さん、ラジオの音もう少し大きくしてくれませんか?」
私は言った。私の表情は非常に複雑なものになっているだろう。
そう、私はパスポートを忘れて家に戻り、大渋滞に巻き込まれて予定便に間に合わず、家に引き返してる途中のタクシーでこのニュースを聞いているのだ。
【EACH TIME IN ANOTHER COUNTRY~バルセナ諸島編】 完
私は読み終わった原稿を箱に戻して、片付けの続きを始めた・・・。
なんということのない、いつもの休日だった。
END
EACH TIME IN ANOTHER COUNTRY @tabizo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます