レベル上げ4回目・2コマ即負けした加藤椎奈は、蝶野アイの甘い言葉に逆らえない
<前回のあらすじ>
空腹で動けなくなっていた3年生の村瀬政子にカツカレーを奢り、貸しを作った怜也だったが、自分以外の女子を餌付けした事で椎奈の無自覚な嫉妬を買ってしまう。
そして政子に試合を挑むが、椎奈は2コマ即負けをしてしまうのであった。
†
怜也が政子に連れて行かれた後、訓練場の脇に備え付けられているベンチの上で椎奈は動かなくなっていた。
座ったまま、長い髪の毛が口元にひっかかり虚空を眺めるその様子は、ホラーの怨霊そのものだった。
「あー……椎奈、あんた、自分からケンカ売っといて、手も足も出ないであっさり負けたのがショックなのは分かるけど」
((いったーーーーー!?))
容赦なく切り込む瑞樹。そのあまりの一刀両断っぷりに、遠巻きに様子をうかがっていた面子の心が1つになった。
「あ……瑞樹、ちゃん……?」
「訓練もしないのに、端っこでホラーの幽霊みたいな顔してたら迷惑になるでしょ? さっさと切り替えなさい」
「……んん? えっと、ええと……別に、負けたんは、そんな気にしてないんよ?」
「えぇーウッソだぁー? マジでー? あんな負け方したのにぃ?」
瑞樹が切り込んだので、とりあえず即襲われる危険は無いと判断したのか、アイもやってきた。そしてとりあえず煽ってみる。
彼女はコレを後に「爆発物の危険性テストだ」とのたまった。
「だって、わたし……そんな強く無いし」
「……ん、んんんん?? ソレ、ガチのサシで負けたアタシの前で言う、言っちゃう?」
「それは、蝶野さんがわたしより弱かったってだけで……」
普段よりも椎奈が言いたい事をはっきり言うのは、気兼ねが無くなったからなのか、余裕が無いのか。
「ほほう?」
「うちに居た頃は、お父さんにも、弟にも勝てなかったし……」
「基準がおかしい気がするけど、あんたはそういう修羅の家の子だものね……」
そうだった。中学生の弟に後継者争いで負けて、ここに武者修行の為にやってきたのが椎奈だったと瑞樹今更ながらに思い出した。
「こっわ、カトーの家マジこわっ!?」
「出稽古に行った所でも、良く負けてたし……自分より強い人がいるのは“普通の事”だから、うん。負けたんは、そんなに?」
「じゃあ何でそんなホラーごっこしてんのよ」
「……怜也くんが、先輩にきっといやらしい事をしてまう」
「うっわ……、赤坂、思った以上に信頼無いわね」
「いやいやいやいや、怜クンそんな事する……? というかカトーもあたしもミズキもされてないし?」
あたしを混ぜるな、と言いかけたが話が面倒なので瑞樹は飲み込む。
「え、あれ……もしかして、されてる……?」
「さ、されてないけど……! むしろ、なんだろう……あの先輩が、こう――」
「肉食獣の目をしていた?」
「そ、そんなん! そんな感じ!」
適当に言ってみたけれども、瑞樹は特にそうは思わなかった。
……というか。
(……わたし達と同じというか、赤坂って付き合い良いから、その辺の匂いを感じ取ったというか、そういう事じゃないのかしら)
瑞樹は、兄から政子の事は時折聞いていた。
口数は少ないし、めちゃくちゃおっかないマイペースのやつが仲間に居る。いつか、変な奴に騙されないか心配だけど、その辺の嗅覚は鋭いから先に返り討ちにしてきた、と。
「――だったら、これはあたし達の出番じゃない?」
「あ、なんか余計な事をしそうな気配がする」
「ちょっとミズキーそんな事無いってばー。ムラ様が怜クンになんかするとは思わないし、逆も無いだろうけどそれはそれ」
ムラ様。村瀬政子のあまりの最強っぷりからついた2,3年生の間で広がっているあだ名だ。
「他の女の所に転がらないように、あたし達で捕まえておかないと……!」
「……捕まえる? ええと、そういうの……良く無いんじゃない、かなぁ……? 怜也くんは怜也くんの意思があるんだし」
こういうトコ、この子常識的というか推しが弱いというか、保守的というか……。しかしこれで椎奈が肉食タイプだったら大変だっただろうから、瑞樹は深く考えない事にした。
「うん、捕まえるは言い方が悪かった。怜クンの意思で、あたしか、カトーかどっちか選ぶ。他の女よりあたし達が良いよねって思わせるようにアプローチしておく、これなら?」
「それは……ええと?」
どういう事だ、と椎奈は首をかしげる。
「……あんま変な事したり教えたりしたら、家鴨先生呼ぶわよ?」
「だ、だだだだだ、大丈夫です、だからちょっと行き遅れ始めてて生徒の恋愛事情にスレはじめてる家鴨ちゃんを呼ぶとかこういう話の時にしないで下さい……!!」
なお、後にこの時の言葉がバレて大変な事になった模様。
「何する気よ」
「いや、別に変な事する訳じゃなくて。怜クンに好きになってもらう為ちょっとがんばるだけですヨ?」
「ふーん」
アイは普段から結構アプローチをかけてる気がするけど、椎奈を巻き込んでこれ以上何をしようというのか。
けれど聞いたら今度こそ巻き込まれそうなので、余程の事にならない限り、放って置こうと瑞樹は強く誓った。
†
――誓った筈なのだけど、ほっとく方が不安だったので、結局2人についてきていた。
こういう時に自分のお人好しさが恨めしい。
「なになに、やっぱミズキも怜クンの事気になっちゃってる?」
「あんた達が馬鹿な事しないか不安だからよ、というか加藤に変な事ふきこまないで欲しいのよ」
「……というか、ここで何するん?」
やってきたのは、購買の奥にある例の更衣室だった。
パーティ単位で貸し切りに出来るスペースだ。試着をしながら装備のデータを確認し話し合いをする為の場所だ。
もっとも、試着出来るのは“購入可能”か“制作素材を持っている”物に限られていた。
「ふふふふふ。怜クンってゲーム超好きでしょ? つまり――オタクと見た」
「つまりも何もあの眼鏡、ガチガチのゲームオタクでしょ」
「オタクの人と言えば、コスプレ大好き! つまり、怜クンもそういうトコがあるんじゃないかなーって」
偏見じゃないかなあ、とは言い切れない瑞樹だった。まだ、誰にも言って無いが自身が“若干腐っている”事を自覚してる以上、なおさらだ。
いや、だけど腐ってるというのは語弊がある。少なくとも現実は違うって切り分けてる(つもりだ)し、美しいのは友情関係である。濃厚なのはちょっと求めてない。
「瑞樹ちゃん、どうしたん?」
「なっ!? なんでもないわよ、なんでも。まあ、確かにオタク全体はともかく赤坂ってコスプレっぽいの好きよね?」
「ウンウン、と言うわけで、ドラゴンビキニの露出でばっか攻めてないで他の方向も良いんじゃないの、つーか。アレ、カトー恥ずかしがっててあんま有効活用出来て無いし?」
「だ、だだだだだ、だって慣れても恥ずかしいもんは恥ずかしいし!?」
その恥ずかしがって隠そうとするから怜也は余計気になってる――のは言わないでおいてあげよう。
方向性は想定とズレはじめているがアイドルとしては、その辺の心理は分かっているつもりである。
「うん、というわけで、エロばっかじゃなくてカワイイ系とか、ちょっとフェチっぽいのとか、そういう露出じゃない方向のでメロメロにしてやればイチコロ――」
「どしたの?」
「……今の物言い、まんま家鴨ちゃんだったわ」
「…………ちょっと」
流石に担任の事を悪く言えないけれど、その成功率の低さというか現状は目を反らせない。
「ち、ちち、ちがう。家鴨ちゃんってカレシはそこそこ出来んの! ほら、見た目はけっこーカワイイし!」
「あー、うん、まあね?」
歳の割りに幼く見えるけれど、それだけ若く見えるとも言える。顔立ちだって美人じゃないけど十分可愛い。
「じゃあ、なんで結婚出来てないん?」
「中身がアレだから……」
流石に姉貴分の所業をそれ以上語るのはアイでもはばかられた。なお、具体的な内容は本人が酒飲みがてら話してるので、大体知ってる。
「つまり、あたし達の場合は怜クンはもう中身知ってるから、大丈夫だって!」
「え、ええと、そうなん?」
「……まあ、その位なら良いんじゃない?」
気になる男子の為に、好みをあわせる。
別に悪い話じゃない。それにコスプレと言ってもここは迷宮学園なので実用だ。色気も何も無い鎧姿よりも、可愛い格好の方がやる気が出るだろうし、うん。別に言うほどどうの、という話では無かった。
「で、さ。ミズキ、怜クンってどんな格好好きだと思う?」
「わたしに聞くの?」
「いや、アイドルだし。あと怜クン、あたしとかカトーだと照れてそういう話しないんだよねー」
普段からスカートまくれたり、胸くっつけてくるのとか、山奥から出て来て恥ずかしいのにビキニアーマー着てる相手には言えないだろう、そうだろう。
とはいえ、自分も別にそういう話をしてる訳じゃない。だが、しいて言うなら――。
「……バニー服?」
まあ、流石に無いだろう。そう思っていたのに。
†
「うわ、あの、これ……ホントにサイズ、あってる? 胸、落ちそうなんだけ、ど……?」
「あったよ……というか、試着って何でも出来るの?」
「そこはそれ、あたしのデータありますし?」
「凍結されたんじゃなかったの?」
「んー、攻略に関係しないトコは残ってるっぽい。この辺も見た目装備だしねー」
「あ、あの……!?」
着替えを終え、助けを求める椎奈の方を2人は少し、直視しがたかった。
サイズはあっている筈だ。椎奈と違って、アイと瑞樹でその辺りのチェックはした。
だというのに、椎奈の北半球は剥き出しで、そこから先はギリギリのせめぎ合いをしていた。
「あの、蝶野?」
「えっと、多分……それ以上脱げない設定というか、なってると思うんだけど」
「逆にそれより上は隠せない、と」
「えぇええええ……!?」
胸元を抑えるのに集中しすぎて全然隠せてない椎奈が泣き声を上げる。
耳、スーツ、曲げると透ける程度のストッキングと、尻尾、ハイヒール。
完璧なバニースーツなのだけど、どうしてそう胸元のこだわりがこうなのか。ここは認可の下りた学校ではないのだろうか。
「カトーが着ると結局エロになっちゃうねえ……」
「この子、中身はともかく体は1番エッチだものねえ」
「なんか褒められてないのは分かる!? す、スタイルなら蝶野さんも良いんじゃ!?」
「あー、えーと、あたしも大きいけど、多分カトーのがでかいし、あとまだ大きくなるでしょ。ははは、押し倒してやろうかしら」
「なんでえ!?」
こいつらの肉、全体的にもぎ取って自分に移せないかなー、と半目になるけれども、まあそれはそれだ。
「というか、コレだとビキニと同じで加藤が恥ずかしがって終わりなんじゃないの?」
「うーん、うーん。そうだねー、駄目かー」
「というか、ホントにあるのねこんな服……」
アイの端末を借りて見ると、どこの店だという程にコスプレめいた服が沢山あった。
普通の鎧とかローブとかが無いのはさっき言っていた“攻略情報”にひっかかるからなんだろう。
「……ナース?」
「ああ、ソレはミズキ向きだね。回復術がちょっと強くなって、毒とかの抵抗上がるの。ガチでも使えるから先輩とか結構着てるヨ?」
流石にここでは口にしないけれど、怜也好きそうだなあ……と思ってしまう。来年あたり、自分も着てるんだろうか。
「あ、いや……癒し系としては、ナースを堂々と着られるのは、悪くない……?」
「だねー。それ、スカート短めだから太もももばっちりだし。あれ、ちょっと何で落ち込んでるの? ミズキの推しってソコでしょ?」
「やめて……やめて……」
沈み込む瑞樹の肩を、椎奈がぽんと叩く。笑顔だけどその目は、笑っていなかった。
「じゃ、瑞樹ちゃんも着てみよっか?」
「……加藤?」
「みよっか?」
有無を言わせぬ圧力により、そういう事になった。
†
「なーんて感じでさー。その後、あたしがチア着たり、カトーが浴衣にサラシ巻いたり、色々やったんだけど――その時の画像データがこちらになります」
悪い顔をして蝶野が俺に笑いかけてくる。
「……何が望みだ、幾ら欲しい」
「んふふふふ、そだなー。見せて欲しいなら、ちゃーんと頑張って一緒にやって、装備つくろっか?」
「生殺しかっ!? というか、何で蝶野、ここに居るの?」
俺が今居るのは、3年生の個人寮――学園Gで家賃払って借りてる、特別豪華な部屋だった。
借り主は堀井の兄さんの凱先輩と、ルームメイトの浦手先輩。
3LDKという豪華物件で、広いリビングに最近俺は呼ばれて入り浸っていた。
というのも。
「……も、もう1戦」
「休憩って言ったじゃないですかあ!?」
コントローラーを握り、こっちに強く訴えかけてくる村瀬先輩。大きなテレビには対戦ゲームのキャラ選択画面。
とりあえず5連勝したので、今は休憩中だった。
「悪いわねぇ、政子の相手してもらっちゃって」
ダイニングキッチンから飲み物のグラスを持って、浦手ケン先輩が出て来る。
丈より背が高くて、バレエダンサーみたいなスタイルで、んでもって口調がオネェだった。
「あと最近はアイの相手もしてくれてるんでしょ? あーた良い子ねぇ?」
「お知り合いで?」
「ケンさん、あたしの兄弟子で忍者仲間だから。ここも顔パスって奴?」
「ちゃーんと1年生の友達が出来てて安心したわよ、アタシ。あんなスパイみたいな事してたらどうなるかって」
「えへへへ、そのへんは怜クンがちゃーんと責任とってくれましたからぁ♪」
ぎゅーっと抱きつかれて、動くに動けない。そして俺の袖をひっぱって村瀬先輩がコントローラーを指し示す。
「……女難の相が出てるって、あーた言われ無い?」
「こ、高校入るまで女子の友達ほぼ居なかったんで何とも」
「あらそう。というか政子、あんたこの子の面倒見るって言ってた癖に、ゲームの相手させてばっかじゃない」
「い、一年生に……ゲームのチャンピオン入ってきたって、聞いて……た、対戦したかった、から……」
村瀬先輩はどうやらゲーマーだったらしく、元々俺の事を知っていたとかで、こうして機会も出来てモリモリ対戦していた。
「あ、いや。ほら勝つと色んな話聞かせて貰えてるんで、助かってますよ? ――浦手先輩からですけど」
「そりゃあーた、特訓だって言ってんのにゲームさせてて、申し訳無いもの」
と言うわけで、村瀬先輩に対戦で勝つと、浦手先輩から大迷宮や攻略に役立つ情報を教えて貰えるというシステムがここに完成していた。
3年最強、最もクリアに近いパーティから合法的に情報が得られるシステム、見逃す訳にはいかなかった……!
「あ、怜クンずっと遊んでた訳じゃなかったんだ」
「対戦楽しかったのは事実だけどな……」
「……負け越し。借りが増えてく……ケンが返せなくなったら、どうしよう……もう、負ける度に脱ぐしか……」
「何言ってるんですか先輩!?」
「その、魅力も無い? ……プライドが傷つく」
「……ずいぶん懐かれたわねぇ」
「怜クン、そういう女の子に好かれるタイプだからねえー。アタシとか、カトーとか」
背中に蝶野、横に先輩という滅茶苦茶良い匂いの状況は落ち着かない。
――落ち着かなすぎて、変な事言い出す前に、ゲームに意識を没頭させれば、大丈夫。
……逃げなのは分かってるから。分かってるから!
「んでんで、ケンさん。怜くんにどんな話したの?」
「んー、戦士の戦い方ばっかりかしら? 刀使って、さばける敵とさばけない敵と、無理矢理通すにはどうするか、みたいな話ばっかねー。何、怜ちゃんあーた刀使いたいの?」
その話を聞きながら、俺の肩にアゴを乗せた蝶野が、悪魔みたいな顔で笑う。
「おっとぉ、ちょっと怜くーん?」
「う、うううう、うちのメインアタッカーの有効利用を考えて何が悪い!? 俺はどうせ盾役だよ! 魔力も無いし!」
そう言った時、先輩2人がぴくりと反応した。
「――ふぅん? ま、その話は今度にして。仲間に刀使う子が居るなら……政子は、人に物教えるの向いて無いものね」
「……負けが貯まったら、脱ぐしか?」
「あ、じゃあ怜クンが負けたらあたしが脱ぐ!」
「おいばかやめろ、見たいけどすごく困るから本当にやめろ」
「……見たいんだ?」
「へぇー見たいんだ」
「やめろー!」
やり場のない思いをコントローラーにこめて、フルコンボを決めながら叫ぶしか出来なかった。
†
なお、加藤や堀井、蝶野の装備画像はどう足掻いても、見せて貰えなかった。
†
そして帰り際。
「――あーた魔力が無いって言ったわよね。その辺、ちょっと良い話あるから、また今度いらっしゃい」
浦手先輩にそんな事を言われたのだった。
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