レベル上げ3回目・黒髪が綺麗な先輩と椎奈の対決はすごくHだった。

「わるいな、4カードだ」

 俺、赤坂玲也がカードを広げる。

「くそがあぁあああああ!」

 頭を抱えて転がるクラスメイトの団平を、向こうの仲間達が呆れた目で見下ろしていた。

「……ちょっとカモにされすぎじゃないか、お前」

「別に、お前の稼ぎすり減らすのはいい……いや、良くは無いけど」

 仲間たちの冷たい視線に晒される団平を余所に、俺は取り分の食券を回収していく。

「流石に俺も、酷い支障が出る程巻き上げて無いぞ?」

「いや、分かってる。赤坂が本気になったら団平じゃケツの毛までむしられてるだろ」

「そうかもな。んじゃ団平きょうもゴチって事で」

「次は負けねえからな!?」

 いやもう止めとけって……と弱い癖にギャンブル狂いの仲間をたしなめる声を聞きながら、俺は教室を後にした。


 さて、俺が何故クラスの友人をカモにしているかというと訳がある。この学校、食券をなんとダンジョンで手に入る金で買えてしまうのだ。

 流石に食券から換金は出来ないけれども、その分が浮けば現実の小遣いなり、攻略資金にあてる事が出来る。

 俺の場合はもっぱら攻略資金の積み立てに使ってて、何も団平だけではなく他の相手からもこうして巻き上げ――もとい。正当な勝負の上での対価として頂いていた。

「……またギャンブルで巻き上げてきたの?」

「堀井、その通りだけど人聞きが悪い」

 放課後、行き先が一緒になった堀井が、呆れた顔を俺に向けてくる。

「悪いも何も、イカサマまで使って巻き上げてる癖に」

「元々“イカサマ有り”ルールでやってるんだから良いだろうが」

 イカサマ有り、指摘はその場で。誤指摘は2回まで、3回ミスしたら負け、という合意の元でやっている。

 つまり対等だ。

「……この眼鏡、人が良さそうな顔してる癖に意外と性格悪いのよね」

「褒めても何も出ないぞ」

「褒めて無いわよ、ホントにもう。何で加藤といい蝶野といいこんなのを……」

「……そこは同意するけどな」

 何で2人にあんなに気に入られてるのか、と頷いたのに今度は軽くローキックされた。

「なんでだよ!」

「あんたはホントに……。まあいいわ、そのギャンブルも攻略の稼ぎの足しにしてるの知ってるからそんなに文句言えないし。精々、恨まれない程度にしなさいよ」

「分かってる。ま、そろそろ潮時だと思うけどな」

 なんて話していたらそれぞれ行き先が分かれる場所に来た。

「そっちは事務所の人来るんだっけ?」

「そ。最近取れ高悪く無い? なんて言われて……どうしようかしら、フフ……」

 堀井の目からハイライトが消えて行く。

「ホームラン芸を突き詰めるしか……」

「……別にあんた達と迷宮入るのに、今更可愛い子ぶるつもりは無いから、打てっていうなら打つけどね?」

 これは手頃にホームラン出来る相手をみつくろった方がいいのか。なんて思いつつ、堀井と別れて俺は食堂にやってきた。

 攻略情報まとめたり、あと普通に宿題や予習をしたり、持ち帰り出来るオヤツを確保したり。食券に余裕があるからこそ出来る生活というやつだ……!

 ……いや、単に食券には有効期限ってのがあって。団平から巻き上げた分が見事にギリギリのやつばっかりだったから使わないと勿体ないだけなんだけど。

「さて。どうすっかなー」

 最近は前より体を動かすようになったせいか、食う量も増えていた。軽く茶と団子のセットでも――。

 と思った所で、ある物を見つけてしまった。

 放課後になったばかり、皆部活や迷宮に行ってるせいか人もまばらな食堂の一角、テーブルの上にこんもりと黒い毛玉が広がっていた。

 いや、間違い無く髪の長い人が突っ伏してるだけなんだけど、俺は何となくこの状況に覚えがあった。

 ……入学式の時もこんな事があったような。

「あの、大丈夫か?」

 おそるおそる近づく。体調が悪いかもしれないし、こんな所で寝てるのも良く無い。

 ――ぐー、きゅるるるるる。

 返事は腹の音だった。

「……おな、か……すい、た……」

 おい、本当に似た状況知ってるぞ。一瞬、まさか加藤じゃないよなと思ったけれど髪の色も長さも質も違う。

 そして手元には期限が今日までの食券が余ってる。

「……なんか食うか?」

 毛玉がぴくりと動き、ゆっくりと俺の方を向く。

「いい、の?」

 思ったよりも細い女子の声だった。

「今日までの食券が余ってるからな、いいよ」


 ――で。

「……………………」

「旨い?」

(無言で頷く)

 俺の対面では、黒髪の女子――校章の色からして3年生が、無言でカツカレー(特大盛り)を食べていた。

 なお特大盛りは俺や丈でも食いきれるか怪しい800g越えコースで、どこまで盛るかは食堂の人のその日の気分次第だ。

 静かに普通に食べてるように見えるんだけど、減り方の速度が何かおかしい。

 俺の方はというと、ソレを眺めつつコーヒーを飲んでいた。

「……カレーとコーヒーって、良い匂いになる」

 咀嚼の間にぽつりとそんな事を言う先輩。

「確かに、喫茶店とかであるかな? あんまり入ったことないけど」

 どうも紺との付き合いが多いせいで外食とかに縁が無いし、休憩はともかくあいつの食が細いから間食も無い。

 なんて考えてる間にも、大食い番組のような速度でカレーが無くなっていき、空っぽになった。

「……ごちそうさまでした」

「あいよ。というか先輩は何であんなトコで寝てたんだ」

 先輩ならもうちょっと言葉遣いがありそうだけど、なんかそんな気分になれなかった。

「……お腹、空いて。だけど、手帳とお財布、忘れて。動けなくなってた」

「……さいですか」

 こくり、と頷く先輩は髪が多くて長いからそう見えづらいけれども、堀井より小柄だった。なんていうか、日本人形とか、そんな感じだ。

 そして水のコップを両手で持ったまま、俺の方を見て小首をかしげてくる。

「そうだ、お礼……しなきゃ。後輩、だもんね」

「……まあ、そうすね。後輩が奢った、先輩が奢られたままで済まし辛いっていうなら」

 別に食券分が惜しいとは思わないけれど、言った通り据わりが良く無い。

 ただ、先輩は俺と同じ意見なのか無言で小さく頷く。

 そしてこっちの顔をじぃっと見た後、きゅっと手を握ってきた。

「おうわ!? あ、あの……先輩?」

 無言で俺のコーヒーを持って無い方の手の平をもみほぐすように両手で弄ってくる。

 細くて白い、けれども堅い先輩の指の感触がくすぐったい。

「キミは……戦士、だよね?」

「え、ええ、まあ、一応」

「ふん、ふん……てっきり、術者かと思ったのに……」

「……素質がどうのとかで魔力が無いんですよ」

 MPというガソリンはあるんだけど、そもそも車が無いから走らない、みたいな。

「……1年生、だよね? まだ、手の皮も柔らかいし」

 そう言って、むにむに触られ続けていると、照れくささもあってなんとも微妙な気分になってくる。

「い、1年ですけど」

「それなら……ええと、ちょっとだけ面倒、見てあげる、とか」

「面倒、ですか?」

「う、ん……これでも、3年間……ずっと、戦士やってきた、から。ちょっとくらい、役立つこと出来る、よ?」

 ――正直、この先輩は小柄だ。堀井よりも背が低い。

 けれど手は加藤みたいに堅い所と柔らかい所があるし、何より上級生の知り合いは沢山作っておきたい。

「ええと、良いんですか?」

「お腹空いてる、所を助けてくれる人は……良い人」

 ……加藤も同じような事を言ってたなあ。

「わたしが出来ることなら……なんでも、する、よ?」

 人の手を両手で握ったまま、身長差もあって上目遣いでそんな事を言われると――。

「何でも?」

「え、うん、なんでもするよ――」

 あ、これはいけません。録音して何度も聞きたくなる破壊力があります、あーいけません。

 この先輩、小柄だし細いし白いし、今気付いたけど胸大きいし……!

「玲也君……何しとるん……?」

 背後から聞こえた声と、突き刺さるような冷たい視線で、おれは、正気に戻った。

「か、かかかか、加藤!? な、なぜここに!?」

「おやつにおにぎり買いに来ただけなんだけど……手、いつまで握っとるん?」

「あ、いや、これは!?」

 慌てて離そうとしたけれど、特別力が入ってる訳でもないのに、動かなかった。

「……ご飯の、お礼に面倒……見てあげようかな、って」

 1年生なら速攻で逃げそうな刃物めいた気配を漂わせる加藤相手にも、小さく首をかしげるだけだ。

「玲也君?」

「いや、この人が行き倒れてたから……」

「またもー! なんでお腹空かせてる女の子がいるとご飯あげてしまうん!? もらったけど!」

「うん、そうだな」

「……仲間?」

「そ、そう、だけどぉ!? あ、なんか美味しそうな物食べてる!」

「カツカレー……おいしゅうございました……」

 加藤が無言で俺の首根っこを掴んで前後にガクガクしてくる。

「ええと、お礼……どうする?」

「な、何でもなんて、な、なな、なんかそんな、良く無い事、良くなかと!?」

「いや、加藤何を勘違いして――」

「――何も、邪念が無かったとでも?」

 至近距離から目を覗き込まれる。顔が近すぎる以上に逃げられない。いや、加藤ほんと顔近いけど、わしづかみしすぎ!

「……でも、お礼が出来ないのは、その……先輩として、奢られたままは、困る」

「……玲也君?」

「いや、先輩も戦士らしいから、ちょっと揉んでもらおうかなーとか思ってた位だぞ!?」

「そんなに揉んでほしければ、わ、わたしがいるでしょ!?」

 加藤さん、それ語弊があります。ほら、食堂にも1年生いて、凄い見てるし!?

「――多分、わたしの方が役に立つ、よ?」


 その一言が、加藤の逆鱗に触れた。


 ガラスの何とかみたいな白目めいた表情で固まった加藤が、さび付いたロボットみたいに首を回して先輩を見る。

「言うたね?」

「うん……1年生よりは、ね?」

 あわわする俺は、けれど顔面を加藤の両手でホールドされて動けない。

「……玲也君の面倒をみてたのは、わたしです」

「うん」

「知らない人には、まかせられません」

「うん」

 何かのゲージが貯まった加藤が標準語になってる!?

「その実力、確かめさせてもらっても良いでしょうか?」

「いいよ?」

 そしてこともなげに答える先輩。

「あ、いや、加藤ちょっと待って、その人――」

「……大丈夫、玲也君。大丈夫だから」

 いや多分、だいじょばないんだけど、どうすれば止められるのか分からなかった。


 †


 やってきたのは、戦士の訓練場。

 よかった、訓練場で済むレベルで良かった。良かったんだけど、思ったよりもギャラリーが集まっていた。

「――赤坂、これどういう事?」

 加藤が決闘、と聞いて駆けつけてきた堀井と丈が揃って呆れた顔で俺を見る。暗に「お前、騒ぎになる前にどうにかしとけよ」と言われてる気がする。

「いや、勘違いの結果を止めきれなくて」

「本気だったら止められたんじゃないのか?」

 それは確かに丈の言う通りなんだけど。

「まあ、やってもいいかなと」

「そっか。玲也がそういうならそうなんだろうな」

 そう言って、審判に向かう丈。ちょっと俺がやるのも、と思ったので来た以上は働いてもらった。

 今日、俺は加藤のセコンドにもついてない。ただ、体操服に着替えた加藤は制服着替えもせずに待ってる先輩に妙な闘志を燃やしていた。

「……着替えなくていいんですか?」

「うん、大丈夫」

 柔らかい素材の剣を手に2人は向かい合う。

 こっちから見ても分かるくらいに本気の加藤に大して、先輩は片手で剣を持ってゆるりと構えているだけだ。

「おーっす、なんかウチのが一年生と面白い事してるって?」

 さて始めるぞ、という時に聞き慣れない声がした。

「あ、お兄ちゃ――兄さん」

 堀井が声の主に振り返った時。


「始めっ!」


 審判の丈の声と共に、加藤が無言で一撃を仕掛ける。

 けれども。


「あー、ありゃ気負いすぎだな」

 堀井のお兄さんが言った通りになった。

「……“遅い”」

 先輩の剣が軽くぶれたかと思うと、加藤の剣が真上にふっとんでいた。剣だけじゃない、腕ごと跳ね上げられていた。

「――へ」

 即座に次の行動に――移れなかった。先輩の剣はそのまま、加藤の額を真っ直ぐに突き抜いた。

「へあっ!?」

 あの柔らかい剣で何をどうしたのか、加藤がサマーソルトキックを打ったように綺麗に一回転して、そのまま地面に倒れる。

 遅れて、上から落ちてくる剣。

 てん、てん……と、床をはねてころがった。

「そこまで」

 やや遅れて丈が宣言するけれど、周囲は水を打ったように静かなままだった。

「やっほ、カトーが誰かにケンカ売ったって聞いて、ぎゃーーーーーー!? ムラ様ーーーーーー!?」

 遅れて脳天気にやってきた蝶野が人混みをかき分けて、状況を見て悲鳴を上げた。

「ムラ子だけじゃなくてオレも居るぞ?」

「ぎゃーーーーー! ガイ先輩ーーーーー!?」

 蝶野ー、それ女子としてあげて良い悲鳴か?

「あら、兄さんの知り合い?」

「し、しししし、知らない訳ないっしょ!? さ、三種の神器よ、三種の神器ー!?」

 そう、三種の神器。

 現在、迷宮学園3年生で、学園が始まってから家鴨先生達の記録を超えてもっともクリアに近いと言われているパーティの主力。

 ここにはいないけれど忍者・浦手ケン。

 堀井の兄さんでリーダーの聖騎士・堀井凱。

 そして、加藤を今瞬殺した侍・村瀬政子。

 ムラ様とも呼ばれる、言葉通り学園最強の前衛その人。

「……」

 起き上がり、座り込んだまま、村瀬先輩の方を向いて動かない加藤。

「……赤坂、あんたドSね?」

「そう言われるのも分かるけど、勘違いのままケンカ売ったのは加藤だよ」

 俺は加藤の友達だし、そりゃ結構好きな奴だし、ほっとけないし、出来るだけ面倒だってみたい。

 俺が勘違いをさせた所から止められなかったってのはあるし、加藤がもうちょっと落ち着いても良かったんじゃ、とか色々あるけど、それは二の次だ。

 俺は、学園最強と言われる村瀬先輩と加藤にどれだけ差があるのか、それが気になってしまった。

「負けたーーーーーー!?」

 正気に戻った加藤が、大声を上げた。そして俺を見て、先輩を見て、また俺を見る。

「玲也君が先輩になんかいやらしいことしてまうーーー!」

 ざわっ。

「……するの?」

「しませんよっ……!!! 先輩がちょっと面倒見てくれるっていうから!」

 まわりのざわめきはとまらない。なんか凄い誤解されてる!

「うーん、まあ村瀬は悪い奴には敏感だし、大丈夫か。――いざとなったら斬れば良いし」

「そのメソッド、うちのクラスでも聞いた事あるわ……」

 兄妹の交流を横目に。

「あの、レイ君……? えっと良いの?」

 この状況に蝶野が戸惑った声をこぼす。

「だって先輩、加藤に勝っただろ? ここでゴネたら戦った2人に悪い」

 加藤もそれが分かってるのか、ただ不安そうな顔で俺を見る。

「いや、ちょっと面倒見てもらってくるだけだし、先輩がすごい強いのは加藤も分かったろ?」

「そ、そうやけどぉ……」

 こういう時、どうすればいいのか。加藤も勝ち負けには納得してるんだろうけど、ええと……!

 迷ってる間に、村瀬先輩がそっと俺の手を握ってくる。

「じゃ、いこっか?」

「え、ええ?」

 そのまま、先輩は周りを全く気にせずに俺の手を握って連れて行く。

 その様子は加藤はどこか不安そうに。

 堀井は思い切り呆れて。

 蝶野は目立たないようにしながら。

 丈は「面白い事になった」という顔で見ていた。


 ――1年最強加藤椎奈、学園最強の3年生村瀬政子に瞬殺される。

 黒髪が綺麗な先輩と椎奈の対決はすごくハードモードというかヘルだった。


 その噂が広がる間。


 これから俺達は、それを気にしてられない状況に巻き込まれるのだった――。

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