レベル上げ2回目・都合良く服だけ溶かすスライムの存在を、我々調査班は見た!

「赤坂ー、ちょっと聞きたい事があるんだけど。時間あるかしら?」

「うん、いいけど。時間かかるの話か?」

 授業の間の休み時間、堀井に声をかけられる。

「そうね、場合によっては。――あー、そっか、出来ればあんまり他の人に聞かれたくない話ではあるんだけど」

 周りの目を気にする様子の堀井に、周囲に妙な緊張感が走る。

(――え、堀井がまさか……!?)

(やめろー! 赤坂は加藤の専用にしてください、野放しにするな!!!!)

(……赤坂君の本命は新田君じゃないのかなあ)

 妙なオーラを感じるけれども、俺の向かいで課題相手に脳を沸騰させてる加藤は何を思うのか。

「あ、別に加藤は聞いてても良いわよ?」

「うん、うん? えっと、何の話ぃ?」

「何でもないわ。放課後、ちょっと赤坂借りるけど良い?」

「あ、うん。良いけど。その後、訓練あるから返してね?」

 いつの間にか俺が貸し借りされてる。

 それはそれとして、堀井が聞きたい事って何だろうか?


 ――放課後。

 今日はダンジョンに潜る予定じゃ無かったけれども、フラフラやってきた蝶野や、教室で話を聞いてた丈も結局一緒になっていた。

「なあ堀井。結局、メンバーみんないるけどあんまり聞かれたくない話なんじゃなかったのか」

「うん? この面子なら大丈夫でしょ――」

 そこで何かに気付いたのか。

「あ゛。もしかしてあんた、わたしが告白とか恋愛事の相談でもするなんて勘違いしてたんじゃないでしょうね!?」

「玲也はしてないだろうけど、クラスではそういう勘違いもあったんじゃないかな?」

 しれっと丈が代弁してくれる。

「……しくじったわ、そういうつもりは全く無かったのに」

「うーん、そこで全く無いって言っちゃうとちょーっと玲クンかわいそうじゃナイ?」

「いや、俺も堀井がそんな話しするとは思って無かったけど、あいたぁ!?」

 何故か蝶野に手刀を喰らった。理不尽すぎる。

「で、ええと、瑞樹ちゃん。玲也君に何のお話?」

「ああ、そうそう。赤坂あんたゲーム詳しいわよね――」

 おう、詳しいぞ。と言おうとしたのだけど。

「――夕闇の蜃気楼ってゲーム知ってるかしら?」

「やだぁあああああああ!!! しりませぇえええんん! え、夕闇の話すんの、こんな所にいられるか、俺は部屋に帰らせてもらう!」

「ちょ、ちょっと玲クン、どしたの?」

「……俺、あんな、怖いゲーム、知らない」

 思い出すのもおぞましい……!!

「ええと、堀井は何で急に玲也のトラウマになってそうなゲームの話を?」

 頭を抱える俺を余所に、丈が仕切っていく。

「ああ、ええと。今度、実写化の計画があってうちの事務所にオーディションの話が来たのよ。ただ、まだ発表されてないから、あんま聞かれたく無かったってだけの話なんだけど」

 なるほどなるほど、と納得する加藤が優しく俺の頭を撫でてくれる。

「で、わたしにもそのオーディションの話が来たから、赤坂にどんなものか聞こうと思ったんだけど――知らないっていうならしょうがないわね」

「いや、コレ玲クン絶対知ってると思うんだケド。そこんとこどうなの?」

 加藤の反対側、テーブルに突っ伏す俺の背中に肘を付いて体を預けてくる蝶野。背中が柔らかきもち良くて、恐怖心が薄れて行く。

「……はい、知ってます。シリーズ全部クリアしてる」

「だったら何で知らないとか言うのよ」

「いや、その、基本的に紺が買ってて」

 紺というのは、物心ついた頃から俺と一緒にゲームをやってる親友だ。ガチで体が弱くて、一日中ゲームをやってる事もある。

 ちなみにホラーゲームが趣味なのは、横で怖がる俺を見て楽しんでる節がある。

「その夕闇の蜃気楼ってどういうゲームなのかな? 玲也がそこまで怯えるんだから少し興味があるな」

 丈も同じ楽しみを見いだして無いだろうか。

「……いや、まあ、3D視点のホラーゲームだよ。和風ホラーの怖い感じがみっしり詰まってるやつ」

 ちなみに、最新作はVR化されてるという。

 ……そういえば技術提供に迷宮学園の名前があったような。

 …………。

 大迷宮の技術でホラーゲームとか、それ絶対怖いやつじゃないですか?

「何か赤坂が急に遠い目をし始めたけど、この様子じゃ良く分からないわね――」

「……ああ、じゃあ貸そうか? 携帯用のもあるし」

 なんだかんだで持ってるし。というかこの間、紺が置いていきやがったのがある。

「わたし、ゲーム機持って無いわよ?」

「予備機あるから大丈夫だぞ? え、いや。普通とは言わないけど、急に壊れる事もあるから2台持ちくらいするって!」

 皆に引かれる前に言いたい事は言っておく。

「壊れた時の為の予備の木刀みたいなもん?」

「……アタシ、木刀が壊れる可能性もある訓練ってのがまず嫌な予感するんだけど、ここ笑うトコ?」

 多分加藤は本気だから、突っ込まない事にしておく。

「ええと、貸して貰えるなら有り難く借りるけど――」

「おっと、堀井は玲也に借りて言葉だけで済ませるのかな?」

 急に丈が何か言いだした。

「あ、ソレソレ。代わりの何かがあってもいいよねー。玲クンの大事なゲーム機だもんねー」

 そして蝶野がそれに乗っかり出した。

「あんた達ね……。わたしだってタダで済まそうなんて思って無いけど、赤坂なんかある?」

 加藤は純粋な興味。堀井は「変な事言わないだろうな」。丈と蝶野は妙な期待をした顔でこっちを見る。

「……普通女子にこういう時、何頼めばいいんだ?」

 紺相手なら別のゲーム貸せ、で済むから慣れてない。

「そこはほらー。ちょっとエッチな自画撮りとか? あいだだだだだ!? ホリィちょっと、それマジ痛いヤツ!?」

「堀井、今度食堂で何か奢って」

「はいはい、その位でいいなら」

 容赦なく蝶野にアイアンクローを入れる様子から目を逸らしながら、現実的な提案を落としどころにするのだった。


 †


「――だけど玲也君、ホラー苦手なん?」

 その後、素振りの練習中に加藤にそんな事を言われた。

「……おう、かなり苦手だぞ」

 素振りは1人でもやるんだけど、こうして時々加藤がフォームの確認をしてくれる。

 振ってる横、体育座りで見てるのだけど、短パンから伸びる太ももとか、そこで潰される胸とかが気になるけれど、模擬戦の時ほどじゃない。

 座ってる時は揺れないし。

 ――なんて見てたのに気付かれたのか、立ち上がってこっちに近づいてくる。

「あ、あの加藤!? これはちがっ」

「腕、ちゃんと上がって無い。ちゃんと素振りの時はここまで、この姿勢まで上げる。はい」

 そう言って俺の腕の位置を直すんだけど、後ろからだから結構くっついて来る、というか身長差があるからもうくっついてる。

 姿勢を直し、離れるのにほっとするやら、惜しいやら――いや、今はそれを楽しんでる場合じゃない。

 ……というか。

「カトーあれ無自覚なんだよね?」

「言うと余計面倒になるからほっときなさい」

 丈は(いやいや押しつけられた)クラス代表の話がある、と行ってしまったけども、堀井と蝶野はこっちに来ていた。

「でもなあ、玲也君がホラー苦手って何かおかしいなぁ」

「加藤なんで楽しそうなんだお前」

「え、ええと、なんでだろね?」

 なんだろう。バカにされてる訳じゃないんだけど、それに似たむず痒さを感じる。

 こう、加藤みたいなお姉ちゃんがいたらこんな感じなんだろうか、と思う。

「というか、みんなはホラー平気なのか」

「アタシは怖いのとか普通に好きかな? グロとかは趣味じゃないけど」

「あんまり興味無いわね? 自分からは見ないかしら。ああでもオーディション前に勉強した方が良いわね」

「あ、じゃあアタシの部屋来て映画とか見る? いくつか持ってきてるし――カトーは?」

「んんんん? ええと、お化けは好きじゃないかな。――斬れないし」

「そっちか!?」

「後は……何が怖いのかあんまり良くわからないから」

「カトー、怖い物とか無いの?」

「………………おまじゅうと熱いお茶?」

「この子にしては高度なボケだと思うわ」

 俺もそう思う。

「ともかく。玲也君が怖がってるの、ちょっとええと、可愛いなあって――」

「分かる!!!! 玲クンが可愛いでカトーとわかり合える日がやっと来た!!!」

「かわ、いい……?」

 蝶野がテンション上がる横、本気でいぶかしい顔をして、俺の方を見る堀井。大丈夫、俺も良く分からない。

 ただ、何というか。

「蝶野さんの思う可愛いとは違うと思うなぁ?」

 なんてはにかむ加藤だった。


 †


「……あの笑顔が良いなあ、って受け入れたら男として何かを失う気がする」

 寮の部屋でルームメイトの丈に思わず愚痴っていた。

「ふぅん、でも受け入れたい部分もあるんだ」

「そりゃ元々加藤、見た目良いと思ってるし?」

 正直に言うと、うちのパーティの女子はみんな大変スペック高いので、落ち着かない時が多い。

「加藤さんに直接、その笑顔が可愛いって言ってあげればいいのに」

「今そういう話したっけ?」

「あれ、違ったの?」

 しれっと言う丈は、分かった上で俺をからかってる。というか、こいつなりに楽しんでる。

「あそこで笑われるまま、ゆるゆるしてたら男としてのプライドに関わるという話だよ!」

「まあ、向こうにそのつもりは無くても『可愛い』なんて同い年の子に言われたら受け入れがたい……のかな?」

「お前はそういう経験無さそうだもんな」

「年上はともかく同年代に言われた事は無いからね。いや、上からも可愛げがないとは良く言われてたか」

 丈は確かに可愛げ無いよなあ……。

「で、どうすると納得出来そうなのかな?」

「ちっぽけなプライドだけの話をすると、不平等だと思うのであいつらも何かに怖がれば良いと思います」

「うわぁ、本当にちっぽけだ」

「そうだよ! いや、ええとなんだ。本気じゃなくて、俺だけじゃなくてあいつらもお化け屋敷に入ればいいな、位の」

「いや、分かるよ。玲也1人がお化け屋敷に入って、怖がってる様子を見て外から『可愛いー』なんて言われてたら、むっとするだろうしね」

「そう、それ!」

 流石に、ここで苦手な物を押しつけてどうのこうの、とかそういうつもりは無い。

「だけど僕はそこで受け入れて、甘えちゃっても良いと思うんだけどなあ?」

「……丈?」

「だって、加藤さんがお姉ちゃんって、どうかな。まんざらでも無いんじゃない?」

「…………ノーコメントで、と言いたいんだけど。それ、今以上に危なっかしいんで、やっぱりイヤだな」

 バランスというか、何というか。

 そう考えると、加藤から継承権をもぎ取った弟君というのも、その辺を心配しての行動なんじゃないかな、なんて思うのだった。


 †


「――と言うわけで、怖いモンスターを退治した方がいいんじゃないかって話になってね」

 翌日。

「新田、ええと何。急に?」

「昨日さ、クラス代表の打ち合わせでそういう話があってね。ただ(ある意味)危険なターゲットだからおもしろ半分で行かれても被害者が増えるだけだから実力のある面子で対処しよう、と」

「それなら、私が行って斬って来れば良いん?」

「待て、俺も今初耳だけど丈が危険とか強い、じゃなくてわざわざ“怖い”なんて言ったのはどういう事だ」

「んー。タダの亜種とか変異種じゃないのが出てるってコト?」

「蝶野は何か聞いて無いのか?」

「今のアタシは玲クン達と同じ立場だからねー。なーんも聞かされてないヨ?」

 そう言って、能力を封印してる装備「足枷型のネックレス」を見せてくる。

「ま、良いわ。わざわざ話したって事は対処に行くつもりなんでしょ?」

「いや、正直今までとは(ある意味)危険度が段違いなんで話し合ってから決めたい。僕らが必ず出しゃばらなくても良い訳だしね?」

「新田君がそこまで言うって、どんな危険なモンスターなん?」

 加藤も、蝶野も見当がつかないのか首をかしげていた。


「なんでも“都合良く服だけを溶かすスライムの群れ”らしいんだ」


「ん、んん? 丈、もう一回」

「だから“都合良く服だけを溶かすスライムの群れ”が、北東部に出るって――」

「……え、いるの?」

 一部でおなじみの品種改良された的なアレが。

「ちょっと玲クン、何でそんな『うわぁ、何それ。マジでいるの? 関わり合いになりたく無いわぁ』って顔してんの!? そーゆーの男子のロマンじゃないの?」

 蝶野の言葉で、堀井が加藤の手を引いて一歩遠ざかる。

「赤坂……あんた……」

「俺は何も言ってないよねえ!?」

「――というか、そもそも疑問なんだけど。ええと、なんだっけ、その“服だけ溶かすスライム”っていうのは一般的な存在なのかな?」

 爽やかさを全く崩さずにそう聞ける丈は、友人でなければ「イケメン死ねばいいのに」と思わせるだけのパワーがある。

 そして会話が全く理解出来て無い加藤があいかわらず頭の上に?を浮かべてるけれど、とりあえずソレが何やらいかがわしい物だと理解出来てるようで、照れている。

「まさか丈……行く気か?」

「「や――」」

「……堀井、蝶野?」


「「やだぁーーーーーー!! 絶対に行きたくなぁあああいいいいいいいいい!!!!!」」


 揃って、完璧な拒否反応を見せる堀井と蝶野。

 そして丈は何故か俺の方を見て、してやったりという顔をする。

 いや、俺が求めてたのってそういうのじゃなくてさぁ……。

「ええと、あの。服だけを溶かすスライムって……何ぃ?」

「その名の通り、なんでも戦った相手の服だけ溶かすけどダメージは無いみたいだよ」

「えぇ? じゃあなんで溶かすん……? ねえ、玲也君?」

 そこで俺に振るか加藤ーーーーー!?

「……変種って意味じゃ、例えばそれが主食……とか?」

 あの大迷宮、完全にではないけれど生態系が再現されてる。例えば肉食系モンスターを狩りまくると、結果的に植物系モンスターが減る、とかそういう事もあるみたいだ。

「いやいやいやいや、玲クン。明らかにそういう何て言うか趣味の魔改造だから。自然変種じゃないから、というか何ていうの“そういうの”発のだから!!」

「……ここ、国公認の私立高校じゃなかったのか」

 明らかに未成年には悪影響な案件ではないのか。R-15ならセーフだというのか。

「……迷宮の中まで、査察が入らないんじゃないかしら」

 くそ、好き勝手しやがって……!!

「と言うわけで、もう被害も出てるし、放置しておけないからって議題に上がったんだけど――」

「……行きたくねぇ」

 思わず本音が口から漏れた。

「え、マジで? 玲クンここであれこれ理由つけて『しょうがないから行くか』って方向に持ってかないの、あたまとか、大丈夫? 男子として」

「酷い言いようだな、蝶野!?」

「えー、だってさー。これでアタシとかカトーとかホリィの透けたり溶けたりするとこ見ても、相手が相手なんだし事故じゃん、事故。正直役得だとか思わない? ――玲くん、アタシ達のおっぱいとかホリィ太もも超好きじゃん?」

 向こうで堀井が無言でアイアンクローの姿勢に入る。

「それは好きだけど、見たいなら正面から頼むからな! そうじゃないで見るのは何か、卑怯だろう」

「へぇ? 普段加藤が無防備で見せてる分は?」

 堀井が聞く横、加藤が胸元を隠して一歩引く。

「あれはラッキーであって意図的じゃないので別腹です」

 もう一歩引かれた。

「え、じゃあ玲也行かないでいい? ほっとく?」

「ここで行って女子とパーティ内でギスギスする位なら、行かないよ」

 例えレア素材が出るとか、ボーナスがあっても信頼の方が大事だ。

 ……もう失った気もするけど。

「じゃ、今回は見送りと。ちなみに玲也、そのスライムどう退治すればいいと思う?」

「男か女だけでパーティ固めて焼き払う」

 なんて当たり前の対処を言っただけなのに。

「ああ、うん。玲クン、今はいいけどいざという時に、そういう妥当な対応ばっかだとアタシでもカトーでも多分怒るからね?」

 良識を持ってるのに忠告されるのは理不尽だと思いました。


 †


 ――と言うわけで。

 そのスライム変種が出る北東を避け、ダンジョン探索。というのも、2階への階段は見つかったけれど、キーアイテムが無いせいかモンスターが強すぎてろくな稼ぎにならないからだ。

 1階でまだ逃してるイベントがある――そう想定した1年各所は、情報を共有しながら探索を続けていた。

「2階なー……。そもそもモンスターが正体不明なのが1番の問題なんだよなあ」

 どうやら正体不明のままだと与ダメが著しく下がるようで、加藤の一撃もろくに通っていなかった。

 周囲も暗いし、やはり道を見つけるだけじゃ上に昇っていけないのか――。

 そんな中、2階の探索は「逃走が得意な班」が担当してたり、してなかったり。


 ――ぽたり。


「うん? 迷宮って雨漏りするのか?」

 なんて考えていたら、何か上から液体が垂れてきた。空調の結露とかあるのか?

「いや、そんな訳無いと思うケド――」

 入学した時に入り口広間で上からドラゴンがよだれを垂らしてきたけど、この通路にそんなスペースは無い。

 それに、敵が近づけば蝶野が気付く筈だ、と上を見上げると――何か、石造り(風の)天井が濡れて滲んでいた。

「……ホラー演出やめろ」

「どうしたのよ赤坂……うわ、何コレ」

 みんなで見上げると、そこは濡れた何かが這った後のようになっていた。

 いや、迷宮の中はモンスターの巣窟だし、何か居てもおかしくは、とその跡をたどっていくと、気付いてしまった。

「加藤、上ー!?」

 え? と加藤が俺の声で見上げた瞬間。石造りの隙間からゲル状の物が大量ににじみ出し、シャワーみたいにどばーっと垂れて落ちた。

「うわぁあああああああ!?」

(……今の、女の子の悲鳴としてどうなのかしら?)

 慌ててスマホ型学生手帳のカメラでモンスター図鑑を起動するとそこには「スライム(変種)」の文字が、というか。

「あ、コレだ。例のスライム」

 同じようにカメラを向けていた丈がこともなげに言い放った。なお加藤は頭からたっぷり喰らってまとわりつかれてる。

「カトー、ちょっと不意打ちわざと喰らうとかあざとくない!?」

「いや、あの、その、えぇえ? これ、取れんけどぉ!」

「今助け……いや、ええと、助けて、いいのか?」

 これが本当に服だけを溶かすスライムなら、男の俺が行っていいのか、というか北東にに出るんじゃなかったのか。ここ、地図で言うと南西だぞ!?

「い、いいから取ってえ! あ、ちょっ……そこ、ダメぇ」

 流石に相手が相手だから堀井と蝶野もためらってる。

「くっそ――蝶野、オイルと火!」

「あ、ああはいはい! カトーちょっとかなり熱いから息止めて!」

 我に返った蝶野が、手慣れた動きでスライムを炙る。

 ぼうっ、と燃え上がると一気に縮んで、それを加藤は掴んで引きはがすと壁に叩き付けた。

「けほっ……うぅ、斬れんし、掴みづらいんはやりづらいよぉ……」

「か、加藤……大丈夫、か?」

「う、うぅ……あぁ、またマントが穴あいてるぅ……」

 前も虫の酸で溶かされたマントがまたボロボロになってしまって、加藤の肌が露わになっていた。――けれど。

「男は向こう警戒! 加藤、ごめん、赤坂たちの前で服が溶けるかもって思ったら動けなかったわ」

 清々しい程に誤魔化さない堀井が加藤の服装を調べるけれど。

「……うん? あれ、平気ね。溶けて無いわ」

「え、そうなん?」

「あー、溶かすのって服だけって言うし。ビキニアーマーは鎧判定でセーフだったトカトカ?」

「というかマントは元々、ボロボロだったじゃない」

「あ、そうかもしれん……」

「……そうか、良かった」

 心底ほっとすると、丈に不思議そうな顔をされた。

「いや、玲也。そこでほっとするのは加藤さんの方であって、お前はもう少しがっかりしてもいいんじゃな――」


 ――ぽたり。


「みんな、上にまだ沢山いる――」

 言った時には遅かった。スライム変種はさっきの1匹だけじゃなくて、天井全部からにじみ出していた。

「きゃぁーーーーー!?」

 それがぼたぼたとみぞれ雪みたいに降ってくるからもう避けられない。

「堀井、蝶野、これ使えっ!」

 鎧判定でセーフならと、俺の大型盾を2人の方に放る。

 加藤は“鎧”だけど、2人は“服”カテゴリの防具だ。

 投げたそれを受け取って慌てて入るのを見届け、俺と丈は逃げようとするの、だけど――。

「堀井さん、ローブの端。濡れてるだけみたいだよ」

 いち早く範囲外に引いた丈が指摘すると、確かに堀井のローブは濡れてるだけで全然溶けて無かった。

「……あら、ホントね?」

 俺が盾を渡す前に、それなりにスライムを浴びていたけれども、堀井も蝶野も(べたべたしたものがついてるのはともかく)濡れてるだけだ。

 少なくとも、鎧じゃない服は多少べたついて貼り付いてる位でしかない。

 振り払った粘液も地面で震えるだけで、踏みつければ動かなくなる。

「……なんだ、変種って言っても溶かすやつじゃ無かったのか」

 ほっとして残ったスライムを焼き払おうとポーチに手を伸ばした所で、加藤が俺をじっと見てた。

「どうした加藤」

「玲也君、服溶けとる」

 え? と見下ろした瞬間。現在進行形で胸当ての下の服が溶けて煙を上げていた。

「うわぁああああ!? なんだこれ!!???」

 それどころか、垂れたスライムが俺の方に集まって固まってきていた。

「ちょっと、赤坂動かない! 蝶野、火、火!」

「え、ああうん?」


 その後。

 半裸の俺にたっぷり絡みついてきたスライムを焼き払うまで、火だるまになって転げ回る俺の絶叫が迷宮に響いたのだった。


 †


「回復魔法かけられながら火あぶりって、ちょっとした拷問ではありませんかね?」

 丈からローブを借りて羽織って、とぼとぼと出口に向かって歩く。この下は最低限のインナーだけになてって、とても女子にお見せ出来る格好ではない。

「いやあ、“噂通り”男に集まって来るんだね」

 ……ん?

「――丈、お前……まさか……」

 ぎ、ぎ、ぎ、とさび付いた動きで丈を見る。

「女子の服だけ溶かすような、そんな危険な所に僕が連れて行く訳無いじゃないか」

「貴様ぁああああああああああ!!!!!! 知ってて離れた所に逃げてたなぁああああああああ!!!!」


 †


「玲クンがお坊ちゃん相手にパンツ一枚で大暴れしてるけど、止めなくて良いの?」

「見苦しいから止めたいけど、関わりたく無い――どうしたの加藤、何で笑ってるのよ」

「んー? 恥ずかしがってる玲也君が可愛いなあって」

「……いや、アレ流石に見苦しく無い? というか、加藤平気なの?」

「下着くらいなら父さんと弟で慣れとるし?」

(あっ。そっか、カトーって身内に対して凄い無自覚になるタイプの結構なヤツかー)

「あれ、もしかして1番気にしてるのわたし?」

「いや、カトーが天然過ぎるだけだと思う……ヨ?」


 †


 後日。

「――丈、いやクラス代表。火の得意な術師集めてまとめて焼き払う計画がこちらです」

「あ、ああうん、じゃあ話し合いで提出してくる」

 可及的速やかにまとめたレポートを丈に渡す。

「……玲也君、なんか目が死んでる」

「素直に加藤が溶けてたら良かったのかしらね」

 そんな俺を見て、女子陣がそれぞれ微妙な顔をしていた。そういえばあの日から、加藤が俺を優しい目で見る事が増えた気がする。


 けれどそれはそれとして、男の服だけを溶かすスライムとか残しておく理由が無いのだった。

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