メイキュー! #レベル上げ配信

森崎亮人

レベル上げ1回目・普通男子からそれを言います?

 おさらい。


 私立迷宮学園は「ダンジョン攻略」が必修科目になっている、世界で唯一の高等教育学校である。

 現代日本、いや世界にダンジョンなんて物があるわけでもない。じゃあどうするのかというと、学園側は「人工ダンジョン」を作った。

 演習用に。学習用に。

 一体ここで何を学習して何処で生かせというのか。

 だけど何故か認可が下りて高等学校として認められてしまった。


 世界一リアルな地上30回、地下規模不明というこの「大迷宮」。

 開校から10年、今だ学園内に建設された「大迷宮」の攻略者はおらず、今日も生徒達が初攻略賞金の10億円を目指し、日夜努力に励んでいた。


 格闘ゲーム大会の副賞で特待生入学を果たした新1年生の赤坂玲也(職業・戦士、役割・司令塔)もその一人。


 仲間はそれぞれ――

 加藤椎奈 戦士 役割・皆殺し

 堀井瑞樹 癒し手 役割・代打

 新田丈  術師(精霊) 役割・後方支援

 蝶野アイ 斥候 役割・遊撃


 そんな彼は今、剣術修行の為に入学したリアル人斬りこと加藤椎奈に付き合って貰い、訓練場で戦士としての自主練習をしていた。


 †


 俺、赤坂玲也は戦士としてはくっそ弱い。どの位弱いかというと、他に何も出来ないから防御を固めてタンク役をやるしか無い位弱い。

 いや、語弊がある。そもそもタンク役は弱いヤツの仕事じゃない。

 俺自身が弱いんで、戦士特有の重装備とHPを利用した“ソレ”しか出来ないのだ。つまりタンクというより肉壁といった方が正しい。

「次。左から打つから、2回受けて――」

 体操着姿の加藤が、スポンジだかウレタンを巻いた練習用の剣を構えてそう言う。

「おう、来い」

 1回目は分かりやすく肩の辺り。それを盾で受けるけれども、そのまま刃を上にすべらせて顔面を横から叩かれた。

「いってええっ!?」

「だからもー。受ける時は受けた後、攻撃がどこに動くかまで考えんとダメっていうとるのに」

 ヘッドガードの上から、練習用の剣で殴られたのに目が眩むのはどういう技術なのか。大体、1度は盾で受けてるのに、だ。

「ええと、じゃあどうすればいいんだ。真横から受けたら衝撃逃がせないし」

「斜めん時は跳ね上げたり、引いたり。刃が自分に届かないように動かんと。“受け”も技術なんよ?」

 盾は壁じゃない。ゲームみたいに「カァン」って音がして終わりとかじゃないのだ。

 「敵は加藤みたいに誰も彼も技術がある訳じゃない」なんて泣き言や言い訳はしない。技術がある敵が出た時にHPが0になるのは俺だ。

「玲也君も目は良いから剣筋追えてるんだけど、1度受けたら止まっちゃうのがなぁ。どうにかせんと」

「1度受けるのが精一杯なんだよ!?」

 あと、加藤には言ってない別の問題もある。

 むしろそっちの方が大問題だったりする。

「じゃ、もう一度。何処から来るかは言わないけど、大振りで打つから――」

 一歩離れて、構えて、身を回す。

 加藤は巨乳だ。Fカップとか言ってた。

 今は動きやすい体操着だ。

 そんな動きをすれば、揺れる。

 たまにまくれてヘソも見える。かがむと襟首から谷間が見える。あと汗で貼り付く。

 つまるところ、むちゃくちゃ気になる。

「こら、よそ見っ!」

「おうあっ!?」

 真横の軌道、盾の上から思い切りしばかれて、姿勢が崩れる。一歩姿勢を崩した瞬間、加藤は剣筋を変えて両手で大上段に構える。

 身体をそらし、胸を突き出した姿勢から――脳天に思い切り振り下ろされた。


 ヘソが見えた。

 そしてむちゃくちゃ揺れてた。


 †


「……堀井さん、折り入ってご相談があります」

「何よ改まって……というか、今日はいつにもましてボコボコね、赤坂?」

 訓練の後、パーティの仲間で癒し手の堀井が様子を見に来たので、思い切って相談を持ちかける事にした。

「何でそんなあっちこっち腫れてんのよ?」

「柔らかい剣で威力を出す為にしならせるから、とかなんとか」

「あー……だから鞭とかで叩かれたみたいになってんのね。で、相談って何? いくらわたしが癒し系アイドルだからって迷宮の外で回復魔法なんて使えないわよ」

「癒し系(笑)」

 スゴイ目で睨まれたので、女子でありながら元少年野球4番がバットを持ち出す前に本題に入る事にする。

 飛んでくる大型蜂をメイスでホームランして迷宮の天井にたたき付けるヒーラーを癒し系に括っていいのかはこの際置いておく。

「相談したいのは、加藤の下着の事なんですが」

「……女子のわたしに言う話なの、ソレ。わたしそこまで赤坂に気安く見られてたかしら」

「違う。違うんだ堀井、俺だって滅茶苦茶恥ずかしいけど、お前にしか出来ない話題なんだ」

 用意しておいた自販機の紙パックミルクティーを献上すると、とりあえず話を聞いてくれるのか足を組み直して俺を見上げる。

「ま、あんたがその辺の気づかい無くアホなセクハラするとは思って無いから聞くだけ聞いてあげるけど」

「ありがとうございます!! でさ、女子用の運動する時に揺れない下着とかってあるよな?」

「おう、それはわたしが揺れないから聞いてるの? ん? ギリギリCに届かないBのわたしに」

 間髪入れず、脇腹をわしづかみされた。あ、これ……内臓まで、来る……。

「ご、誤解だ!! 違うの、女子の下着とか分からないし堀井ってダンスのレッスンとかやってるから、知ってるかなって思っただけなの、だからお願い、します……手を、離して下さい……練習中の、加藤が……揺れすぎてるんで、す……」

「……理屈が通ってるから見逃してあげるわ?」

「ありがとう、ございます……」

 握力で内臓にダメージを与える堀井は本当に駆け出しアイドルなんだろうか。アイドルで癒し手とは一体。

「で、練習中にぶるんぶるんされると男としては困ると」

「俺も困るし、訓練場は男女共用だから。その、周りの視線もあって……良く無いんじゃないかと……」

 別に加藤の他にも美人で揺れてたり薄着の人は居る。

 だからってウチのメンバーが空気になる訳でもない。

「本人に言った?」

「俺から言えるかよ!?」

「……ま、そうよね。訓練に付き合ってもらってんのにおっぱい揺れてエロいです、とか言い出せないわよね」

 じゅこー、と音を立て飲み干しながら堀井も渋い顔をする。パーティでは1番小柄なのに、1番姉御感ある。

「で。詳しそうな仲間に相談しようかと思って」

 ちなみに加藤はというと長風呂趣味もあってまだシャワーから出て来て無い。

「ふーん。けどそういうのなら蝶野は? あの子もその辺詳しいでしょ? ――何、なんでそんな遠い目してんの」

「……ほらね、蝶野に頼むと、加藤がオモチャにされるんじゃないかと思うんだ」

「あー……そうね、確実にオモチャね」

 蝶野も俺たちの仲間だけど、白ギャルというか、派手趣味というか。

 少なくとも九州の山奥から出て来た純朴な加藤に対して下着云々任せたらどうなるか分からない。

「まあ、揺れてるのは単純に運動する上で体に悪いし。今度の休み、駅前まで出て見て来てあげるわ」

「頼む、頼む……いや、変な事相談して悪いとは思ってるぞ!?」

 堀井が妙に渋い顔をしてる。やっぱり乗り気じゃないのか。

「……ううん、赤坂が悪いんじゃなくて。あの子、基本的に色気の無いスポーツブラとか、そういうのばっかなのに、それでも揺れるのどういう事かしらって」

「そういうの、詳しく無いんで分かりません」

「分からないって言えばなんでも許されると思って無い? 少しは新田を見習ったら?」

「……子供の頃から若い看護婦のお姉さんに囲まれて、そういう知識を得たボンボンを見習うのはちょっと」

「そうねー……」

 と頷く堀井も、俺と同じ何かを諦めた顔をしていた。


 †


「赤坂、無かったわ」

「ええぇ……」

 休みの日。

 流石に俺がついていく訳にもいかずに任せたんだけど、帰ってくるなりそう言われた。

 ちなみに、今いるのは男女共用の談話スペース。

 今は蝶野の仮題を手伝いつつルームメイトでパーティメンバーの新田丈とチェスをしていた所だ。

「玲くーん、アタシの相手がちょっと片手間すぎない?」

 机にだらしなく伸びながら蝶野が文句を言ってくる。それなりに大きい胸が潰れて、正直青少年としては意識するというか、こいつは計算尽くでやってるんでたちが悪い。

「2人きりだと飽きたらすぐに終わらせようとするだろ。ほら、そこのグラフ、入れる数字間違ってる」

「ぐぇー、もうやだー……」

 自分から仮題や宿題見てくれって言うのに、飽きたら止めようとするし、色仕掛けでそのままなし崩しに逃げる、というのが今までもあった。

 流石に折角手伝う以上、そんな中途半端は許せない。

「片手間で相手されてるのは僕も同じじゃないかな? 負けてる身で言えた事じゃないけど」

 次の手に迷いながら丈がチクリという。こいつはおっぱいとかで動揺しない派というか、蝶野の事は信用してるけど、信頼してないとかそんな感じだ。

「……ところで玲也君、なんで勉強しながらチェスできるん?」

 堀井と一緒に帰って来た加藤が、変な物を見るような目を向けてくる。

「昔から、サクセスで育成しながら横でシミュレーションとかしてたからなあ」

 ゲームで鍛えられたマルチタスクというべきか。2の戦争編の生還率が低すぎてそこで磨かれた。

「んで、無かったって何が無かったの?」

 格好の逃げ道が出来たと蝶野が課題を脇にうっちゃって話を続ける。

「加藤の運動用のインナー見に行ったのよ。だけどサイズもだけど、そもそも駅前の品揃えがそんな良く無かったわ」

「ふぅん意外だね? こういう学校がある側の街なんだし、需要はあると思ったんだけど」

 丈の言う通り、俺も迷宮学園だからこその品揃えを期待してたんだけど、無かったのか。

「あ、そりゃ無いよ。ナイナイ、遊ぶトコはあるけど、そういうなんていうの、特需? そういうのは街の方には無いヨ?」

「え、じゃあどうしてんだよ蝶野センパイ」

 ちなみに蝶野は「職員」として子供の頃から迷宮学園に関わってきてるし、実際1、2歳年上らしい。

 けれど紆余曲折あって、レベルを封印してうちのパーティに入ってる。

「センパイって言うな!? アタシが留年したみたいじゃん!? じゃなくて、何で1番身近なトコ見に行かなかったの?」


 †


 身近? と首をかしげる俺たちを連れて蝶野がやってきたのは、迷宮学園内にある購買部だった。

「あー、いらっしゃーい。どしたの、装備の更新?」

「家鴨先生、また店番やらされてるんですか……日曜日なのに……」

 うちの担任は学園長に怒られるとこうしてバイトをさせられる事が多々あった。

 バイト代が出てるのかどうかは知らない。

「この間、ビール飲んだ後に迷宮入ったのがバレて怒られてまーす。で、で。何?」

 罰当番の割りに、楽しんでるんだよなあこの人。

 そして自分の下着の問題だと言いづらいのか、加藤は言い出せずにマゴマゴしていた。

「先生、加藤が着けられるサイズのインナーあります? 運動しても固定出来るようなやつ」

 しょうがないんで俺が言い出す。照れたら負けだ。

「……あぁー。はいはい、あるよー……」

 途端にテンションが駄々下がりする家鴨先生。

 ちなみに女性陣としては堀井と同じ位小柄で、もっと言うと同じ位薄かった。何処とは言わない。

「そうだよねー、ステラも言ってたけど揺れるよねー。あんま揺れると将来タレるって言うしねー……」

 ステラというのは副担任で戦士の先生。家鴨先生の学生時代からの後輩だった。

 そっちは金髪碧眼のアメリカンボディである。

「やっぱ彼女のおっぱいが触れるようになる頃に垂れてるかもしれないのはイヤか。ぺっ」

 なんて俺を見ていいやがる。

「それが担任の言う事ですかよ!?」

「そーだよ家鴨ちゃん! カトーが玲クンのカノジョって訳じゃないし!!」

 元より先生と付き合いのあった蝶野はこの辺気安い。

「はいはい、不純異性交遊はバレないようにやってねー。んで、えーと硬めのインナーだとこの辺?」

 言いながら、カタログを出してくれるので、それを堀井と覗き込む。

「――うわ、高っ!? ちょっとしたブランド買えるじゃないですか先生!?」

 俺の想像する下着よりも、さらに0の数が多かった。

「そりゃねー。プロ仕様みたいなもんだし、実用性持たせる為のコストというか、大量生産するものじゃないし」

 ちらり、と俺と堀井で後ろに居るままの加藤を見る。

「あ、あの、あんま高いんは、お小遣い……無いしぃ」

 加藤はこの歳まで家業の猟師と料理屋の手伝いを無給でしていたと言うし、あまり出費させるのも悪い。

「どうしても必要だっていうなら、僕が出すけど?」

 大病院の跡取りの丈が顔色1つ変えないで提案する。

「いや、お前に簡単に甘えて良い金額じゃない。それに何か、ひっかかる……他に手段がある、ような……」

 少なくとも需要はある筈だ。けれどもこれは高校生が簡単に出せる金額でもない。

「んー、玲クンが揺れないように支えてるとか? ほらほら、アタシにならやってもいいよ?」

 胸を自分の手で持ち上げてみせる蝶野の方は出来るだけ見ないようにする。

「余計動きづらいだろうが。じゃなくて――先生、こっちのカタログ開いて貰えます?」

 生徒手帳(携帯端末)と購買の端末をリンクさせて商品一覧を開く。

 そっちのカタログ――迷宮で取れるモンスター素材で作れる「装備品」の一部は、訓練場などの学園の敷地内なら使える物がある。どういう理屈で仕組みかは知らない。

「えっと、玲也君。何さがしてるん?」

「いや、確か下着装備ってあったよなと思って」

「あー。アタシの素性がバレたのも、玲クンに黒下着見られたからだしねー」

「――赤坂?」

 堀井がドスの利いた声を出す。

「あんなスカートのまま壁昇ったりしてたら見えるのしょうがないだろお!? それに、斥候が装備出来ないハズの見た目装備だから気になったんだよ!」

「(――なんでそんな見た目の事を覚えてたのかってのはルームメイトとして女子の前では言わないでおいて上げた方がいいかなあ)」

 丈が味のある顔で俺を見てるけど、あえて無視する。

「で、先生。迷宮用なんだし作れるインナーも実用性あるでしょ?」

「うん、あるある。訓練場でも使えるし、確かに学校の中だけならそれでもいいかもね?」

 そう言って身を乗り出して俺の手帳を先生が弄る。

「君らの行ける範囲の素材で作れるのだと、えーと。この辺かなあ? 体育祭の時も出た大蜘蛛の糸素材とか、透けてもいいなら白玉のレア素材が性能高め?」

「す、透けるんは下着の意味あるん!?」

「どうせドラゴンビキニ着たらインナーも見えなくなるでしょ?」

 俺たちの持つ秘蔵品、ドラゴンビキニはどう重ね着してもビキニ姿になるある意味呪いの装備だった。

「先生、訓練場で体操着の下にその透けるの着た場合はどうなります?」

「……体操着が貼り付いて透けたら乙女の大ピンチかな?」

「むりぃいいいいい!」

「あー。カトー、身体付きとかくっそエロいのにその辺全然だもんねー」

 俺が思ってても言わなかった事を堀井がさっくり指摘する。

「じゃあその蜘蛛? あ、でも加藤。あんたそんな蜘蛛の下着なんて平気……?」

「うん? 蜘蛛って言っても絹も虫の糸だし。大丈夫だけど」

 流石猟師の子、素材と出来たものの割り切りがはっきりしてる。

「糸は……まあ、体育祭のであちこち余ってるからどうにかなるとして、残りの細々した素材が無いな」

 といっても集めるのが面倒で手間なだけで難しい訳じゃない。

「どうする玲クン。あたしテキトーに集めてこよっか?」

「いや、これなら俺1人でも行けるし折角だ、ちょっと修行ついでに集めてくる」

 ゲームで言えば採取クエストみたいなものだ。それに加藤の下着をどうにかしないと、訓練もおぼつかない。

「えと、赤坂くん。私の事だし、自分で行くよぉ?」

「加藤、お前素材とモンスターの出現分布覚えてるか?」

 何気なく聞いた事だったのに、無言でそっと堀井の後ろに隠れてしまった。


 †


 で。

 収集で問題なんて全く無く、予定通り終わった。

 糸も体育祭後の報酬で分配された分で事足りたので、そのまま購買部に持って行けば「大蜘蛛糸のインナー」が出来上がり。

 それを加藤に渡した。

 ――渡したハズだったのだ。


 †


「加藤、なんであんな揺れてるんだ……サイズも強度もちゃんと測ったし、問題無い筈だろ……」

 だというのに。

 体中にみみず腫れや打ち身を作った俺は、談話スペースでテーブルに突っ伏して呻くハメになっていた。

 なんていうか、1度「対策するぞ!!」って張り切った手前、おっぱいがゆさゆさすると気になってしかたなかった。

 だって男の子だもの、しょうがないだろう。

 そして向かいでは顔を真っ赤にした加藤がうつむいて、左右を堀井と蝶野に挟まれていた。

 ぼそぼそと何か話しているのを、女子面子がふんふん頷きながら聞いている。

「赤坂。加藤、作ったインナーつけなかったんですって」

「……なんで?」

「いや、アタシもココ長くてすっかり忘れてたんだけどサ。……仲の良い男友達から手作りの下着貰って着けるってかなり難易度高く無い?」

 蝶野の言葉に、加藤はますます真っ赤になってうつむいて縮こまる。両腕でおっぱいが挟まれて強調されて、何て言うか、困る。

「今回ばっかりは加藤の言い分も分かるわ。というかわたしもすっかりトン出たわ……」

 なるほど、そういう事か。

「うん、でも俺が気になるのもだけど、揺れるのって色々良く無いだろ? 見た目も、あと体も」

「ダヨネー。玲クンの他の男に見られんのもアレだし、そもそも揺れると痛いし、筋切れたら垂れるって言うし。加藤、今までどうしてたの?」

「……中学ん時にどんどん大きくなって、その、最近特に困ってたから、どうしようも無かったんだけど」

「つまり持てあまし続けてたって訳ね。赤坂の前で無防備なのも分かった気がしたわ」

 比較的親身に見える蝶野と、ジュコーと飲むヨーグルトを男らしくストローでキメる堀井。

 堀井の方はもう面倒になりつつあるのが見え隠れしてる。

「確かに、手作りとか思うと下着はキツイ。それは俺もデリカシーが無かった。ただ、どうにかはした方が良いと思うんだ――お互いの為に」

「ん、うん……」

 となれば、正当手段を取るしか無い。

「しゃーない。普通にインナー買ってくるか。まさか、人の買った下着はイヤとか言わないよな?」

「え、えええ!? あ、あの、どうしようもないなら、自分で買うよぉ?」

「俺のワガママから始まったんだし、良いよ。アレだ、訓練付き合って貰ったりしてる分とか今までの礼って事で」

「玲クン、お金持ちなん?」

 蝶野が目を輝かせるけど、長年ここで働いてたお前のが金持ってるだろ、とは言えない。

「丈ほどじゃないけど、貯金はそれなりにあるな」

 ゲームは幼なじみで入り浸り先の紺が買ってたから自分じゃ言うほど買って無いし、そもそも大会の賞金とか大体貯金してた。

 多分同年代の中でもそれなりに持ってる方だと思う。

「いや、えっと……え、ええ……わ、悪いよぉ……?」

「逆に言えば、揺れると俺が困るから押しつけるんだよ、ほら行くぞ」

「う、うん……え、ええと」

「いいなー玲クン、アタシにも下着買ってー♪」

「滅茶苦茶エロいの選んでもいいのか?」

「え、ええと……玲君、ソレどういう時に着たら良いカナ?」

 そこでテレられると、すごく困る。

「――先にどっちか選んでちゃんと恋人になってからそういう事はやれ」

 滅茶苦茶冷たい目をした堀井に揃って蹴飛ばされた。


 †


 パーティで装備品を管理、新調する立場上。あと、加藤がそういうのに無頓着で堀井が「面倒だから赤坂、加藤の分も見てやって」とお墨付きを頂いた事もあり。

 高校1年生の男子でありながら、同い年の加藤の3サイズどころか体の大体のサイズを把握している。

 うん、正直ちょっとどうかと思うというか、これもうやってる事お母さんだな、なんて頭をよぎる中。

「……あの、赤坂。先生ね、この歳で彼女だかそうじゃない女の子へのプレゼントとして、高い下着ってどうかと思うの」

 購買にまだいた家鴨先生がマジ声だった。

「何でこう言う時だけ急に常識ぶった事言うんだよもー! 必要経費だって言ってんだろ!!」

「……というか年頃の男子として、揺らさない方にこんなお金かけるって不健全じゃない? 大丈夫、実は本命は新田とか言わない?」

「丈と関係する位なら先生相手のが良いなあ……」

「ねえ赤坂。男よりマシって一回り下の子に言われる先生の気持ち分かる?」

「いいから、今言ったサイズのインナー売って下さい。ここ、カード使えますよね」

 なんてのを、俺の後ろで真っ赤になってうつむいた加藤を連れてやってたせいで、後に変な噂が立つのはともかく。

「はいはい、じゃあ注文しとくから届いたら女子寮に届けるね。加藤も、赤坂に甘えてばっかじゃダメよ?」

「わ、分かってますぅ……きちんと、お返しはするよぉ」

「お返し」

「おい担任、今なんでそこだけ復唱した」

「赤坂も、加藤の甘いトコに付け込んで変な事するなら、バレないようにしなさいよ?」

 マジ顔で俺に忠告するその後ろ。

 入学式でも見た理事長が笑顔で立っていたけど、俺は何も言わなかった。


 †


 その後の訓練の日。


 ゆっさゆさしてた。


「……あの。あの。今日も何であんな揺れてたんです」

 いつも通り、打ち身だらけでテーブルに突っ伏す俺と、顔を真っ赤にしてうつむく加藤。

 流石に堀井も呆れ顔だ。

「加藤。この間ちゃんと届いてたわよね?」

 加藤と堀井はルームメイトなんで、その辺分かっててもおかしくない。

「あ、あの。えっと、なん、いうか……玲也くんのプレゼントだって思ったら、その……も、もったいなくて……」

 俺と堀井は揃って深いため息を吐く。

「……加藤。赤坂に胸揺れてんの見られるの、恥ずかしいって言ってたじゃない」

「そ、それは……そう、なんだけど……」

 どうしよう。

 そう思う俺の肩を、丈が優しく叩く。

「玲也はもう役得だと思って諦めたら?」

「お、ま……!?」

 その丈の逆に蝶野が座って俺に背を預けてによりかかってくる。

「あとはー、揺れるのが気にならない位すごい事して慣れちゃうとか?」

「蝶野、それは無理だ」

「あ、やっぱ? そこで『よし、じゃあ』って言わない玲クン好きー♪」

「違う蝶野。仮に、もし仮にそんな事しても俺は揺れるのとか大好きなんで、気にします――いだぁっ!?」

 テーブルの下で堀井にスネを思い切り蹴り飛ばされた。


 これは、俺たち「A組・竜殺し班」と呼ばれるパーティの普段の話。

 こんな日々を積み重ねながら、今日も俺たちは大迷宮の攻略を続けていたのだった。


 †


 そして余談。

「そういや結局作った方のインナーはどうしたんだ?」

 加藤が使ってる訳でもないし、どうなったのか。何気なく堀井に聞いてみた。

「ああ、あれね? 気づいて無かったんだ。わたしが使ってるわよ?」

 理解に少し時間がかかった。

「んん?」

「……赤坂の言いたい事は分かるけど。だってアレ、迷宮の中で動きやすいんだもの――これでも多少は揺れるのよ!?」

「いや、じゃなくて。そうじゃなくて。加藤が使わなかった理由がひっかからなかったのかと思って」

「アンタが素材管理して購買で作ったのが手作りだっていうなら、加藤が使ってるドラゴンビキニだって手作りよ。いい、ああいう制作物は手作りって言わない――分かった?」

「お、おーけーおーけー。俺も元々そのつもりだった」

 目の据わった堀井に念を押されて頷く。

「本当に? 今何想像したか言ってみなさい」

「……あのインナーを堀井が着てるとどうなるのか想像した」

 デザインを知ってる下着を女友達が着けている。

 そう聞かされて想像しない男子が居るだろうか。「――水着と一緒でしょ、あんなの」なんて堀井は言うかと思ったけど。

「……急に恥ずかしくなってきたわ。アンタほんとに変態ね」

 なんて、テレ混じりで睨まれてしまったのだった。

 ……俺は悪くねえ。



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