10

 月影たちは、黒い円柱が横に重なって山になっている陰に隠れていた。


「危なかったわね」


 息が整い始めて、女は声をかけて来た。


「私は夢見の草訳くさわけ水純みすみ。あなた方も……、当然夢見よね? どうやって入って来たの。畑岡氏がいたはずなのに」


 草訳と名乗った女性は、お医者先生のような白衣を着ている。年は三十前後。月影はそんな印象に感じた。


「裏口から入って来た」


 陽向が意気揚々と答えた。


「ふん!」


 月影はコクっと頷いた。


「もしかして畑岡氏が言っていた使えない霊媒師って、あなたたちのこと?」


「咲子夫人から依頼がありまして、昨夜畑岡氏の家を訪ねて、対象の夢に入ろうとしたのですが」


 月影の話を遮るように水純が言葉を発した。


「対象?」


 と、水純の表情が曇った。


「申し遅れました。夢見の月影泪と言います。こっちが」


「夢絶の陽向照」


 陽向は月影のあとにそうつなげて、握手を求めて手を差し出すと、水純にその手をはたかれた。


「何、するんだよ」


 水純を睨み返す。


 水純は目を細めて月影を睨んでいた。


「あなたがあの月影家の一人娘。生きているとは思わなかったよ。私が殺してやる」


 突然、何を言い出すんだ。この人――!


 水純は月影と聞いて気が狂ったのか、月影の襟をつかみ白衣の中から液体の入った試験管を取り出した。水純の服には同じような試験管や薬品、その道具が並びしまわれていた。まるで釣り人が着るベストのようだ。


 慣れた手つきで手に取った試験管の栓を外した。


「何をしてるんだ、あんた」


 陽向は、試験管を持った水純の腕をグッとつかんだ。


「邪魔するな、夢絶。月影家のせいで、どれだけの夢見が命を落とし、救えなかった夢主は数えきれない。私の両親や兄弟でさえ、ただじゃ済まなかった。それなのにあなたはこうも平然と夢見をしている。信じられない。全夢見を代表して、今ここで月影を滅ぼす」


 ――まさか、あの日のことがそんなことになってるなんて思ってもいなかった。たった少しだけ悪夢が増えただけだと思っていた。でも、辛かったのはあなただけじゃない。


 ――私だって。


 月影は目線を水純からそらそうとはしなかった。キッと目に力が入る。


「何よ、その目は。私は関係ありませんとかって思ってるんじゃないでしょうね」


 水純は、ぐっと月影の顔を近づける。月影は黙ったまま、水純の目を見続けている。


 こいつ、まだ自分のした罪を認めないつもりね。


「あなたの父親だって、その犠牲者。あなたは父親を自分の過ちで殺したのよ。それでも関係ないと言い続けられるかしら……」


 切り札としてとってあった言葉を水純が放つと、月影は思い出したくない記憶とともに涙が溢れ出す。


「昔に何があったのか分からないけど、ここで夢見同士が争っている場合か。争う相手は悪夢じゃないのか」


 陽向が叫ぶと、水純は舌打ちをして月影の襟を放した。それを見て陽向も水純の腕を放した。


「大丈夫か、泪」


 陽向がそばに寄る。月影は頭を抱えて泣きじゃくっていた。地面の紙に染み入る月影の涙。


 水純は、やれやれといった様子で落ちていた栓を拾って試験管にはめた。それを白衣の中にしまうと、倒れた円柱に腰をかけた。


「ところで夢絶君。昔のことを聞かされずにその娘っ子の夢絶をしているの?」


「昔のことはほとんど聞いたことないし、俺には関係ない」


 陽向は熊が現れないかと気にしつつ、水純に答えた。


「昔は関係ないか……。さっきの熊は、しばらくは襲ってこない。鼻が麻痺して滅入っているはずだから」


 あの刺激臭か。あんな爆煙に包まれたら、パニックになって思いっきり煙を吸い込むだろう。冷静な判断の持ち主なんだな、この夢見。


 しかし、そんな彼女がなぜ、月影を殺すような真似をしたのだろう。


夢主ゆめぬしが目覚めるまでにはまだ時間がある。一つ夢の中で、他の夢見と遭遇することは滅多にあることじゃない。いい機会だから教えて上げるわ、その娘っ子の過去を」


 水純は月影を見て、微笑んだ。少しは苦しみなさい。そして、自分の過去を恨みなさい。

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