11
依然、天は黒いままだ。まるで月影の気持ちが表れているようだ。
「別に俺はそんな話、聞きたくない。さっきも言ったけど、昔は関係ない。おい、泪。お前も何か言えよ」
陽向の言葉が聞こえているのかわからないくらい泣いている。
本当にどうしちゃったんだよ、泪。普段の泪なら逆に言い返して負かすくらいのことをするだろ。陽向は泣き止まなかったらどうしようという不安の方が次第に大きくなっていった。
いつの間にか宙を飛んでいた鳥も見なくなった。あの刺激臭が宙に広がり、身の危険を感じてどこかに身を潜めているのだろう。耳をすませば波の音が聞こえる。しかし、水純が会話を続ける。
「それよ。本当に過去は関係ないなのか。詭弁かもしれないけど、過去がなければ今も未来もないんじゃないかな。月影家だってもともと普通の夢見だった」
「普通の?」
陽向は月影を見ると、何も聞きたくないと耳をふさぎ込んでいた。
「そう。時代は流れ、月影家は今でこそ悪夢を喰うことが普通だと思えるようになってしまったけど、その昔、他の夢見が台頭してくるようになって思うように仕事が出来なくなっていた。念の弱い悪夢の夢主はどんどん救われるようになり、念の強い悪夢だけが残って行く。月影家は他の夢見が手を出さない悪夢を仕事にして行かざるを得なかった」
陽向が手を挙げた。単純思考の陽向は、一つ疑問が出ると先に進めなくなる。
「念って何だ?」
陽向が質問すると、水純は驚いて落胆した。
「そんなことも知らないで、夢見という仕事をしているの? あなたにも見えるでしょ、夢主から溢れ出す光が」
「ドリームストリームのことか?」
「最近はドリームストリームと言うようになったけど、元をたどれば夢主の意志を侵そうとするエネルギーである悪夢が、それに抗おうとする夢主の意志がぶつかり合って発生する。そして、それが現実世界へ具現化したもの」
「あぁ、そうなのか。でも夢の中で意志なんてあるのか?」
「はぁ。本当にあなたたちは気楽ね。悪夢は安易に夢主を脅かそうとしているんじゃない。普段見ている普通の夢でさえ、夢主への伝言を含んでいる。その伝言を読み解き、夢を彷徨う夢主に現実世界で人生を精進してもらうために助言するのが夢見の根源なのよ。特に悪夢は人の弱きところに取り憑くから、夢主が苦しむ。月影家や夢絶のように単に悪夢を喰って絶ち消すだけでも、夢主は救われるかもしれない。でも、弱きところはそのまま残り、何も変わらない。それって救いになってる?」
「なるほどー」
「あなたたちが『夢主』のことを『対象』と言っていることにも表れている」
「確かに」
陽向の関心度はかなり高い。水純は陽向の態度に気を良くしたのかさらに饒舌になって行く。
「話しを戻すわよ。月影家は念の強い悪夢を相手にしなければなくなった。念が強いってことは、その夢主は心になんらかの深い傷を負っていたりする。その傷も癒した上で助言しなければならない。そこで月影家が編み出したのが、悪夢を喰って夢見自身の中で浄化させてしまうことだ。つまり、その悪夢を自分の良いように解釈できるようになり、夢主の夢を操作できてしまう」
「へー、泪にはそんな力があったんだ。初めて知ったよ」
笑顔で月影を見た陽向。月影は泣き止んでいたものの耳をふさいでこちらの話を聞くつもりはないようだ。
「もちろん、夢主にとって適切な解釈になっていればいい。判断を誤るならまだしも、夢主を操作できるように悪夢を利用して誘導するとしたら……。彼女を見る限りじゃ、夢の操作までは出来てないようね」
「夢の解釈か……。そこまで考えたことなかったな。でも泪が救った対象は良くなっているし。第一、対象を誘導して何になるんだ?」
「さぁ、そこまでは。もしかしたら、娘っ子が知っているかもね。聞いてみたら?」
水純がそういうと、月影が顔を上げた。目もとにはまだ涙が残っていた。
「私はそんなことをするために悪夢を喰ってる訳じゃない。貴様に何が分かる。私は……、わたしは……」
月影が胸の内を吐き出した。最後はまた涙があふれて言葉にならなかった。
「なんだ、聞いていたの。で、何のために悪夢を喰っているんだっけ?」
水純は茶化して言った。
「もうやめろ」
陽向は月影と水純の間に立った。月影がこんなに泣いているところを見たのは初めてだった。
今まで誰一人として、相談もしていなかったんだろう。俺は少しくらい力になってあげられないだろうか。呪いのこともあるし。
「泪の先祖でそんなことがあったことは知らなかった。でも、泪は泪なりに悩み苦しみながら夢見をしていることぐらいわかってる」
水純も立ち上がる。
「どうかしら。それはただの罪滅ぼしかもしれないじゃない?」
陽向は、次の言葉が出るまでに時間がかかった。
「……どういう意味だよ」
「四年前、その娘っ子は夢を喰う力を無くそうとして、失敗した。結果、今まで喰った悪夢が夢世界に解き放たれた。それを少しでも減らそうと今、躍起になって悪夢を喰っている。しかし、現実は想像以上に大変なことになってしまっていた。夢を喰う力は親から子へそっくりそのまま引き継がれていたため、月影家の先代たちが喰った悪夢も解放されてしまった。その数は計り知れない。その娘っ子の父親も悪夢を見ながら世を去った」
――四年前、夢見をやめた理由って。自分で呪いを解こうとして失敗したからか。泪。
陽向は月影を見た。また泣いている。
「でも、おかしいだろ。喰われた悪夢は浄化されてなくなるんだろ?」
「浄化なんて聞こえは素敵よ、夢を操作するってことも。実際は、喰った悪夢を手名付けてさらに念の強い悪夢を喰うための駒として使うのよ。夢の解釈なんて必要ない。その悪夢を利用すれば、夢主を操作できるんだから」
「いくら何でも突飛過ぎる話になってないか」
「今、彼女がそうしなくても、その子供がそうしかねない。決してないとは言い切れないでしょ。だから、今、危険因子を潰しておこうと思った。でも、夢絶君を連れているってことは、喰わずに絶ち消してもらうため。悪夢を喰った時の影響が大きいってわけよね?」
「呪いってやつか」
陽向はだんだんと水純の言わんとしていることが理解できるようになってきた。
泪――。
「笑っちゃうわね。自分たちで呪われたような力を編み出しておいて、その影響を『呪い』って表現するのはおかしいでしょ。知ってるのかなー。私たち夢見が、月影家を夢見と言わないで何と呼んでいるか。……夢喰師よ――!」
陽向は何も言えなかった。
月影は泣き止んでいるが、俺たちの会話を聞いていられる心境じゃないはずだ。
「それもただの夢喰師じゃない。悪夢だけじゃなく、人の夢まで喰ってしまう夢喰師ってね」
辺りは静寂に包まれ、波の音がゆっくり聞こえて来た。
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