11

 アパートを出た月影と陽向は、冷えきった空気の中を歩いていた。タクシーが、二人の横をたまに通り過ぎて行く。


 ふと、月影は空を見上げた。友子の夢の中とは違い、透き通った空気の先に光る星々。時々、その星々を避けて行くように飛ぶ空の船。


 駅の周りで月影たちはタクシーに乗った。終電にはまだ時間はありそうだが、行きの電車が応えた。駅の周りには、大きな電気屋、雑貨屋、映画館、若者向けのショップが入ったビルや店が広がっている。日付が変わり多くの店は閉まったままだ。また、居酒屋などの店は賑わっていた。


 駅から少し離れると、すぐ閑静な住宅が広がっていてる。


「泪。さっき言ってた福夢、どうするんだ?」


 タクシーの中から外を眺めていた陽向が聞いた。


「悪夢の浄化薬に使う」


 月影は寝ていたのか、目をつむっていた。しかし、答えははっきりと返ってきた。


「悪夢の浄化? どういうことだよ?」


「人は、食べたものを胃で消化するでしょ。それと同じことだ。福夢があった方が呪いの副作用が少なくて済む」


「もし、対象に福夢がなかったら……」


「悪夢が浄化されるまで呪いに私が苛まれるだけだ」


「それって、つらいのか?」


「ふん! 言って伝わるものか。聞いてくれるな」


 だんだん緑が増えて行く寝静まった住宅街。ひと際木々が多く立ち並んでいる場所がある。そこは月影と陽向が神主の厚意で住まわせてもらっている烏丸神社だ。二人はそこでタクシーを降りた。


 月影と陽向は、石造りの鳥居を抜け、本殿の横を通り、裏手にある宿舎に歩いて行く。宿舎は、京都の隠れ茶屋を思わす風情漂う作りになっている。月明かりで、そのたたずまいが分かる程だ。


 本殿と宿舎は廊下でつながれている。本殿の裏手から寝間着姿の女性が歩いて来た。


「おかえりなさい。二人とも!」


 と、声をかけてきた。


「奈都子さん! まだいたんですか?」


 陽向が答えると、月影はちらっと顔を向けるだけですぐ、共同玄関に入って行った。奈都子も廊下を回って、玄関の中にやって来た。


「お疲れ様でした、泪ちゃん。履物はそのままでいいから。あとは私がやっておきますから」


 笑顔で声をかけた奈都子。


「お願いします」


「お夕飯、残してあるのよ。食べなくて大丈夫?」


「大丈夫です。私、もう寝ます」


 脱いだ草履をそのままにして、月影は奥へ行ってしまう。


「あら、じゃぁ、おやすみなさい!」


 そう言って奈都子は、月影の草履を下駄箱へしまう。陽向も靴を脱いだ。


「テラス君は、お夕飯どうする? 食べるならすぐ温め直すわよ」


「食べる食べる!」


「じゃぁ、すぐに用意するわね!」


「うん!」


 陽向は廊下に消える月影の背中を見送った。



 ×   ×   ×



 月影は部屋に入り帯だけほどき、そのまま布団の上に倒れ込んだ。


 次第に月影の身体を紫の光――ドリームストリーム――が覆う。


 もうすぐ呪いに苛まされる時間がやってくる。タクシーに乗っている時からすでに始まっていた。喰った悪夢を浄化する呪いの時間。月影の名を継ぐ夢見は必ず呪われている。


 死してその呪いから解放される。


 月の光が、障子を照らしていた。


「ぐっ……」


 月影が頭を抱え、顔を枕に埋めて声を押し殺す。月影の苦しみと呼応するように、障子を抜けてくる光が強くなっていく。


 何もかも四年ぶりの感覚。福夢があるからこの程度で済む。もし、なければ耐えきれないだろうな。


 夢見が遅くなればなるほど、福夢を得る確率は少なくなる。悪夢によっては対象の福夢を奪われてしまうのだ。


 全盛期の力でもあれば、呪いの作用など微々たる障害にしかならない。すぐにあの頃に戻るのは不可能だな……。


 ――人の夢なんて、私には関係ないのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る