第二章 夢を見る者たち

1

 境内を帚で掃除をしている神主烏丸ミチル。もう初老を迎えているというのに、いたって元気である。


 世話の焼ける子供が三人もいるのだ。老人として扱われたくない強い意志があるのかもしれない。


 自分の子供同然のような三人の様子を頭で思い浮かべながら掃除を続けている。


 そこに高価なコートをまとった貴婦人がやって来た。場違いな雰囲気すら感じるが、ミチルは笑顔で挨拶をした。


「こんにちは、良いお天気ですね」


 貴婦人は不安げな表情だった。道を尋ねて来たのか、それともいつものお悩みの人かな? おそらく後者だ。


「……あの、こちらで夢の悩みで相談を受けてると聞いてやって来たのですが」


「はい、やっていますよ。ご相談でしょうか?」


「はい……。娘なんですが……」


 ミチルは決して笑みを忘れない。相談にやってくる人たちは、必ず不安を抱えている。さらに不安を与えてはいけないと心に決めている。


「立ち話もなんですから。中へどうぞ。風も冷たいことですし……」


 ミチルは、本殿の裏にある共同玄関から応接間に貴婦人を案内した。電気暖房器をつけ、彼女を待たせた。


 すぐにミチルは、応接間に戻って来て向かいのソファに座った。続くように奈都子がお茶を運んで来た。


「どうぞ」


「ありがとうございます。あの、おかまいなく……」


 奈都子に軽く会釈した貴婦人。


「奈都子さん、泪は?」


「まだ……」


「そうか。ありがとう」


 ミチルがそう言うと奈都子は応接間を出て行った。


「さて、ご相談とは」


 ミチルは貴婦人に訪ねた。貴婦人はゆったりとした口調で話し始めた。


「はい。十九才になる娘なんですが、ここ一、二週間です。夜、寝たまま歩き出したり、ひどい時は暴れたりします。朝、起きてきた娘に聞いても覚えてないそうで、これはと思って病院の先生に見てもらいました……」


「結果は」


「はい、異常ないと。検査入院もして調べてもらったのですが、その時は徘徊とか全くなかったんです。先生は、たまたま精神的に疲れていたんじゃないかと仰ってました。それから家に戻った日の夜のことです」


「また徘徊したんですね」


 貴婦人は深く頷いた。


 ミチルは、貴婦人自身もかなりの疲労があると思った。


「ここまでは主人も知っていることです。それから主人に内緒で霊媒師にも見てもらいお祓いをしてもらいました。しかし、何の効果も出ませんでした。たまたま友人とお茶会をしている時に、ここの神社のお話を聞きまして」


「なるほど。しかし、なぜご主人に内緒で霊媒師を?」


 ミチルは話しを聞いていて、単に疑問になった所を聞いた。


 貴婦人はお茶を一口飲んでから続きを話し始めた。


「申し遅れましたが、私、畑岡咲子と申します」


 畑岡……。ミチルはどこかで聞いた名前だなと頭の中を探った。もしかして……。


「主人は政治家で、青空党の代表、畑岡剛志ごうしです」


 やはり……。政治家がそうそう幽霊に取り憑かれたなんて話しは信じないはずだ。表向きそうでもしておかなければ、記者がうるさく嗅ぎ回るだろう。ただ占いや風水など吉を呼び込むことは好きらしいが……。


 病院の検査で異常がないと出ている限り、彼の前で下手な事はできないという訳か。今回の依頼は、やりにくくなりそうだ。

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